短編脚本『ジボ』
あらすじ
晩秋の山中をマイ(25)は彷徨っていた。死に場所を探していた。
マイは洞(うろ)のある巨木を見つけ、その中で死のうとおもいつく。
洞に入ると、木の根のように逆立つ髪や、赤土の化粧を施した異様な住人・ジボ(?)がいた。ジボはマイの心を見透かすように語りかけ、生死の選択を迫ってくる。
洞の内壁は、数多の人間の上半身が互い違いに組み込まれたように盛り上がった形状で、その頂上には、鹿に似た角と白い翼の生えた青年(20代)がいた。マイは青年の本来の姿を幻視し、自死を踏みとどまる。ジボはそれを静かに受け止め、沈黙する。
マイは洞を出て、夜明の山を降りていく。
登場人物
マイ (25)フリーター
ジボ (?)洞の住人
青年 (20代)洞の住人
洞の人々
こども
大人
○黒い水面
角状の細かな突起がいくつも生えた赤土色の立体的な文字、呼吸しに上がってきた生物ように浮上。
メインタイトル「ジボ」
音もなく沈んでいき、見えなくなる。
○山林(夜)
東側の葉の落ちた木々が生えた暗い谷状の斜面から、西へ滑るように降りてくる人影。
東からの山風と落葉を踏む音。
木々の間から出てくるうつむき加減の人影、西側から雲を透かした月光に照らされていく。
ボブに黒縁眼鏡、青のダウン、濃灰色のパンツ、薄灰色のシューズ、黒のボディバッグを身につけたマイ(25)。
脱力した様子で、髪や服に土汚れ。
T「(黒地に白字で)マイ」
マイ、呼び掛けに応えるように立ち止まり、左を向く。
○同・巨木と巨岩前(夜)
マイの視線の先には、少し平らで開けた空間の南側に、西側の巨岩と一体化した、触手を伸ばした胴の長いイソギンチャクのような形状の洞のある巨木。
たくさんの蔦が絡んだ巨岩と巨木。
人一人分の穴から、上からの月光で微かに伺える、天井のない洞の内部。
マイ、洞に近づくと立ち止まり、じっと見つめる。
× × ×
(フラッシュ)
洞の底で、小さな空の瓶と並び、仰向けに横たわったまま動かないマイ。
上からの日光が照らす青白い右手。
アオバトの鳴き声。
× × ×
マイ、吹き下ろす山風で髪が少し乱れると、深く息を吐き、髪をかきあげ、慎重に洞に入っていく。
○同・巨木の洞・中(夜)
目のような年輪に沿って、凹凸のある洞の底。
底を囲む根は空洞で、そこから響いて聞こえてくる足音や水滴の音。
入ってきた穴の向かいに見えてくる、平らで広い切り株に似た舞台。
覆うようにアオバトの緑の羽がこんもりと盛られている、中央に向かって緩やかに凹んでいる舞台。
マイ、両手でボディバッグの肩掛けを掴み、底の中央部で立ち止まる。
羽の山が動き、中に横たわっていたジボ(?)が起き上がる。
木の根のように逆立つ髪と土気色の肌。
眉毛もまつ毛もない顔を覆うように、十字型の星状の赤土の化粧が先端同士で接するように4つ。
細長い十字型の星状のイヤリングや、首の年輪状の赤土の化粧、様々な茶系の色をした無数の手形を重ね合わせた模様の繊維質な服が伺える。
手形の中には6本指や、アオバトや鹿の足跡も伺える。
目を閉じたまま起き上がり、口元が伺えない程度にうつむき、久しく動かしていないためか顎の関節をパキパキと鳴らしながら、
ジボ「(高音と低音がずれた声で、だるそうにゆっくりと)来たの……」
険しい目つきのマイ。
小刻みに震えるマイの足。
ジボ、赤い瞳と黄土色の結膜が伺える目をゆっくりと開けながら、右足の立膝に右肘を置き、右手で頭を支える。
動くと時折関節からパキパキとした音。
手の甲に十字型の星状、手の平に年輪状の赤土色の化粧。
赤土色の尖った爪。
手首の貝のブレスレッドから、真珠層の輝きが伺える。
緊張した硬い面持ちのマイ。
ジボの声「(高音と低音が混じった声で)疲れた、でしょう……?」
マイ、思わず目線を下に。
ジボの声「でも……まだ迷う」
マイ、険しい目を向ける。
ジボの声「そんな目で見ないで……急かすわけじゃない……」
マイ、下を向く。
こちらを見ているように見える、目のような年輪の中心部。
ジボの声「どちらにせよ、ほんの一瞬のこと……ここなら、一人じゃない……」
マイ、ゆっくりと目線を上げていく。
ジボ「ずっとね……」
月を覆っていた雲が晴れ、洞の頂上部がより照らされ、中も明るくなると、ジボの背後に、何人もの人の上半身の輪郭が浮かび上がり、それが洞の木肌が盛り上がったものだとわかる。
目を閉じ、頭を天に向けたまま静止し、両腕を八の字にした列と、逆八の字にした列が、凸凹が合わさるように互い違いに噛み合い、頂上まで地層状に積み重なる人々。
