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1時間脚本『黒イ網』

あらすじ

 それは運命か、計略か、儀式か、戯れか

 K(25)は、電車で通勤中、某アパートの一室の窓の隙間から覗く、直径1m程の紫色の瞳に気づく。
 帰りも瞳を目撃し、その部屋へ向かうと、人気はなく、ドアも開いていた。入ると、リビングの隣にあるはずの部屋が、黒い結晶に覆われた洞窟の入口となっており、その奥には、ぐにゃぐにゃと動く全長5m程の黒い流体が浮かび、その下に棒状と球状の黒い物体が転がっていた。それらをライトで照らすと、骨と頭蓋骨だと気づくが、Kは流体に飲まれ、入れ替わるように洞窟を覆う結晶から抜け出た骨が、Kと同じ姿のK‘(25?)に変身。するとリビングにM(25)が入ってきて、座卓に白い布の包みを置く。K‘は、包みからジムのチラシでできた小さな紙袋に入った煙草を出し、燻らす。
 翌日の夜、某ジムから出てきた青年が射殺される。例の部屋で煙草を燻らすK‘と卓上の拳銃。Mは拳銃を新たな包みと交換する。
 その後、建設現場のロープが焼き切られる、コンクリ壁を覆う苔の一部が複数の人型に剥がされる、「夕焼け小焼け」の楽譜を表す線路沿いの金網に貼られた風船群、道に置かれたバナナの皮で人が転ぶ等、奇妙な出来事と交換が繰り返されるが、Mが部屋に来なくなる。2日後、K‘の体は黒く輝く結晶に変化し、砂と化す。
 MはKと同じ会社の経理部所属で、その部長(47)と関係があった。例の部屋は元々、部長との関係、及び白い布の包みを用いた秘密の交換の場だった。
 日頃昼休みを過ごす公園にある古墳の中で、白塗りに黒く輝く服を着た、無断欠勤中の部長と再会し、包みを託されたMは、例の部屋へ。だがやり取りは突如中断。警察が部長を捜し始めたため、何とか古墳内に辿り着いたMは、砂と化す部長を発見。
 部長の残した装いを同様に施したMは、浮遊する部長の指輪をライターで炙り始める。すると、何者かが古墳内へ入ってきて、Mはその何者かに微笑みかける。

登場人物

K  (10)(25)会社員・システム開
発部所属
K‘ (25?)Kのコピー体
M  (25)会社員・経理部所属

部長 (47)会社員・経理部部長
Kの父(47)Kの父
Kの母(40)Kの母

システム開発部部長
社員A
社員B
青年
歩行者
配達員
こども
中年男性
警官A
警官B
警官C
スーツA
スーツB

○都内・公園・古墳・中(夜)
   微かに伺える水の滴る音。
   暗闇の底から、根のように立体的で平らに広がる半透明な青白い光「黒イ網」と、その上に、底面と上面が同じ面積の正方形でできた半透明な青白い光の直方体「黒イ柱」が、ビル群のように生えるのを見下ろしていると、古いゲームの爆発に似た動きで、立方体状に分解されながら黒イ柱群が崩壊するが、より高く多い黒イ柱群が、ピクセル状のメインタイトルを囲むように生える。

メインタイトル「黒イ網」

   光にノイズが走り、爆発音と共に暗転。

○烏宮駅・東都宮浜線1番線ホーム(朝)
T「(黒地に切り抜き)Kノ場合」
   「Kノ場合」からホームが覗ける。
   1号車4番ドア辺りで電車を待つ、全体的に立つくらいの短髪に、色白な細面と高い鼻に四角い眼鏡をかけたK(25)と、ピンボケだが奥の1号車1番ドア辺りに待つ女性(M(25))。
   突然咳込むKと、それに気づき顔を向けたことがわかる奥の女性(M)。
   南行の電車が到着し、ドアが開く。
アナウンスの声「烏宮。烏宮。ご乗車、ありがとうございます」
   電車に乗り込む2人。

○東都宮浜線・1番線・車内(朝)
   東側のドアに寄りかかるK。
   西側のドアを見ると、周囲に立つ人で走り出す電車の外は伺いづらい。
   ドア上の画面に映る「さいたま・平和商店街で火災」のニュース。
アナウンスの声「まもなく、与南。与南。お出口は、右側です」
   逆光でKの全身が真っ黒に見える。
   与南駅に着き、西側のドアが開く。
アナウンスの声「与南。与南。ご乗車、ありがとうございます」
   降りていく人々の間を縫うように、東側の列の真ん中の席に座る。
   西側を見ていると、ちょうど乗客がKの目の前を空けるように立つ。
   ぼんやりと眠そうに西側の窓を眺めるKを乗せ、電車が走り出す。
   スピードが上がりきる前、西側の窓を見ていると、東向きのアパート2階、少し開いた北側の角部屋の北側の窓の隙間から、暗闇に浮かぶ直径1m程の紫色の瞳の一部が、遠くに一瞬伺える。
   K、表情は変えずに目線を少し下げる。
   ×  ×  ×
   (顔を隠すワイプに映るフラッシュ)
   乗客の隙間から見えるアパート。
   アパート。
   紫色の巨大な瞳がぼんやりと伺える、アパート2階の北側の角部屋。
   ×  ×  ×
   K、目を閉じると、すれ違う電車の音とタイピング音が混ざっていき、暗転。

