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リボルバー
一年ぶりに出した石油ストーブの光は、あの日、私達の影を浮かばせた夕陽とよく似ている。
二人きりで下校するのが初めてだった私達は、緊張で何も話すことが出来なかった。足元から伸びた影に引きずられるように、私達は並んで歩いていた。何も話せないならせめてと、あなたの左手の影に、私の右手の影を重ねて、影だけは恋人同士にさせていたっけ。
あれから二十年。
私が石油ストーブの光に目を細めている間、あなたは手にしたスマートフォンの光に目を細めている。
そんなあなたの隣で、私は切りすぎた前髪を人差し指で弄んだ。前髪に触れる指先には、美しいネイルが施されている。前髪はこまめに自分でカットしているから、気づかれなくても仕方ない。だけど、ネイルをしたのは数年ぶりなのである。それでも気づかれない哀れな指先。私はその指先で、ベランダの窓を開けた。
開け放った窓からは、ネイルと同じ色に滲む朧月が見えた。部屋に吹き込む冷たい風に、あなたは身震いをし、窓を閉めるようにと私をちらりと見た。口を開くのも手間なのだと気づいた瞬間、私は覚悟を決めた。
あなたの額が好きだった。困った時に浮かぶ皺が好きだった。だからあなたの額に向けたのである。朧月に染まる銃口を。
人差し指の指輪はシリンダー。あなたが初めてプレゼントしてくれたもの。くるりと回し、弾丸を詰め込む。額に狙いを定め、引き金を引く前に尋ねた。
「言い残すことはないですか」
ようやく状況を理解したあなたは、スマートフォンから顔を上げる。あなたの視線が私にまっすぐ向けられたのは、一体いつぶりだろう。ようやくあなたと再会できたような心地がした。そこには、あの夕焼けの帰り道、隣にいたあなたがいた。
「前髪、切ったんだね」
「他には」
「ネイルもきれいだよ」
リボルバーはエプロンにしまった。
今日はあなたの好きなハンバーグにしようと思う。