音ゲー愛に出るし、ビーマニのこと書く。

ひなくん、音ゲー愛(筐体編)、開催おめでとうございます。
いつもありがとう。
私、Amechiは音ゲー愛に過去の3回全てに出演させてもらっていて、今回で4回目の出演になります。ありがたいです。ホントに。

初回はdj nagureoで、2、3回目は星野奏子オンリーで出演しました。
今回は機種縛り編とのことで、全く悩まず(嘘です、5鍵(beatmania)と合わせて応募しました)beatmania IIDXで応募し、無事 IIDXの1st〜20 tricoroにて出演させて頂くことになりました。

今回突然NOTE書いてみようと思ったのには、音ゲー愛に遊びに来てくれる人にはよく知った顔馴染みの方もいれば、はじめましての方もいると思っています。そんな中私は21:00〜という重要な後半かつ、音ゲーの中でも知名度の高い曲がいっぱい詰まったbeatmania IIDX(以降、弐寺)をやらせてもらえるわけなんで、仲の良い方も、初めましての方も
「こいつ、こんな感情で弐寺DJやってんだ〜」
と知っといてもらえたら嬉しいし、知ってる曲を知らん人がDJやってるのをただ聞くだけよりも楽しい時間だったなぁ、って感じてもらえるんじゃないかな〜と思ってキーボードペチペチしてます。

長く読みづらい文章かと思いますが、お暇な時にでも読んでもらえたら嬉しいです。

1 出会い

当時、1歳年上の彼女がいました。
モード系というんでしょうか、髪型はボブで、いまでいうところのインナーカラーっぽいことをしていたオシャレな子です。当時私がバイトしていたスーパーで働いていた同じバイトの女の子が通っていた学校の友達です。
その同僚バイト女子の家に遊びに行った時に居合わせまして、ふんわり紹介してもらってなんやかんやあって付き合うことになりました。
当時の彼女が、私と付き合うことにした決め手は暗い道で「危ないから」と手を引いてあげたことだったそうです。

まぁ、そんな感じでデートとかしてたわけなんですけども。
あるとき新宿でデートしてた時に(なんて店かは忘れた)

「これ最近流行ってるらしいよ」

と彼女がクソデカ筐体にポンッと手をおきました。
そう。それこそがbeatmaniaでした。
インターネットなんかあまり普及していない当時1998年(ADSLが家にあったら神扱い)ゲーセン行くのを親から禁止され育った私は、彼女とゲーセンに行くってだけでドキドキだったし、そこで見つけたなんかパリピな筐体に目を奪われました。

(え、、、DJ、、、?たーんてーぼー?ゲームで??)

困惑している私を横目に彼女は

「ねぇ、一緒にやろ?」
「お、おおう」

と、なし崩し的にやってみることになりました。まぁ興味はありましたし。
コインを投入。
「Hi、エブリワン〜」とチュートリアルが始まり、ほえ〜と見ていると
プレイ開始
〜ズンズンチャ、ズンズンチャ〜
曲が始まり降りてくるノーツ
ペチ、ペチ、ペチ、、、キュッ


うーん、、、おもしろくねぇ

一緒にやったビーマニは大して面白くなかったんですね。
ていうかノーツ少ないし、曲もヒップホップとかわからんし
ていうか知らん楽曲だし、うーん。。。
みたいな

結局その日は、1クレだけやった後適当に遊んで3時間ぐらい休憩できるところ行ってワッショイして解散したような記憶です。

2 再会

程なくして彼女とはお別れし別々の道を選ぶことにしました。
初めて行った彼女の家で見た月が、まんまるでとても綺麗だったのをいまでも覚えています。(後の「Miracle Moon/Togo Project featuring Sana」である)

あれからビーマニをプレイする機会もなく平凡に過ごした高校1年生でした。
ある時、中学生時代からよく通っていたカラオケに同級生と遊びに行ったら
あいつが鎮座してるではないですか。
そうbeatmania 2nd MIX です。

うっわこんな田舎にも導入されたのかよ〜〜と
久しぶりだな〜なんて思いながら、今日はカラオケに来たし受付して部屋に入って歌ってたわけなんですけども、どうにもビーマニが気になる。