○都内・オフィス・システム開発部(夜)
   目を開けると、天井灯の眩しい光が、目薬をさしたことで水っぽく、また眼鏡を外したためにぼやけて見える。
   目薬に蓋をし、眼鏡をかけると、複数のPC画面に向かい、細長い指でタイピングし始めるが、咳に襲われ、その勢いでキーボードの「0」を入力。
   真っ白な広いオフィスの端、タイピング音ばかり響くシステム開発部の島に、咳込むKを気にかける者はいない。
   他の島は人がちらほらいる程度で、何人か帰っていく様子が伺える。
   咳がおさまると、Kの震える指先は吸い込まれるようにキーボードに向かう。
   プログラミング言語を表示する画面。
   右端に入力された紫色の「0」。
   ×  ×  ×
   (ワイプに映るフラッシュ)
   アパート。
   紫色の巨大な瞳がぼんやりと伺える、アパート2階の北側の角部屋。
   ×  ×  ×
   「0」を見つめるKの冷めた目。
   「0」が消され、その下から再開。
   タイピングと電車の走行音が重なる。

○東都宮浜線・2番線・車内(夜)
   K、ゆっくりと目を開け、手元を見る。
   灰色の手提げ鞄を抱え、震える指先。
   北行の列車、東側に座り、自分の震える手元を冷めた目つきで見つめるK。
   目線を上げ、溜息するK、窓を眺める。
   今朝見たアパートの角部屋の窓の隙間から、怪しげに紫色の淡い光を放つ巨大な瞳が伺え、見えなくなる直後、瞬間的に発光。
   ×  ×  ×
   (フラッシュ)
   プログラミング言語の右端に入力される紫色の「0」。
   ×  ×  ×
   車内を伺うK。
   乗客たちの様子に変化はない。
   アナウンスの声「まもなく、与南。与南。お出口は、右側です」

○与南駅・東都宮浜線4番線ホーム(夜)
   電車が到着、ドアが開く。
   アナウンスの声「与南。与南。ご乗車、ありがとうございます」
   ×  ×  ×
   (ワイプに映るフラッシュ)
   紫色の「0」。
   Kの冷めた目、「0」を消す。
   ×  ×  ×
   ドアの開いた電車。
   ×  ×  ×
   (ワイプに映るフラッシュ)
   紫色に光るハシボソガラスの目。
   炎を見つめるK(10)の目。
   ×  ×  ×
   ドアの開いた電車。
   ×  ×  ×
   (ワイプに映るフラッシュ)
   瞬間的に紫色に発光する巨大な瞳。
   車内で下を見るK、前を見る。
   ×  ×  ×
   発車メロディの直前、足早に降りるK。
   改札へ向かうKの足音。

○与南駅と蓬田駅の間・線路沿いの西側の道(夜)
   暗い道を南に向かって何者かに引っ張られるように歩くK、見上げる。

○アパート前(夜)
   東向きのアパート前に立ち止まるK。
   窓が少し開いた北側の角部屋は、隙間の手前まで灰色のカーテンがかけられており、明かりは点いていない。
   眉間に皺を寄せながら部屋を見上げるK、アパートの入口へと向かう。

○アパート・入口(夜)
   溢れんばかりにチラシの詰まった当該角部屋の郵便受けの前を通過していくKの影、階段を上っていく足音が響く。

○同・2階・北側の角部屋・玄関前(夜)
   表札を見上げるK。
   プラスチック製の表札、油性ペンで書かれた文字はかすれて読めない。
   ドアノブの辺りを見るK。
   ドアは完全に閉まっておらず、ラッチの部分でひっかかっている。
   ドアの下あたりを見るK。
   風に吹かれてドアの下から出てきたとおもわれる、照りのある黒い砂粒「黒陽体」が幾つか散見される。
   以降黒く半透明で、黒曜石に似た照りを放つ物体を「黒陽体」と呼称。
   2階の通路の先を伺うK。
   寝静まった隣室や住宅街。
   ドアノブにかかるKの白く細長い手。
   砂状の黒陽体を踏みながら、生ぬるい空気のようにぬっと部屋へ入る。

○同・同・同・玄関(夜)
   Kの背後のドア、完全には閉まらない。
   暗闇を浮遊しているかのように見える、色白なKの顔。
   スイッチを押すが、照明は点かない。
   スマホのライトを点け、録画を開始。
   玄関先より多い砂状の黒陽体、靴のまま廊下へ進むと、更に多くなる。

○同・同・同・廊下(夜)
   ライトに照らされる砂状の黒陽体。

○同・同・同・リビング(夜)
   高級そうな毛足の長い白いカーペットの、廊下に近い部分を照らすと、何かが廊下に向かって倒れた跡のように見える砂状の黒陽体の一群があり、それが風に吹かれた跡が玄関先まで続く。
   砂状の黒陽体の先、カーペット上には、白い石でできた正方形の座卓。
   卓上の白い石の分厚く大きな丸い灰皿には、照りのない黒い灰「黒陰体」。
   以降照りがなく、光を通さない黒い物体を「黒陰体」と呼称。
   灰皿の横には、「平和商店街」と書かれたチラシを折って作られた手の平サイズの紙袋があり、中には何もない。
   他に物らしき物は見当たらない。

○(幻視)同上(夜)
   ライトに照らされる、白い包みの煙草を持つ白く細長い毛むくじゃらな右手、灰皿に煙草の灰状の黒陰体を落とす。
   スマホは動かさずに、右手の先を追うKの顔。
   窓の隙間の前に右足を立膝にして座るKの父(47)。
   少し黄色がかった色白な細面に、丸眼鏡をかけた高い鼻、左目を若干隠す右分けの白髪、白のYシャツと灰色のスラックス姿で、煙草を燻らし、Kを見上げると、紫色の瞳が淡く光る。
   (幻視終わり)