体格や年齢も様々で、肌には底の年輪に沿った木目、洞には菌糸のように張り付いた白い髪が伺える。
見上げたまま呆然とするマイ。
ジボの声「そう、一人じゃない……」
マイの瞳に映る、ジボ直上の頂上部。
ジボの声「あの人も……」
頂上部に一人、白髪の頭からその周囲に沿って、鹿に似た角が枝のように伸びた鷲鼻の青年(20代)が伺える。
角の下に、頂上まで這うように伸びた人々の白い髪が集まってできた翼が、青年から生えているかのように洞に張り付いている。
洞の木肌の盛り上がりが形成する青年の八の字状の腕と厚い胸。
× × ×
(フラッシュ)
光と風の中、白のTシャツとジーンズの青年。
首の下から手首までが見え、八の字状の腕が誰かを迎えているかのよう。
× × ×
マイ、ジボに目を戻す。
口元が伺えない程度にうつむいたまま、マイをじっと見つめ、
ジボ「誰も、責めたりしない」
× × ×
(フラッシュ)
壁のように迫る大勢のこどもの人影。
声や音は伺えない。
× × ×
闇に浮かぶ洞の人々の輪郭。
ジボの声「誰も、そばを離れない」
× × ×
(フラッシュ)
押し入れの中、襖の隙間から、誰もいない和室を見る。
音はない。
× × ×
根の空洞から、マイとジボを見る。
ジボ「誰も、恐れることはない」
× × ×
(フラッシュ)
唾を飛ばしながらこちらに向かって怒鳴る大人たちの口元。
声や音は伺えない。
× × ×
赤土色の歯を見せながら、
ジボ「他に、何か?」
と、にたっと口を歪ませる。
マイ、少し下を向く。
ジボの左手、ゆっくりとマイへ差し伸べられていく。
マイの足の細かな震えが徐々に治まり、右足を一歩前へ。
足音と共に鳥の飛び立つ音。
マイ、反射的に立ち止まり、上を向く。
鳥の影が頂上の青年の上を通り過ぎる。
仏像のように薄目を開けている青年。
× × ×
(フラッシュ)
吹き下ろす山風の音。
雲上の太陽を背景に、白髪に白のTシャツとジーンズの青年、ゆっくりと赤い瞳の目を開ける。
赤土色の角やジボと同様の化粧とアクセサリーが伺える。
両手は白髪を鷲掴んでおり、それぞれ下に人の頭が伺える。
シャツや翼、白髪が、角や化粧から垂れてくる赤い泥に染まっていく。
× × ×
○(幻想)同・同・同(夜)
ジボの差し出す左手に右手を置くと、すっと引かれて抱きしめられるマイ。
マイ、ジボの左肩側に頭を置き、目を見開いたまま赤土色の涙を流す。
マイ共々、左肩側からひねるようにアオバトの羽の中へ倒れ込むジボ。
舞い上がる羽の中に、両者の姿はない。
吹き下ろす山風の音が止む。
(幻想終わり)
○同・同・同(夜)
マイ、ゆっくりとジボへ目を戻す。
右足を戻しながら、ボディバックの肩掛けを掴んでいた両手に力を込め、
マイ「違う……」
伸ばされていたジボの左手、ゆっくりと下がっていく。
ジボをまっすぐ見つめ、
マイ「少し……違う……」
ジボ、にんまりと口を歪ませていきながら、直上の青年を見上げる。
赤い瞳に映る青年。
ジボ「(高音と低音がずれた声で)そう……」
雲が月を覆っていき、洞が暗くなっていくのに合わせ、頭を下げながら、ゆっくりと目を閉じ、静止するジボ。
暗くて表情は伺えない。
少し悲しそうな表情のマイ。
闇に浮かぶ人々の輪郭と、そのいくつかから落ちる水滴。
人々の前をゆっくりと落ちてくる、一枚のアオバトの羽。
マイ、落ちてくる羽に気づき、右手で受け止める。
○同・巨木と巨岩前(夜明)
洞を出て、巨岩伝いに西へ進むマイ。
東側から山越しに微かな夜明の光。
多島海のように浮かぶ雲の一つが満月を覆う西の空の下、巨岩とマイの後ろ姿越しに伺える、山々と黒い海。
西からの海風に吹かれる後ろ姿のマイ。
アオバトの風のような鳴き声。
マイ、振り返る。
× × ×
(フラッシュ)
黄緑の髪に白のTシャツとジーンズの青年、風吹く濃緑の山中へ歩を進め、振り返るその赤い瞳が遠くに伺える。
× × ×
握られていたマイの右手が開く。
手中の羽は海風に吹き上げられ、東側の山へ飛ばされ、すぐ見えなくなる。
山越しに伺える朝焼けの東の空。
東の空をじっと見つめるマイ。
月を覆っていた雲が晴れる。
マイ、西を眺める。
マイの髪が海風になびき、小さく細長い十字型の星状のイヤリングが輝く。
後ろ姿のマイ、西へ降りていく。
海風の中、滑り降りながら落ち葉を踏む音が遠ざかっていく。
(了)
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