「俺ちょっと入り口のゲームやってくるわ〜」

と部屋を出て受付カウンター脇のビーマニのもとへ
少しのためらいがありつつもコインを投入し、プレイ開始。

思い出すあの日の新宿
彼女も音楽が好きでした。
当時はL'Arc〜en〜CielやLUNA SEAをよく聴いてましたね。
ところが筐体からは知らない曲のリズムとノーツ。
よくわからないまま1曲目が終わり次の曲へ。
ターンテーブルを回し、星マークがさっきよりも一つ多いこの曲を選びました。

「do you love me? / reo nagumo」

レコード針を落とすノイズから始まる楽曲
気持ちの良いウッドベースのイントロ
わかりやすい表4拍のスクラッチ音

・・・・・
・・・


なんじゃこりゃあああああああああああああああ
やっば!
え・・・クッッソかっこいい・・・・

もう、電撃が走りました。
楽曲が好みすぎました。
jazzyなグルーヴに、エモーショナルなボーカル
しっとりした雰囲気の中に力強いピアノバッキング
全てが最高に混じり合って私の中の「なにか」が爆発しました
1分ほどの短い曲でしたが、もっと聴きたい。そう感じられたのです。
衝撃的な体験をしましたが、これはゲーム。
興奮は冷めていませんが次の曲を選ばないといけません。
ちなみにここまで普通にクリア出来ていました。
なんなら簡単にさえ思いました。
よしもうちょっと難易度高い曲をやってみるか・・・、と選んだ曲が

「20,nobember (single mix)/dj nagureo」

説明不要の超神曲。いまなおコンポーザーさんがremixを制作するほどに愛されているビーマニを代表する曲の一つ。と出会ってしまいました。

でもね、
もうバカかと。
できるわけねーじゃん。
譜面くっっっっそムズイ
は??????
ていうか曲めっちゃ良いじゃん・・・

ボロボロでクリアどころではない状態なのに曲が良いもんだから不思議と高揚感の方が勝っていて。悔しい思いもありましたが、楽しさの方が圧倒的でした。
でも今日はカラオケしに来たし戻るか・・・とカラオケ部屋に戻り、
黒夢の「少年」を熱唱し帰宅しました。

帰宅をしてもビーマニのことが頭から離れませんでした
他にどんな曲があるんだろう
あの曲難しかったな
なんてずっと考えてました

これが私のビーマニとの出会いです
youtubeなんかなかった1998年
くだんのカラオケにはその後beatmania3rd MIXも導入されかなりやり込みました
毎日のように通っていたと思います。
お店の名前はSunset BLVD(読:サンセットブルーバード)
地元の仲間たちとは「ブルブド」と呼んでいました。
20年以上前に閉店し、程なくして建物も取り壊され、あった場所もふんわりしか覚えていませんが、店員さんのおねーさん(ギャル寄り)と仲良くなって連絡先交換して家まで遊びに行きました。高校生のクソガキが20歳を超えたおねーさんの家に行くっていうハイパードキドキイベント。わっしょいはありません。
(このNOTEを書くことで思い出したほろ苦イベントです。ちょっと胸がキュンとしたわ、クソが。ありがとう音ゲー愛)

当時は当然のように家庭用も購入し、その日のうちにやり込み、出来なかった20,Novemberもその日にクリアできるようになりました。
とにかくのめり込んでいったのです
そして私が「音ゲー」というジャンルから離れることはないだろう、という決定的な楽曲に出逢います。

「super highway / nouvo nude」

全てがカッコ良かった
それまでJ-POP(たまにJ-ROCK)ばかり聴いていた少年が、おそらく初めてドラムンベースというジャンルに触れたと思います。
古くはパラッパラッパーというPlayStationのソフトがあり当時人気でしたが私は興味がなくやっていませんでした。
音楽ゲーム、というより曲に合わせてリズムをとる、といった感じで後発のパカパカパッションも同じタイプの「リズム」が主体だったように感じます。
ビーマニシリーズは鍵盤で音楽を演奏するという感覚が強く、楽器も触ってバンドも組んだりしてた当時の私にはこの「演奏する」がとにかくハマったような気がします。
知らないジャンルに触れ、もっといろいろ知りたい、と音楽に向かって走り出したスタートの瞬間だったのかなぁ、なんて思い出します。

