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「あそこではたらくムスブさん」の感想、良かった点と残念だった点

 精神状態が良くなかったのでラブコメを読もうと思い、Twitterの広告で流れてきた「あそこではたらくムスブさん」を一気購入したのですが、面白かったので感想を書きます。最新刊までのネタバレを含みます。


・良かった点



①仕事-恋愛という対立軸を持たない特殊な職場恋愛が、そもそも場違いである恋愛をさらに難しいものにしている


 「あそこではたらくムスブさん」は一見オーソドックスな恋愛漫画です。主人公の男性が職場で一目惚れをしたクールでミステリアスな美女にあくせくアプローチをするというお話なのですが、彼らがコンドームの開発という仕事に携わっていることで面白い構造が生まれています。
 これは僕も最近知ったことなんですが、自由恋愛というのは本質的に場違いです。例えば学校においては学問、職場においては職務が本分であり、関係性は基本的にそれらに従って規定されます。自由恋愛が主流である世の中においては、人は本質的にその場の本分から外れることなしに恋愛関係を構築できません。合コンや婚活等を除いて、自由恋愛にはそれが本分である場が存在しないからです。
 つまり職場恋愛の基本的な構造として仕事と恋愛というのは対立するものですが、コンドームの開発という仕事で出会った砂上くんと結さんにとって、これらは最終的な場面である性交渉において重なります。第一話において結さんからコンドームの試作品を貰った時、砂上くんは結さんとの非常に固い仕事関係を見せつけられるとともに、恋愛関係の奥深くを意識させられているのです。
 このように仕事上で恋愛関係を意識させられている砂上くんにとって、結さんへのアプローチの方法も独特なものになります。仕事と恋愛が対立関係にある人間達にとって、恋愛関係を構築するアプローチは常に非-仕事的です。たとえそれが仕事ができるとか仕事に真剣だとか表面上は仕事をきっかけにしているとしても、本質的にはそれから外れることが絶対です。これは逆に言えば、仕事の話だけをしていれば仕事だけの関係を構築することができるということです。要するに、通常の職場において、仕事-恋愛はトレードオフ関係にあり、真に両立することはできないものです。そこには困難もありますが、基本的に構造はシンプルです。仕事を捨てて恋愛を取れば、恋愛関係に近づくことができます。
 それに対し、砂上くんと結さんの仕事-恋愛は対立関係にはありません。仕事の話をしているようで恋愛の話に持っていくことのできる機会が訪れることもあれば、恋愛の話ができているようで相手は仕事の話をしているという場面も多々生まれます。だから砂上くんにとって仕事は恋愛関係に近づくきっかけになり得るものであり、恋愛関係に近づくために仕事を捨てることはできません。仕事の話をしていれば恋愛関係に至ることができるかもしれない、という妙な誤解が砂上くんに生まれます。
 しかし恋愛関係の奥深くを意識させられているとしても、それは職場恋愛が推奨されているというわけではなく、職場において恋愛が本分でない場違いなことであることには変わりがありません。だから砂上くんは、常に仕事の話だけをしている結さんと違い常に下心をもって接している自分のことを倫理的に強く非難します。

 したがって砂上君は、恋愛に関してチキンになることを正義とする方向に進みました。常に仕事が恋愛感情を思い起こさせるなら常にそれを押し殺すメタ的な思考を持てばいい、という発想に至ります。
 要するに、砂上くんは仕事の話をしていれば恋愛関係に近づくことができるのではないかと誤解し、それを非倫理的だと理解します。これはラブコメでよくある恋愛を意識していない方が逆に惹かれる、というような表面的な勘違いではなく、本質的に結さんと砂上くんとの仕事関係が恋愛に非常に高い距離にあることから生まれた誤解と理解です。

 砂上くんの恋愛に関してチキンになることが正義だという姿勢は、二人が結ばれた後も続きます。 既に恋愛関係を構築しているのに恋愛感情を押し殺す姿勢は変わらない、というところはラブコメの展開として非常に面白いと感じました。


・残念だった点

①特殊な恋愛構造が最終的に機能しない

 上で述べたような仕事と恋愛の関係は非常に面白かったのですが、実際に恋愛関係に発展した方法については少々不満もあります。砂上くんが告白した時も、偶然同じホテルに泊まることになった時キスをした時も、かなり衝動的で、特に説明がありません。
 また、砂上くんが恋愛に関してチキンになることについても、結さんが恋愛に関して積極的になったことでなあなあになった感が否めません。
 特殊な恋愛構造が非常に興味深かったために、その解決方法が特に説明されずかき消えた(というかどうでも良くなった?)ことは少々残念でした。恋愛ってそういうものだよと言われたら何も言えませんが。

②根本的に恋愛が仕事において場違いであるという問題は放置されている

 これはラブコメなので仕方ないのですが、砂上くんと結さんが両思いになった後は、二人の恋愛関係の話にフォーカスし始めたため、仕事関係があまり登場しません。仕事に熱心であった結さんが恋愛という場違いな行動をとることをどう考えているのか、結さんと結ばれることのできた砂上くんにとって仕事はどのようなものになったのか、そこについてもう少し深掘りして欲しかった気持ちはあります。

 ラブコメは結ばれるまでが一番面白いとはよく聞くセリフですが、この作品に関しては特にそう思ってしまっています。とはいえ、これからもラブコメファンとしては展開が気になるので、発売次第読んでいきたいと思っています。

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