○同上(夜)
   発作的な咳に襲われるK。
   激しく揺れるライトの先、窓の隙間の前には誰もいない。
   咳が落ち着いた頃、水琴窟のような、金属質で水滴に似た音が聞こえてくる。
   ×  ×  ×
   (フラッシュ)
   音がプログラミング言語化される。
   ×  ×  ×
   音の先である南側を照らすK。
   そこには暗闇の続く洞窟のような空間「曜洞」への入口があり、その周縁部には、緩やかに尖り、面の滑らかな結晶状の黒陽体が、晶洞のようにはりついている。
   目を見開くK、引っ張られるように入口の前に進み、立ち止まる。
   ぽっかりとあいた闇と、Kの後ろ姿。
   曜洞の先へライトを向けるK。
   曜洞は緩やかに下へと続いているように見えるが、底まで照らしきれない。
   曜洞の内壁は入口と同様、晶洞のように結晶状の黒陽体が全面を覆う。
   奥を覗こうと思わず重心が前へ行き、半歩踏み出して止まるK。
   背後の気配に気づくKの顔、ピンボケだが、紫色の巨大な瞳と黒く細長いぐにゃぐにゃとした人影が伺える。
   K、背後へライトを向ける。
   白い壁紙には、かぎ括弧(「)状の剥がされたような跡が見られるが、そこには何もいない。
   周囲を探るKの背後の曜洞から、変わらず水滴に似た音が響いてくる。
   足元に手提げ鞄を置き、少し盛り上がった曜洞の入口へ足を踏み入れるK。

○アパート・2階・北側の角部屋・曜洞(夜)
   足元を照らしながら曜洞を下るK。
   結晶の下には、数多の細長い棒状の黒陰体がランダムに敷き詰められており、それらも結晶に覆われている。
   進む程に、足音は響き、水滴のような音が大きく、聞こえてこなかった細かな水滴に似た音が姿を現す。
   だんだんと傾斜がなくなってくると、突然立ち止まる。
   音で気配を感じ、見上げた先へライトを向けるK。
   曜洞はドーム状の空間を形成し、その中空・高さ5m地点を中心に、ダイラタント流体に似た、液体と固体の状態を行き来する、黒陰体でできた全長5m程の「黒流体」が浮かんでおり、金属質で水滴に似た音を発しながら、四方八方へ、数理模型似た形状に固化し、ぐにゃぐにゃとした流体へ戻る、という動きを繰り返す。
   呆然と見上げるK。
   ×  ×  ×
   (フラッシュ)
   黒流体の動きを表すプログラミング言語を追加し、間を置いて「0」を入力。
   ×  ×  ×
   半歩進むK、足先に何か当たり、金属質で重みのある、硬くて高い音がする。
   黒流体の真下には、結晶に覆われた棒状と球状の黒陰体が幾つか転がっており、球状の黒陰体を照らすと、頭蓋骨の陰影を描く。
   入口側を向き、壁や天井を照らすK。
   結晶内の棒は骨、球は頭蓋骨であることが、その陰影から伺える。
   水滴に似た音が消えたことに気づくK、振り返ることなく、ゆっくりとスムーズに体が持ち上がっていく。
   黒流体に飲まれていくK、入口を見る。
   入口周縁の東側の壁から、骸骨状の黒陰体が通り抜けるように出てきて、関節の部分から液状の黒陰体が溢れ出て、その勢いでぐにゃぐにゃと踊る骸骨を覆い、Kと同じ姿に変身していく。
   その過程で、左目の紫色の瞳が巨大化し、飲まれていくKと落ちていくスマホが、その瞳に反射する。
   底に落ちるスマホ、カメラ側を上から覆うように黒流体がスッと取り込む。
   ×  ×  ×
   (フラッシュ)
   「0」以外のプログラミング言語が消え、「0」が紫色の瞳の光に変化。
   ×  ×  ×

○同・同・同・リビング(夜)
   左目が元に戻り、リビングへ顔を向ける、眼鏡をかけていないK‘(25?)、両目がぼんやりと紫色に光る。
   リビングへ踏み出すK‘、足元の手提げ鞄を取り上げ、窓の隙間の前のカーペットに、右足を立膝にして座る。
   窓の隙間から外を眺めていると、玄関から誰かが入ってくる音が聞こえ、廊下へ顔を向けると、紫色に光っていた瞳が茶色く、輝かなくなる。
   リビングの入口に立ち、K‘を見下ろすM(25)。
   白黒の市松模様の手提げ鞄から、20cm四方に厚さ5cm程の重量感のある白い布の包みを取り出すM。
   包みを座卓に置き、リビングの入口へ戻るMを目で追うK‘。
   布をほどくK‘を見つめるMを、灰皿越しに見ると、チラシ製の紙袋が灰皿に入れられ、Mの姿を隠す。
   ライターをつける音。
   着火した真っ白な包みの煙草を持ったK‘の右手が、灰皿の中の紙袋と煙草の火を接触させ、着火させる。
火に照らされるMの顔。
   火に照らされるK‘、煙草を燻らす。
   卓に置かれる煙草を持ったK‘の右手。
   卓上には、高級感のある銀色のライターと、白い包みの煙草が19本入っている、フィットネスジムのチラシを折って作った紙袋、そして隙間から黒い金属質な物体が見える白い布の包み。
   白い布の中には数粒の砂状の黒陽体。
   Mが玄関を出る音。

○与南駅・東都宮浜線1番線ホーム(朝)
T「(黒地に切り抜き)K‘ノ場合」
   「K‘ノ場合」からホームが覗ける。
   1号車4番ドア辺りで電車を待つK‘。
   南行の電車が到着し、ドアが開く。
アナウンスの声「与南。与南。ご乗車、ありがとうございます」
   電車に乗り込むK‘。

○東都宮浜線・1番線・車内(朝)
   ドア上の画面に映る「さいたま・平和商店街の火災、放火か」のニュース。
   東側の列の真ん中の席に座るK‘。
   まばたきをしないK‘、すれ違う電車の音とタイピング音が混ざっていく。

○都内・オフィス・システム開発部(夜)
   人間離れした速さのK‘のタイピング。
   他の島の人が帰宅する中、システム開発部の島で一人立ち上がり、窓側のシステム開発部部長の席へ向かうK‘。
   周囲の社員A・B、K‘を目で追う。
   K‘を目で追うシステム開発部部長。
   机上に置かれた「退職願」の封筒。
   タイピング音が電車の通過音にかき消されていく。