この後ビーマニにどんどんハマっていき、ついには同人ゲーであるBM98なんぞに手を出したりするのですが、今回は割愛します。
BM98の後継、BMS(LR2)への思い出はきっとFUYUNOMIXが当日ハイボール片手に熱く語ってくれるでしょう。(私は親父のノートパソコンのキーボードを壊して死ぬほど怒られた思い出しかない)


3 鍵盤多くね?

まぁ、そんなこんなでビーマニにハマっていくわけなんですが、5鍵の話しはこの辺にしといて、いよいよ本題の7鍵(beatmania IIDX(以下、弐寺))について話していこうかと思います。
(4th MIXやGOTTA MIXに関しては当日語りましょう!)

最初に出会った弐寺はSub Streamでした。
1999年に稼働していた筐体ですね。今と違ってネットで情報を拾うという行為は当たり前ではなかった時代でした(当時の年齢のせいもあるかもしれないけど)
ある時いつものようにゲーセンに行くと見慣れない、けれどどうやら音ゲーらしき馬鹿デカくてピカピカした筐体が目に入ってきました。
5鍵と違ってスポットライトがついたり、スピーカーも増えたりで豪華になったbeatmaniaって感じでした。何人も並んでる人がいる中、ようやく回ってきた順番(4人ぐらい待った)。緊張のご対面。

おおおおおお!
なんか豪勢!!

ボタン多くね?
いざプレイしてみると、やり慣れないからか全然ボロボロだし
5鍵と違ってキー同士のクリアランス狭いから誤タッチ多いし
なんか音バカでかいし(特に「GRADIUSIC CYBER / TAKA」)
あああ、でもめっちゃいい!!!
5〜6人で回してたので1時間に1回ぐらいしか回ってこないのに並んでいたあの日。めっちゃ楽しかったなぁ。

この日を境に5鍵と弐寺を交互にプレイする日々が始まりました。
5鍵で一番好きなcomplete MIX 2やClubMIXが稼働していた頃で、
弐寺は3rd、4thが稼働していて、どちらも楽しんでプレイしていました。
特にcomplete MIX 2は相当やったと思います。


でもある時からだんだんと5鍵はやらなくなっていったんですよね。

元々、私はtrf(あえての小文字表記)が大好きでした。
その理由のひとつとして「ダンスミュージックが好き」だったんだと思います。TKサウンドは今聴いても色褪せないし、本当にすごい。
それは今でもあまり変わっていないと思います。
アニソンでDJする時もBPM170前後は好みの曲すごい多いですし、160の曲はとりあえず嘆きの樹に繋がるか試してみてます。(嘆きの樹に繋いでる動画を撮影してはFUYUNOMIXやLIMEに送りつけてます)

5鍵をやらなくなり始めたタイミングはCORE MIX〜6th MIXの稼働タイミングで、弐寺では5th styleが稼働しているタイミングなんですが、収録曲の好みが完全に弐寺に軍配が上がったのと、やはり音質的にどうしてもバカデカいスピーカーには勝てんなぁ、といったところでした。
決定的だったのが5th styleに実装された、「V / TAKA」です。
みなさん、クリアできます?難できます?実は20年以上前の曲ですよ?

私も今でこそ白ランプついてます(当たり乱待ち)けど、当時全くできませんでした。
曲もかっこいいし、収録曲の中で圧倒的な難易度を誇っていたため、ゲーセンではみんなが挑戦してギャラリーも応援する、というような状況もありました。私が川越のクレアモールにある小さなゲーセンで弐寺をやっていると、見ず知らずのお兄さん方と仲良くなり、Vの攻略を一緒に話したりした思い出があります。名前も素性も何も知らない方々でしたがとても優しく教えてもらいました。クリアできなかったけど。
(ちなみに少し後ですが同じゲーセンで初代アイマスをプレイしてました)

