見出し画像

看取り〜葬儀を終えるまで

こんなの詳細に書く人いるのかなと思ったけど
誰かの参考になるならと、前回の「看取り」の
続きです。。。

※注意
遺体について生々しい表現などがあり
読むことで不快になる可能性がありますので
ご承知おきください。




夫の呼吸が止まったとき、私は比較的冷静で
ドラマで見るような、その場で体をゆすったり
声を上げて名前を呼んだり、ということはなく
ただ静かに泣き崩れ
「顔を撫でながら、ありがとうね」と声をかけ
そっと抱きしめた。
数分後、訪看さんに連絡して
とりあえず冷房を最低温度にして待機
息を切らして1時間くらいで駆けつけてくれた。

手際よくあちこちに繋がっていたカテーテルが
全て外され久しぶりにいつもの夫の姿に。

訪看さんが手際よく色々準備するものを
指示してくださり暖かいタオルや
バスタオルをみんなで用意して
私と息子たちで身体をキレイにして仕上げに髭剃り。
実は亡くなって数日たっても髭は伸びるんですよ
なんて教えてもらったりしながら
みんなで和やかに身支度を整えました。

何か着せたいお洋服などありますか?といわれ
一時的とはいえ悩んでしまい
とりあえずいつものTシャツ短パンに。
みんなでせーの!の掛け声で体の向きを変えたりして
なんとか着替えを済ませる。
…いつものお風呂上がりのパパだね(笑)って
死んだようにはとても見えない普段の夫の格好だった。

でも布団をかけてて気づかなかったけど
さっきまでの温かさはどこにもなく
いつの間に死後硬直も始まっていて
胸の上で組まれた手が青白く強ばっている...

そのあと医師が到着し死亡の確認と
死亡診断書をもらう。
たまたま亡くなった日の午前中は訪問診療の日で
夫と医師は会話もして帰り際固い握手も交わしていた。
短い間だったけどとても親身に対応してくれる
医師だった。
がんセンターの流れ作業的な診察を
ずっと受けてきたせいか
この先生の人間味溢れる対応にはとても感謝している。

帰り際、訪看さんに早めに葬儀するとこを決めて
ドライアイスを持ってきてもらったほうがいいよ
と言われた。できれば今すぐでも、って。
その時すでに22時過ぎ。
確かにこの酷暑といわれる8月に冷房だけで一晩
なんて悠長なことを考えてはいけなかった。
葬儀屋さんは何件か調べて候補はリストに
まとめておいたけど…
そうか、もうこの時点で電話をするのかと
急に息子たちとバタバタし始めた。
結局以前さくっと検索してホームページで見つけた
サイトがなんとなく見やすかったから
という理由でお気に入りにいれていた
葬儀屋さんへ電話。

とりあえず今からドライアイスの処置だけ
すぐに伺って、明日葬儀の見積もりでも可能ですよ。
とのことでお願いした。
それでも到着まで1時間半はかかるとのことで
その間、シャワーを浴びたり食欲ないけど
子供達がコンビニで簡単に食べれそうなものを
買ってきてくれた。

そして何をしてても部屋がとにかく寒い...
冷房の設定温度18℃

寝たきりになって、常に目が届くところにと思い
リビングダイニングに介護ベッドを置いていたので
普段の生活スペースが霊安室状態になってしまった。
みんなで真夏に真冬の格好をして葬儀屋さんを待つ。

深夜0時半、葬儀屋さん到着
手際よくドライアイスをセットしていただいた。
こんな遅くに申し訳ない…
亡くなった夫の顔は穏やかで、でも時間が経つごとに
真っ白になっていつもとは違う顔になっていく…
顔に触れると氷のように冷たく固い
その度に現実を突きつけられる。

その晩は眠れず、翌日は葬儀屋さんの見積もり。
遺影の額の色、棺の素材に柄、お花の色から大きさ
など、ほと細かに決めていく。
どれも単価に驚く。

遺影は以前自宅で私がスマホで撮ってあげた
マイナンバーカード用の写真。
夫とふざけながらなんとか撮って
少し照れてるけど穏やかないい顔。
実はこの写真を撮った時はすでに闘病していた。
もしかしたらこの写真、遺影になってしまうかも...
と当時頭をよぎっていたがその通りになってしまった、、

