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しだく

しだくは不遇を託っている。
「その原や野風にしたくかるかやのしどろにのみの乱ける哉」
かつては、平安時代の堀川百首で藤原仲実に読まれたこともあった。ここが人生のピークだった。しだくの旧名はしたく。「拉く」と書き、動詞の連用形に付いて複合語を作るために存在する。本来は、荒れる、乱れ散るの意味で使われることが多かった。
今となっては、いつ、誰が使い始めたかも定かで無いが、もうひとつの用例があまりにも人口に膾炙し過ぎてしまったために、口にするのもおぞましい、気恥ずかしい言葉と成り果てた。
この言葉を使った例文を教えて欲しいと、某知恵袋で質問しただけで、セクハラだと言われ質問者が叩かれる。もう皆さん、おわかりだろうか。しだくの息の根を止める寸前まで追い込んだのは「揉みしだく」である。

失意のまま半生を生き、人生後半、改めて「揉みしだく」に向き合ってみようと、しだくはパソコンに「揉みしだく」と入力してみると、現れるのは案の定、成人映画に誘う胸元を露わにした女性の画像や、ストラップレスブラジャーやガーターベルトの広告で、弱ったしだくの神経を更に追い詰める。死ぬまでのこの誤解を解きたい。揉みしだくという言葉を、性的な意味から切り離して使うようになれば良いのだ。具体的に何をすれば良いのかは、全く分からなかったが、決意したしだくは旅に出た。

動物の毛皮を揉みしだいて、柔らかく加工する、と聞いたことがあった。訳を話し、就職希望だと加工工場を見学させてもらったが、いちじるしく力が弱く、肝の小さいしだくには、到底勤まりそうも無く、仕事に就くことことは無理だと悟った。その工場の老工場長は苦労人で人情に厚く、昔は紙の代わりの樹皮を揉みしだいたものを使っていたこともある、と教えてくれた。それは紙が作られる前のことのはずだが、しだくは一筋の光明が差したの感じた。
今、しだくは、どの木の皮が最も文字を書き記し易いのか、日本中を歩き回り、樹皮を揉みしだいては、自らの汚名を晴らす日を夢みているという。(了)


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