○線路沿いの道・フィットネスジム前(夜)
   電車の通過音が続く。
   ジムから出て、ランニングする青年。

○同・陸橋付近(夜)
   線路を跨ぐ陸橋の影に青年の影がさしかかったとき、背後から人影が接近。
   サイレンサー付きの拳銃の射撃音の後、遠のいていく微かな足音。

○アパート・2階・北側の角部屋・リビング(夜)
   ライターで煙草に着火する、窓の隙間の前に座るK‘。
   カーテンが少し開けられている。
   卓上の拳銃とサイレンサーを白い布で包んで取り上げ、円筒状の白い布の包みと、新築マンションのチラシでできた紙袋を置くM。
   煙草を持つ右手を灰皿へ伸ばすK‘。
   灰皿の中で燃え上がるジムのチラシ。

○マンション・高所作業用の足場
   ロープにガスバーナーの火が近づき、切れ、重い金属質な落下音が響く。

○アパート・2階・北側の角部屋・リビング(夜)
   窓の隙間の前に座り、煙草を吸うK‘。
   卓上の持ち手の黒いバーナーを白い布で包んで取り上げ、平たく細長い白い布の包みと、住宅街の掃除ボランティア募集のチラシでできた紙袋を置くM。
   風に揺れる、灰皿の中で燃え上がるマンションのチラシの炎。

○苔に覆われたコンクリート壁のある道路
   苔の一部を剥がして作られた、3つの人型のシルエット。
   壁の前を通過する、歩行者と飼い犬、自転車に乗る配達員、風に飛ばされる帽子と、それを追うこどものシルエットがぴったり合う。

○アパート・2階・北側の角部屋・リビング(夜)
   窓の隙間の前に座り、Mの動きを何気なく目で追うK‘。
   卓上の持ち手の黒い掃除用のへらを白い布で包んで取り上げ、長辺30cm程の枕状の物体の上に、同じ長さの円筒状の物体を載せた形をした白い布の包みと、楽譜でできた紙袋を置くM。
   あっけなく燃え尽きる灰皿の中の掃除ボランティア募集のチラシ。
   静寂に包まれる。

○線路沿いの道(夕)
   線路沿いの金網を楽譜に見立て、向かって右へ進むと、防災行政無線から「夕焼け小焼け」が流れ始め、穴に差し込まれたカラフルな風船がその音符として配置され、その下に1人ずつこちらを向く無表情のこどもが立ち、音楽に合わせ、肩を軸に、伸ばしたまま腕を上げ、手に持つ画鋲で風船を割る。
   割れる音はその音階と一致している。
   途中で割るタイミングを逸すると、向かって右から左へ貨物列車が通り、うるさそうに去っていくこどもたち。

○アパート・2階・北側の角部屋・リビング(夜)
   窓の隙間の前に座り、着火しにくいライターを等間隔で繰り返しこするK‘。
   卓上の黒い空気入れを白い布で包んで取り上げ、長さ25cm程の柿の種状の白い布の包みと、八百屋の特売チラシでできた紙袋を置くM。
   煙草の火を押し付け、何とか燃え上がる、灰皿の中の楽譜。

○線路沿い・細い抜け道
   ごつごつとしたアスファルトの表面。
   貨物列車の音に混じる足音が間近に迫ると、バナナの皮が投げ落とされる。
   青空の下、貨物列車の音が終わると同時に、野菜や果物が入った橙色のエコバックが空中へ放り投げられ、ゆっくりと通過していく。

○アパート・2階・北側の角部屋・リビング(夜)
   窓の隙間の前に座り、煙が出なくなった煙草を咥えるK‘。
   卓上の白い布に置かれた、砂状の黒陽体が幾つか付いた、踏まれた跡のある黒っぽいバナナの皮。
   灰皿の中の、吸殻と八百屋の特売チラシを、朝日が照らす。

○同・同・同・ベランダ(朝)
   バナナの皮をベランダの床に置く、K‘の左手。
   響き渡る電車の通過音。

○同・同・同・リビング(夕)
   反射された夕日の光に照らされる、窓の隙間の前に座り、外を眺めるK‘。
   電車の通過音の残響。
   灰皿に押し込められた、白い布と乾いた黒いバナナの皮に近づく、銀色に輝くライター。
   等間隔で繰り返しライターをこすり、遂に着火すると、火がK‘の微かな微笑みを照らすが、「夕焼け小焼け」が流れ始めると同時に火に勢いがつくと、笑みは消えていく。
   勢いよく燃える炎。

○(夢)一軒家・2階(夕)
   「夕焼け小焼け」が流れ続ける。
   階段の辺りから、西日に照らされる奥の和室の窓辺に右足を立膝にして座り、煙草を燻らすKの父を見る。
   階段を上りきる前に父に気づき、立ち止まって様子を伺うK(10)。
   手前に吸殻が放られると、燃え上がるポリタンクと油を吸った畳。
   黒煙がKの父の前で収束し始めると、立ち上がり、ゆっくりと銀色の指輪が輝く左手を黒煙へ差し出すKの父。
   階段より東側に立つ、丸眼鏡をかけたKの母(40)。
   母を見るK、和室の方へ顔を向ける。
   収束する黒煙から、黒陰体の肉と黒陽体の羽と嘴で形成される紫色に光る目のハシボソガラスの頭と、指輪から黒陰体と化すKの父の左腕が垣間見える。
   黒煙が天井を覆い始め、むせるK。
   ゆっくりとKの父の元へ向かうKの母。
   咳込み、涙を流し、必死に降りるK。
   黒煙の中を進むKの母、指輪から黒陰体と化していく左腕が垣間見える。
   電車の通過音が遠ざかっていく。
   (夢終わり)