葬儀屋さんはとても感じのいい方で
絶対無駄にお金は使わないと心に決めていたのに
あれもこれもと金額がかさむ
できれば明るく賑やかに送り出したいと欲が出る一方
お金の心配も同じくらいあって葬儀屋さんを困らせる。
夫ならこんなのにお金かけてバカだなぁ…って
間違いなく言ってた。
でも最終的にはだいぶケチったよ...
打ち合わせ時間は4時間半におよんだ。

結局一晩、見積もりとにらめっこして
ここの葬儀屋さんにお願いすることに決めた。
葬儀の打ち合わせって意外と時間がかかる。
何件か見積もりをと思っていたけど
そんな時間も労力もなかった。
だから生前に見積もりしておくといいって言うんだね。
でもそれは元気な人ならいいけど
闘病中で生きるために頑張ってる人には
とても勧めらないよ。。

葬儀の日程も悩んだ。
希望日と、会場のスケジュールがあわない。
更に日数に余裕がないと、知人への案内等も
慌ただしくなり、スケジュール調整にも迷惑をかけてしまう。

霊安室をお借りすると1日2万。
このまま家で安置しドライアイスを毎日セットしていただくだけでも毎日1万。
スケジュール調整のために遺体をそばに置いとけば置いとくほどお金がかかる。

大事な人が亡くなって絶望のどん底にいるのに
毎日お金お金...と次から次へとお金の話
しかもなにをするにも金額が大きく
早めの決断を求められる。

結局葬儀は亡くなって4日後に
小さい式場なら予約が取れると言われ強行突破した。

土曜日、出棺最後の夜は夫の横でお線香を炊き
霊安室代わりのリビングで、寒さに震えながら
お酒とジュースで、くだらない話で賑やかに過ごした。
この子達がいてくれて私はどれだけ心強かったか。
長男26歳、次男22歳、三男18歳
みんな優しい子に育った。
葬儀の打ち合わせにも同席してくれたり
様々な諸連絡や電話の後で
見返せるように常にメモを取ってくれたり
1人では絶対頭が回らなかった自信がある。
葬儀屋さんの言われるがままになっていた可能性も高い。

葬儀の前日、夫だけ式場へ出棺する日。
ここでも何か着せたい服はありますか?と事前に
聞かれていて、てっきり白装束一択なのかと思いきや
その限りでもないみたい。
ゴルフウェアやお気に入りのジャージ
お気に入りのスーツなど、なんでもいいようだ。
夫はバイクが趣味で結婚前はモトクロスのレースにも
頻繁に出場しており、亡くなる直前までバイクの
メンテナンスにも余念がないほどバイクが好きだった。
なのでバイクウェアにすることに。

生前このジャケットすんごい高いんだよって
夫が自慢してたウエアを選んだ。
顔をマッサージされ、お化粧で顔色も良くなり
少し開いていた口も綺麗に閉じた。
リビングではサクサクと棺が組み立てられ
かっこよくキメた夫を棺の中へ。
すみません、写真撮ってもいいですか?
このタイミングで私は何を言い出すのか
不謹慎にも棺の中の夫の写真を撮る。

廊下が狭く棺が通らないことから庭から出棺し
玄関にまわることに。
そうか、家で看取るってことはこの出棺の時に
近所の目が気になってしまうってことか
そんなことにも今頃気づいた。
両隣の家の視線が気になりながらも手を合わせる。
近所付き合いはない。
最近旦那さんの車ずっとあるけど
お仕事どうしたのかしら?ぐらいは思われていたかも。
当然病気であったことも近所は知らない。

棺が車に乗せられドアが閉まったときの
行ってしまった感は不思議な感覚で
なんで?パパをどこに連れてくの?という
分かっているけど、待って!という感覚だった。

その数時間後、私たちは追いかけるように
式場へ向かい最後の打ち合わせ。
ケチったから貧相な祭壇になってしまうかなと
家族で心配していたが、会場の扉を開けると
思った以上の装飾でとても豪華に仕上がっていた。
予想以上に供花もたくさん届いている…ありがたい
良かったねパパ、感無量だった。
そして明日の葬儀に向けて、座る席やお焼香の順番
式の流れなど細かく説明を受ける。
こんな事前練習があると思わず、とても安心した。