この5thって弐寺でもだいぶ重要なバージョンだと思ってまして、
「V」以外にも、、、

・THE SAFARI / Lion Musashi
・THE SHINING POLARIS / L.E.D. feat. Sana
・sync / OutPhase (TaQ / dj TAKA)
・天国のキッス ~DJ TAKA'S STYLE~ /  オセロ

と、後世に語り継がれる名曲のオンパレードなんですよね。
いや、まぁ3rdも4thも色々あるんですが、全部は書ききれないので、、、
(オセロが書きたかっただけ)


4 別れても好きな人

そんなこんなで順調に弐寺にハマっている私ですが、ある時を境に極端にプレイ回数が減ります。
実は8th style〜11  IIDX REDはあまり触ってきていないんです。

その理由ですが・・・遊びまくってました(マジでクソ)
当時20歳〜22歳ぐらいだったんですが、クソほどチャラかったんですよね。
それはそれはマジで引くぐらい。とにかく遊びまくってました。
実家住まいでしたが、それ以外に泊まれる家が4箇所ぐらいありました。

まあここはビーマニの思い出を勝手に語るとこなんで完全カットします。
興味がある人は直接聞いてください。お酒1杯でクズ男エピソードひとつ話します。

とまぁ、この単元最初に言った通り、11  IIDX REDまではそれぞれ10クレ程度のプレイ回数だったのですが、12 HAPPY SKYで突然の復帰。
ほっといてゴメンね、本当は大好きだよ。

復帰の理由は色々あるんですが、
・遊びまくりの矛先がスロットになった
・転職して水商売から製造業に変わった
というのが一番大きな理由です。

会社の駐車場がクソほど遠くて会社から徒歩10分ぐらいのところにあったのですが、その駐車場の隣がなんとゲームシティでした。うーん神。
日勤の時は勤務後18時から23時まで弐寺やって、夜勤の時は昼過ぎから19時すぎまで弐寺やってから会社に行く日々を過ごしていました。
それかスロット。
当時は4号機の主役は銭形、鬼武者3、吉宗をよく売ってました。
アラジンは相性が悪かったです。あとネオプラネットもよく打ったな。。。
ちなみにPachislot beatmaniaはやってません。

この時期1番プレイしたのは13 DistorteDです。お金も時間もあって1番時間を割いていたかもしれません。9段が受からず、10段を先に合格しました。

5 音ゲーってさ

DistorteDでだいぶハマったんですけど、この時はとにかく

ほっしー
ほっしー!!
ほっしーーーー!!!!

って感じで狂ってました
月光、太陽、タシカナモノ、d.a.n.c.e、マジでみんなほっしーをすこれ
マジでアイドルだし、今でもずっと好きです。
ほっしーの1stアルバムの「EIGHT ELEMENTS OF THE STAR」は初めて買ったネット通販ですね。なんか通販て怖いイメージがありました。
当時仕事の関係で栃木県のレオパレスで一人暮らししていたんですけど、レオパレスで死ぬほどCSやってました。隣の方々、あの時はすいません。
栃木と埼玉の往復は車で、BGMはほっしー。とっくに廃車にしましたが、中古でかったローバーミニのメイフェア乗ってました。
水温計が上がるのでエアコンは付いててもつけられません。
冬はチョークを引っ張らないとエンジンかかりません。
でもカッケェんすよ。現行のローバーとは違う魅力満載の車でした。
ステアリングの根本がぶっ壊れたり、ブレーキ死んだりでかった金額より修理の金額の方が高かったです(あるある)


脱線しまくりましたが、、、
ビーマニにはホントいろんな思い出があります。
ここまでつらつらと長文で色々1人語りしてきたんですけれど、もうちょっとだけお付き合いください。