○アパート・2階・北側の角部屋・リビング(夕)
   電車の通過音が近づいてくる。
   反射された夕日の光に照らされる、窓の隙間の前に座るK‘のシルエット、外を覗く巨大化した左目が、瞬間的に発光した後、ゆっくりと戻っていく。
   目覚めるK‘、左目の下には、粒子状の黒陽体が混じった涙のつたった跡。
   突如咳込み、右手で口を覆うK‘。
   咳が治まり、微かに震える右手を見ると、手の平に砂状の黒陽体が散見され、それらを左手で払うと、手の平から指の腹にかけて、骨から染みだしていくように、肉が結晶状の黒陽体に変化し、凍るようにパキパキと音をたてて歪み、割れ目が入っていく。
   背後の北側の壁へ目をやるK‘。
   節々からパキパキと音をたてながら、卓上のライターを左手で持って立ち上がり、北側の壁へ向かう。
   かぎ括弧状に剥がれた箇所を見つけると、ライターの尖った部分を探し、かぎ括弧が四角形になるように剥がし始めると、「夕焼け小焼け」と同時に貨物列車が通り、不協和音を響かせる。

○同・同・同・曜洞(夕)
   微かな水滴音が響く中、入口側を見る。

○同・同・同・リビング(夕)
   不協和音の終わりと共に剥がし終え、手の平サイズの壁紙を持って座卓の前に座り、灰皿の灰を卓上の壁紙の上に細長く置いていくK‘。
   壁紙を丸めようとするが、形を維持できないため、周囲を見回すK‘。
   カーペット上を探る左手、カーペット自体の長い毛に気づき、引き抜こうとするが、勢いでバランスを崩す。
   咄嗟に座卓に左手をついたため、壁紙が座卓の南側へとんでいってしまう。
   壁紙を取ろうとする左手が微かに震えていることに気づき、手の平側を見ると、右手以上に変化が進んでいる。
   日が落ち、部屋が暗くなっていく。
   ×  ×  ×
   (左手を隠すワイプに映るフラッシュ)
   表情のないままK‘を見下ろすMの顔、顔を照らす火の勢いが落ちていく。
   ×  ×  ×

○同上(夜)
   廊下へ向かおうと立ち上がろうとするが、つんのめって倒れるK‘。
   リビングの入口には誰もおらず、両足の靴ごと、手と同様の変化を遂げていく中、這いつくばって進んでいくK‘。
   ドアが開く音。

○アパート・2階・北側の角部屋・玄関(夜)
   K‘を見て、目を見開くM。
   ドアが閉じていくと同時に、上から砂状の黒陽体が滝のように流れてきて、Mを見えなくしていく。
   ×  ×  ×
   (フラッシュ)
   PC画面の紫色の「0」が消え、青い「再起動」の画面へ切り替わり、暗転。
   ×  ×  ×

○烏宮駅・東都宮浜線1番線ホーム(朝)
T「(黒地に切り抜き)Mノ場合」
   「Mノ場合」からホームが覗ける。
   1号車4番ドア辺りで電車を待つKと、奥の1号車1番ドア辺りに待つM。
   咳込むKと、それを眺めるM。
   南行の電車が到着し、ドアが開く。
アナウンスの声「烏宮。烏宮。ご乗車、ありがとうございます」
   電車に乗り込む2人。

○都内・オフィス・システム開発部
   システム開発部の島の直上から、向かい側の端にある経理部の島を見る。
   経理部の島に座るM。

○同・同・経理部
   PCに向き合うM、ふと窓側の部長の席に目を向ける。
   整理整頓された机に、部長の姿はない。
   昼休みのチャイムが鳴る。
   白黒の市松模様の手提げ鞄と共に席を離れるM。
   MのPCのデスクトップに映る、海の波打ち際を飛ぶアオバトの写真。

○同・公園
   木陰の椅子に座り、鞄から白い布に包まれた弁当を取り出すと、黙々と食べ始めるM。
   Mの座る椅子の前にある水飲み場に舞い降りる、左足首に銀色の環をつけたハシボソガラス。
   紫色にぼんやりと光るハシボソガラスの目に映る、黙々と食べるM。
   つつくような音に気づき、見上げるM。水飲み場の栓をつつき、出てきた水で行水し始めるハシボソガラス。
   手早く弁当をしまい、スマホで録画しつつ慎重に立ち上がるM。
   手早く行水を終え、羽ばたいて公園の奥の小高い丘(古墳)側へ少し進み、Mを確認し、少し進むハシボソガラス。
   進んでは止まるを繰り返すハシボソガラスと、水飲み場の栓を閉めつつ、ゆっくりとついていくM。

○同・同・鳥居前
   石の階段を登り、古墳の上に茂る森と、その入口に建てられた朱色の鳥居が伺えるところまで来ると、ハシボソガラスは森の中へと飛び立つ。
   足早にハシボソガラスを追うM、録画を終え、目の前の森と鳥居に気づく。
   周囲と、スマホを確認してポケットにしまい、鳥居をくぐっていくM。

○同・同・烏目稲荷大明神
   参道を進むと、小さな社が見えてくる。
   境内へ入ると、社に向かって右側、朽ちかけた狐の石像群の中、古墳内へ続く、朱色の鉄格子が設けられた入口。
   M、鉄格子へ近づく。
   金色の八咫烏の紋が貼られた鉄格子、少しだけ開けられている。
   周囲を確認し、おそるおそる入るM。