葬儀前夜、夫宛に棺にいれる手紙を書く。
子供たちも書くと言ってくれた。
書きながら涙が止まらない。
なぜ生きてる時にもっとたくさん
言ってあげなかったんだと思うような内容になった。

葬儀当日
とりあえず近しい人だけに連絡をして
こじんまりと、と思っていたが有難いことに
というか申し訳ないくらいに
弔問される方が予想を遥かに上回ってしまった。
誰が誰だか分からぬまま頭を下げる。

一番恐れていた火葬はやはり一番苦しい時間となった。
火葬炉の扉が閉まる時、もうほんとに会えなくなってしまうのかと身体が強ばる感覚を覚え歯を食いしばった。
大丈夫、パパはもう私の後ろにいる!って
自分に言い聞かせた。
手を合わせ重たい火葬炉の戸がギーッと音を立て
ガチャンと締まり鍵をかけられる。
行ってしまった…


火葬後、カラカラに焼かれきった夫の骨は
とても太くしっかり形も残っていた。
まだ若いからだという。
骨上げをし、仕上げはスタッフの方が
丁寧に骨壷へいれる。
入り切らない分は潰しますね、と上からガーゼをかけ
体重をのせ骨壷の中でゴリゴリと遺骨を押し潰していく。
仕方ないけどなんだか残酷...
骨壷満タンだった遺骨は半分に減り
残りの遺骨を全て骨壷に収めた。
骨壷は長男が受け取った、触れると温かい…
夫の最後のぬくもり。

右も左も分からないのに喪主という大役を
私に出来るのか不安な中
前日の打ち合わせでお辞儀の方向や回数
お焼香のやり方、お布施の渡し方などなど
葬儀屋さんのお陰で、打ち合わせ通り
滞りなく式を終えることが出来た。


家に帰るとポツンと介護ベッドと枕
寝たきり期間は短かったけど確かに夫が
そこにいた形跡がある。
無心で片付けをした。
躊躇しててはなにも片付かない
これも1人だったらきっと泣き崩れて
何もしていなかっただろう。
子供たちの前では気丈に振舞う母を演じた。


ちなみに式の総額は約130万
(お葬式、式場、お布施、火葬、香典返し、精進落とし、全て込み)
※当初の予定では100万で抑えるつもりだった、、

夫が寝たきりなってから、葬儀屋さんをちょこっと調べてはいたけど、ここにしようと確定していた訳ではなかったので、事前にもっと下調べをしておくべきだったかなとは思った。ただ下調べと言っても、サイトには金額の詳細までは書いていないことが多く、やはり1度電話なり足を運ぶなりしないと、詳しくは分からなそう。
更に葬儀費用とは別に式場の大きさや香典返しの数、用意する食事の数などでも金額は大きく変わる。
でももう一度あの頃と同じ時期に戻ったとしても、軽く調べて、いやまだ大丈夫!と自分に言い聞かせスマホを閉じてしまうんだろうなと思う。
だってまだまだがんばる!って戦ってる横で、やっぱり葬儀のことを真剣に考えるなんてできないから。

夫が亡くなって前を向こうと必死な自分と
どっと押し寄せる喪失感と
日ごと、時間ごとに感情が揺さぶられる毎日。
毎日お線香をあげるたびに夫の遺影を見ては
私なんでパパにお線香あげてるの?っていう
非現実空間がそこにある。

楽しいことなんて何もなくて、これから先もずっと
続くであろう絶望感を抱えてただ生きていくしかない
なんのために働くの?なんのために美容院に行って
服を買って、メイクをして、ごはん作って掃除して…
全てが無意味に思えた。
でも私を最期まで一番心配していた夫を、早く安心させてあげたくて必死にもがいてる。
また会えた時に「頑張ってたね!」って言って欲しくて。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?