今弐寺は31 EPOLISが稼働しています。3年ほど前にDJを始めたことでそれまでプレイがめっきり減っていた音ゲーもまた楽しくプレイできています。
アニソンでDJを始めた私ですが、元々音ゲーが好きなわけで。アニクラでも音ゲー曲流れることあるし、現場には音ゲーやってる人いっぱいいて。共通の音ゲー曲の話ができるのは本当に楽しいです。
当時の自分は、私しかいなかったんですよね。
ハードクリアしても誰とも共有することなく、本当に自分の中でちっちゃくガッツポーズするだけ。Twitterもありましたが、よくわからなかったのでやってませんでした。25年前に始めたゲームなのに、今もこうして仲間が増えて楽しく遊べる場所に参加させてもらえるのって本当にありがたいことだなって思っています。改めてひなくん、ありがとうございます。
今回私は弐寺の1~20を担当しますが、その中でも1番思い出深いのが、

18 Resort Anthem
19 Lincle
20 Tricoro

この3作品です。
当時、私は29歳。今はもう別の会社で勤務していますが、以前の会社でアルバイトから契約社員に上がったタイミングの頃です。この時、私の勤務していたお店にアルバイトで入ってきたのが「FUYUNOMIX」なんです。
当時は大学生で今と違って物静かで、口数はそんな多くもなく、オタク全開な子でした。きっかけは忘れましたが、電気屋さん系の職場だったので何かアニメとかの話をしていたんだと思います。まどマギの話しや俺妹の話で盛り上がって、秋葉原に行くことになったり。実は初めてのアキバはFUYUNOMIXと一緒でした。
ジャンク通りや、今はなき紙風船、メイドカフェ、色々遊びました。
この2010年〜2012年という時代は、私にとってのオタクのRe STARTのタイミングであり、インターネットを通じて色々経験をしたタイミングです。

FUYUNOMIXは大学生だったので、週に1、2回しかバイトに来ないのに
毎日のように22時ごろキャロムで集合して弐寺をやっていました。
キャロムには弐寺は2台。ブラウン管と液晶が1台づつだったんですが
私は液晶派、FUYUNOMIXがブラウン管派だったのでそれぞれプレイする台が決まっていました。ほぼ毎日のようにキャロムで弐寺やって、お互いが交互にPEPSI NEXを奢りあっていました。
これは私が別店舗に異動するまで続きました。
異動してからも付き合いはありましたが、その時のような頻度にはならず回数が減りついには疎遠になりました。
数年間特別連絡を取り合うこともなかったのですが、そんな中私とFUYUNOMIX、LIMEとKatzeを繋いでくれたのはLoveLive Sunshine! です。
こちらは音ゲーとしてスマホで遊んではいましたが、そこまでのめり込んでいなかったもののライブに誘われて行ったことがきっかけでどハマり。
至高はサンシャインピッカピカ音頭。異論は認めない。

その後紆余曲折を経てアニクラに参戦。DJを始めるに至ります。

初期は音ゲーといえば必死こいて画面に向かってペチペチやるキモオタ御用達みたいなところがありました。ギタドラやってたら「そんなゲームより本物やればいいのに」なんて声もありました(本物もやっとるわい)
今はスマホでも高クオリティの音ゲーいっぱいあります。
プロセカは若者に大人気ですし、バンドリもコンテンツとしてすごい規模になっています。カジュアルな音ゲーからディープな音ゲー、さまざまな音ゲーが溢れている今は本当に素晴らしい時代だと思います。
動画で勉強もできるし、SNSで友達も作りやすい。
先日RTAjapanでチュウニのレート16を最速で目指すとかいう頭おかしいRTAがありましたが、そんな楽しみ方を全世界で共有できるのも素晴らしいことだと思います。
私はこの音ゲー愛は読んで字の如く「音ゲーを愛する人の集まり」だと思っています。私自身は出演者ですが、DJだけじゃなく、お客さんも含めて好きを楽しめる空間を作り、楽しかったね。とハイタッチで(酒にやられず)解散できるようなイベントになるように頑張りたいと思います。

みんな楽しんでいきましょう!
最後までお付き合いいただきありがとうございました。


6 最後に

長くなりましたが、まだまだ語りたいこといっぱいなのでぜひ音ゲー愛に遊びにきてくれたら嬉しいです。

■イベント情報
開催日:2024年2月10日 14:30〜22:30
会場:秋葉原 雷神2階・3階
入場料:2500円(1ドリンク付き)
イベント詳細:下記twiplaにて


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