○同・同・お穴様
   石積みで作られた、人一人しか通れない大きさの四角いトンネルを進むと、ろうそくに照らされた祠が見えてくる。
   祠へ近づくと、約2m四方の空間が、祠に向かって右側に広がっており、奥の壁にMの肩辺りを底とした直径1m程の円形の穴と、それをふさぐ鉄格子が伺える。
   穴の奥側には、天井の穴から斜めに一筋の光が差し込んでいることがわかるが、距離があり、詳細は伺えない。
   穴、祠を確認し、外へ出ようとふと穴を眺めたとき、穴の底に置かれた小さく細長い物体に気づき、近づくM。
   穴の底に置かれた煙草の吸殻。
   ×  ×  ×
   (フラッシュ)
   ベッドの窓側に座り、箱から煙草を咥え、右手に持ったつきづらい銀色のライターで着火する部長(47)。
   ×  ×  ×
   吸殻を見つめるM、穴からライターをこする音が聞こえてきて、中を覗く。
   穴の先に、一筋の光と、ライターを何度かこする音とその火が微かに伺える。
   穴や祠の周囲を確認するM、祠の正面に何かを見つける。
   ろうそくの光で怪しくきらめく、真っ黒で、通常より量の多い盛り塩。
   皿の傍にこぼれた塩をつまんでみると、砂状の黒陽体であることがわかる。
   つまんだ砂の一部が床に落ちると、沸騰するように湯気を出しながら床が融けだしていく。
   おもわず一歩下がるM。
   湯気が減っていくと、液状の黒陰体が湧いてきて、床を修復していく。
   砂をつまんだ指を確認するが、特に変化はない。
   M、盛り塩の皿を持ち、砂をつまんで穴のある壁にかけると、床と同様に融けだし、巻き込まれた吸殻が、火を出しながら燃えていく。
   湯気に巻かれながらも、つまんだ砂をかけていると、穴は人が入れる程の大きさになっていく。
   勢いで穴へ飛び込むM。

○同・同・古墳・中
   つるつるの黒陰体の床に倒れるM、穴がふさがっていき、閉じ込められる。
   盛り塩の皿に載っていた砂は床に散らばり、湯気を出しながら消えていく。
   手元にスマホがないことに気づくM、立ち上がり、奥の天井からさす一筋の光に向かって歩いていく。
   光のさす先には、床から少し浮いた状態で根のように平らに広がる黒イ網と、その上に黒イ柱がビル群のようにそびえ、それらが微かに揺らぎながら、黒イ網はうねるように、黒イ柱群は立方体状のピクセル単位で増減を繰り返す。
   口先から吹き出された煙草、床に落ちると燃え上がり、消える。
   目を見開き、言葉を失うM。
   右へ振り返る、白塗りを施した細面に高い鼻、右目を若干隠す左分けの白髪に、繊維状の黒陽体と黒陰体がS字状のうねうねとした柄を描くように織られ、全体に袴に似たひだがランダムに加えられた、つなぎに似た形状の服「曜服」を着た部長、紫色の瞳が淡く光り、微かに微笑む。
   ×  ×  ×
   (フラッシュ)
   オフィスでPCに向き合う色白な部長、Mの目線に気づき、微かに微笑む。
   ×  ×  ×
   何か言葉を発さんとするM。
   右の人差し指を口の前に立てる部長。
   ×  ×  ×
   (フラッシュ)
   曜洞のあったアパートの暗い寝室で、ベッドに覆いかぶさるように、右手で体を支えながら、右の人差し指を口の前に立てる部長。
   ×  ×  ×
   何とか落ち着きを取り戻すM。
   左手に持っていた、20cm四方に厚さ5cm程の重量感のある白い布の包みを右手に持ち替え、差し出す部長。
   その手にも白粉が施されている。
   一瞬躊躇するが、淀みなく受け取るM。
   部長、その場を離れようとするが、立ち止まり、穴に向かって、指輪らしき銀色の輝きが伺える左手をかざす。
   再び融けるようにして穴が広がる。
   穴を見、部長を見るが、周囲に姿はなく、小走りで壁へ戻りつつある穴へ向かい、途中で落としたスマホを拾うM。

○同・同・鳥居前
   鳥居を背に立ち尽くすM。
   放心状態のMの顔。
   ×  ×  ×
   (フラッシュ)
   ベッドの窓側に座り、煙草を咥えた部長の手元にある、白い布の包みと、その上に置かれた、たたまれた白い布。
   ×  ×  ×
   M、慌てて包みを鞄に入れ、周囲、そしてスマホを確認し、その場を離れる。

○同・オフィス・経理部
   PCに向き合うM、部長の席を見る。
   部長の姿はない。
   タイピングを再開し、その音が電車の走行音と重なっていく。

○東都宮浜線・2番線・車内(夜)
   鞄に入った白い布の包み。
   鞄を抱えるようにして眠るM。

○(夢)アパート・2階・北側の角部屋・玄関前(夜)
   たたまれた白い布を広げていくと、鍵が出てきて、それで玄関を開ける。

○同・同・同・玄関(夜)
   大きな革靴が一足。

○同・同・同・リビング(夜)
   リビングへ進むと、北側の窓の隙間の前に座って外を眺めつつ、銀色の指輪をはめた左手で煙草を燻らす巨漢の中年男性。
   Mが鞄から白い布の包みを座卓に置くと、包みの中身をちらっと確認し、煙草を灰皿に押し付け、別の白い布の包みと交換するように鞄に入れ、Mには目もくれずに立ち去る中年男性。
リビングに立ち尽くすM。
   電車がすれ違っていく音。
   (夢終わり)

○東都宮浜線・2番線・車内(夜)
   北行の車内の西側に座り眠るMと、通り過ぎるアパートの部屋の紫色の瞳。
   目を閉じているM。
アナウンスの声「間もなく、与南。与南。お出口は、右側です」
   ゆっくりと目を開き、立ち上がるM。

○アパート・2階・北側の角部屋・玄関前(夜)
   ドアノブへ近づくMの足音、立ち止まり、手をかけようとするが、ためらう。
   ×  ×  ×
   (ワイプに映るフラッシュ)
   微かに微笑む白塗りの部長。
   オフィスで微かに微笑む部長。
   ×  ×  ×
   ゆっくりとドアを開け、閉まっていく。

○同・同・同・リビング(夜)
   Mから包みへ目を向け、銀色のライターを取り出し、煙草に着火させ、Mを見上げながら、煙草の火を灰皿の中の紙袋と接触させ、着火させるK‘。
   曜洞に目を向けるMの顔、火に照らされ、K‘の視線に気づく。
   微かに震えるMの足、部屋を去るとき、黒い靴下についた幾つかの砂状の黒陽体が輝く。

○烏宮駅・東都宮浜線1番線ホーム(朝)
   奥の1号車1番ドア辺りに待つM。
   1号車4番ドア辺りを眺めるM。
   南行の電車が到着し、ドアが開く。
アナウンスの声「烏宮。烏宮。ご乗車、ありがとうございます」
   電車に乗り込むM。

○都内・オフィス・経理部
   部長の席にその姿はない。
   昼休みのチャイムが鳴る。
   手提げ鞄を持ち、席を離れるM。
   MのPCのデスクトップに映る、鳥居にとまるハシボソガラスの写真。

○同・公園
   紫色の目が光るハシボソガラスが舞い降りる。

○同・同・古墳・中
   指の間にバーナー入りの包みの結びを挟み、新築マンションのチラシでできた紙袋と共にMに渡す部長の右手。

○同・同・烏目稲荷大明神
   鉄格子からこそこそと出て行くM。
   トンネルから微かな湯気が出ている。

○東都宮浜線・2番線・車内(夜)
   目を閉じ、西側のドアに寄りかかるM。
   ドア上の画面に映る「青年実業家 路上で射殺」のニュース。
   陸橋とパトカーの集まりを通り過ぎる。
アナウンスの声「間もなく、与南。与南。お出口は、右側です」
   目を開けるM。

○アパート・2階・北側の角部屋・リビング(夜)
   微かに震える手で、拳銃とサイレンサーを白い布で包むM。

○同・同・同・玄関前(夜)
   ドアから出てくるM、少しの間立ち止まるが、階段を降りていく。

○烏宮駅・東都宮浜線1番線ホーム(朝)
   奥の1号車1番ドア辺りで、スマホをいじりながら待つM。
   南行の電車が到着し、ドアが開く。
アナウンスの声「烏宮。烏宮。ご乗車、ありがとうございます」
   電車に乗り込むM。

○都内・公園
   キョロキョロとMを見つめるハシボソガラス。

○同・同・古墳・中
   拳銃入りの白い布の包みを部長の右手に渡すと、一瞬の間を置いて引っ込み、指の間にへら入りの包みの結びを挟み、掃除ボランティア募集のチラシでできた紙袋と共にMに渡す部長の右手。

○同・同・烏目稲荷大明神
   そそくさと鉄格子から出て行くM。
   トンネルから微かな湯気が出ている。

○アパート・2階・北側の角部屋・玄関前(夜)
   ドアから出てくるM、大きく息を吐き、階段を降りていく。

○都内・公園
   降りてくると、すぐ奥へと向かっていくハシボソガラス。

○同・同・烏目稲荷大明神
   自然と鉄格子から出て行くM。
   トンネルから微かな湯気が出ている。

○アパート・2階・北側の角部屋・玄関前(夜)
   ドアから出て、少し首をひねり、階段を降りていくM。

○都内・公園
   降りてくると、奥にMがいることに気づき、慌てて奥へ飛んでいくハシボソガラス。

○同・同・烏目稲荷大明神
   「夕焼け小焼け」の鼻歌と共に鉄格子から出て行くM。
   トンネルから微かな湯気が出ている。

○アパート・2階・北側の角部屋・玄関前(夜)
   目で周囲をキョロキョロと見回しながら、階段をゆっくりと降りていくM。

○都内・公園
   手前には何もおらず、ピントを合わせると、奥でハシボソガラスを探すM。

○同・同・お穴様
   白い色をした盛り塩。
   M、つまんだ塩をおっかなびっくり穴にかけてみるが、何も起こらない。
   空気入れの入った包みを祠の前に置こうとするが、穴を見つめ、近づき、鉄格子の隙間から包みを投げ入れると、沸騰し燃焼する音と、炎の光と湯気が穴の向こうから突然出てきて、驚くM。
   爆発的な音・光・湯気の後、静寂。

○東都宮浜線・2番線・車内
   警笛。
   目を閉じ、西側のドアに寄りかかるM。
   ドア上の画面に映る「苔のシルエット 日本版バンクシー?」のニュース。
アナウンスの声「間もなく、烏宮。烏宮。お出口は、右側です」
   目を開けるM、鞄から水筒を取り出して飲み、戻そうとすると、そこに砂状の黒陽体がついていることに気づく。
   烏宮駅に停車、ドアが開く音。
アナウンスの声「烏宮。烏宮」
   水筒を白い布の包みが入っていない鞄に入れ、降車するM。
アナウンスの声「ご乗車、ありがとうございます」

○都内・オフィス・システム開発部(夕)
T「(黒字)2日後」
   Kの席には誰も座っていない。
   システム開発部の島の直上から、向かい側の端にある経理部の島を見ると、部長の席へと向かう警官A・B・C。

○同・同・経理部(夕)
   PCに向き合い、あくびするM、警官たちに気づき、ちらちらと様子を伺う。
   部長の席の物を確認し始める警官ら。
   引き出しからたたまれた白い布を取り出す警官A、広げてみると、砂状の黒陽体がこびりついた鍵が出てくる。
   M、冷静を装い、休憩に出るように鞄を持って席を離れていく。
   MのPCのデスクトップに映る、地面に映るハシボソガラスの影の写真。

○同・公園・烏目稲荷大明神(夕)
   足早に境内に入り、周囲を確認しながら鉄格子を開け、閉めていくM。

○同・同・お穴様(夕)
   白い色をした盛り塩。
   穴や祠の周囲を探るM、ふと気づいたように鞄に右手を入れ、何かをつまむ。
   つぶれた真っ白な包みの煙草をつまみ出すと、指に残る砂状の黒陽体。
   再度鞄の底からつまみ、壁にかけると、ほんの少しだけ湯気を出して融ける。
   足早にトンネルから出て行くM。

○東都宮浜線・2番線・車内(夕)
   少し下を見つめたまま動かない、西側のドアに寄りかかるM。
   ドア上の画面に映る「バナナの皮で転び重傷 悪質いたずらか」のニュース。
   通り過ぎるアパートの部屋の紫色の瞳。
アナウンスの声「間もなく、与南。与南。お出口は、右側です」
   与南駅に停車、すぐ降車するM。

○アパート・2階・北側の角部屋・玄関前(夜)
   階段を上り、足早に玄関に入るM。

○同・同・同・玄関(夜)
   K‘を見て、目を見開くM。
   ドアが閉まる衝撃で、リビングの床に伏す人型の黒陽体の砂山が一部崩れる。
   靴のままリビングへ入っていき、砂山の前にひざまずくM。

○同・同・同・リビング(夜)
   呆然とするM、頭をぶるっと震わせ、冷静さを取り戻す。
   曜洞は跡形もなく、ベッドの置かれた寝室が伺える。
   鞄から白い布の包みを出し、結びを解くと、拳銃とサイレンサーが出てくる。

○(回想)烏宮駅・東都宮浜線1番線ホーム(朝)
T「(黒字)5日前」
   奥の1号車1番ドア辺りで、スマホをいじりながら待つM。
   スマホに映る、モデルガン店のHP。
   南行の電車が到着し、ドアが開く。
アナウンスの声「烏宮。烏宮。ご乗車、ありがとうございます」
   電車に乗り込むM。

○モデルガン店・中
   数多のモデルガンが並ぶ中、会計を済ませ、立ち去る、黒いバケットハットに四角い眼鏡をかけたM。

○都内・公園・古墳・中
   モデルガン入りの白い布の包みを部長の右手に渡す。
   目を上げて部長を盗み見るM。
   包みを見ているようで焦点が合わず、ゆらゆらと紫色に輝きながら遠くを見つめる部長の虚ろな瞳。
   右手を引っ込み、指の間にへら入りの包みの結びを挟み、掃除ボランティア募集のチラシでできた紙袋と共にMに渡す部長の右手。
   燃え上がる床に吹き出された煙草。
   (回想終わり)

○アパート・2階・北側の角部屋・リビング(夜)
T「(黒字)5日後」
   サイレンサーを付けた拳銃を鞄に入れ、砂の山に手を合わせた後、白い布の上に砂を載せていく。
   布を結び、鞄に入れ、立ち去ろうとすると、卓上に何か見つける。
   卓上の銀色のライターを奪うように取り、部屋を出て行くMの足音。

○アパート前(夜)
   蓬田駅のある南へ向かうM越しに、アパート前に止まった黒い外交官ナンバーの車から、入口へ向かうサングラスをしたスーツA・Bを見る。

○都内・公園(夜)
   小走りで奥へ進むM。
   パトランプの光が通り過ぎる。

○同・同・鳥居前(夜)
   周囲を確認し、小走りでくぐるM。

○同・同・烏目稲荷大明神(夜)
   周囲を確認、小走りで穴へ向かうM。

○同・同・お穴様(夜)
   白い布の結びを苦戦しながらも解き、砂をかけると、壁が融けていく。

○同・同・古墳・中(夜)
   穴へ飛び込み倒れるも、すぐ立ち上がり、奥へ進むM。
   黒イ網と黒イ柱群の前で、仰向けに倒れる部長を見つけると、駆け寄るM。
   K‘のように、右手・両足・両目はほぼ結晶化し、髪が導火線のように毛先から砂に変化する中、左手も徐々に結晶化していくが、薬指の銀の指輪がバキバキと食い込み、微かにうめく部長。
   結晶化に伴い、白粉がぱらぱらと床に落ち、湯気と共に消えていく。
   指輪を取ろうとするが、既に取りようがないことに気づくM、ためらいがちに鞄に右手を入れると、部長の震える左手がゆっくりと差し出される。
   Mに顔を向け、パキパキと割れながら、人差し指と中指を立てた煙草を持つ形に変わっていく部長の左手。
   バキバキと食い込む指輪。
   鞄の中へぐっと押し込み、何かを取り出そうとするMの右手。

○同・同・鳥居前(夜)
   間を置いて、森から飛び立つ鳥の影。

○同・同・古墳・中(夜)
   曜服と指輪を残し、人型の砂山が沸騰しながら消えていく。
   円盤のようにゆっくりと回転しながら、床から3cm程の高さで浮く指輪。
   ひざまずいたままその様を見つめるM。
   黒イ網と黒イ柱群に向かってひざまずくM、突然曜服を右手で旗のようにバッと翻す。
   増減を繰り返す黒イ網と黒イ柱群。
   その前で、Mの右の親指と人差し指でつまんだ指輪を、天に向けてふわっと放すと、無重力中の慣性のように、ゆっくりと空中へ浮上し、指輪に右手で着火したライターを近づけると、指輪から甲高い金属質な沸騰音が出始め、炙っているのとは逆の箇所から、ぶすぶすと黒陰体が膨らむように出てきて、黒イ網と黒イ柱群にノイズが走る。
   壁が融けていく音。
   曜服を着たMの背中に映る、ろうそくの光でゆらゆらと揺れる影。
   ゆっくりと左へ振り返る白塗りのM、微かに微笑む。
   左手でつまんでいた白い布の包みの結びを離す。
(了)


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