六月透が好きだというはなし

※六月透の加害性とヤバさについては、筆者も擁護したいというよりは「これは……無理だよ……!救うのは……!」と思っています。でも筆者はそこまで含めて六月透という存在が大好きです。彼女の所業は本当に狂気的で、reでもぶっちぎりでヤバいので、苦手な方は読まないほうが良いとされています。

【序章】
六月透の何が好きかって(唐突)、あれだけ丁寧に「恋」に向き合っているところなんですよね 六月は登場時点で実はボロボロの子で、欠損した愛を得ることでしか先に進めない子なのに、彼女は「恋」に灼かれて狂うんですね 人を好きだと思う気持ちに貴賎はなくても、ひた隠しにしている一方通行の感情と(恋)、感情を開示して2人の間の関係値(愛)では違うんですね 貴賎ではなく、抜本的な性質にあたるものが。


(※ここで恋と愛の差異を、(このノートで扱う定義として)連ねておくんですけど、ざっくり「恋は一方的な感情」「愛は双方が認知している関係値のこと」くらいのニュアンスで扱います)

↑よって六月→ハイセ(金木)は恋なんですけど、金木くんとトーカちゃんの間にあるのは愛なんですね これがこのノートのサビでになります

【対人関係と社会性での「恋愛」からの解釈】
告白は思いを打ち明けることではなく、関係の確認だと(おれの恩師的な存在から)聞きました。その時マジでびっくりしちゃったんですね、告白って「ずっと内緒にしてたんですけど、実は」じゃなくて「僕たちはお互いに好きだと思っていると存じますが、関係性を先に進めませんか?」らしいんですよ!?!?!?恋愛という言葉で一絡げにされてるけど圧倒的な乖離じゃんこんなの!!!

おれはre読み返してて、↑この話を思い出しました。六月の恋は一方的で、「秘密にしていた思いを打ち明ける」告白だったんだなって 対してトーカちゃんと金木くんは関係を積み上げた上での確認だったので そこが違ったんだな〜って

これは道理でありながらあまりにも(六月視点からは)残酷で、だって六月は誰かを愛したことなんてないんですよ 愛のお手本を知らないし、排斥と虐待に晒され続けて麻痺した思考ではとてもそんな余裕はないんですよ でも第二時代に佐々木先生(金木くん)にふれて、それを好ましいと思って、たどり着いた感情が(六月にとっての)恋なんですね 

【六月の恋に関して】
かの「相手の顔を思い浮かべ 〝好きだ〟と呟き、胸の奥で 温かさや締め付けを覚えれば、それは恋でしょう」というモノローグがあると思うんですけど これがあまりに悲しくて筆者はガチ泣きしたことがあります 何が悲しかったのかについては、筆者が負けヒロイン大好きだっていうこともあるんですけど、それ以上に「六月がその認知に至った理由を考えずにはいられなかった」ということもあります。

「相手の顔を思い浮かべ、好きだと呟き、胸の奥で温かさや締め付けを覚えれば」の部分が計算問題における問題の部分で、イコールの右に来るのが「それは恋でしょう」になると思うんですよ

「相手の顔を思い浮かべ 〝好きだ〟と呟き、胸の奥で 温かさや締め付けを覚えれば」=「それは恋でしょう」

みたいに。

でも多分、この感情に対してこの解って、部分点なんですよね イコールの左側の陳述は至極原始的な「ひとを好ましく想う」で、恋以外にも対応する感情なんていくらでもある 文字だけを追うのであれば「それは友情」「それは愛情」「それは庇護」「それは〇〇」で案外納得してしまえて、そこに「恋」を持ってくるのが六月なんだなあって思います 「なんだなあ」の部分を、あのね、これから言語化します 二つか三つある

【以下、理由の陳述】=============

①まず恋って、他の感情に比べて桁違いに脳内物質が分泌されませんか?おそらく六月、あの育ちだし元々サイコパス(スラングを通り越えた原義の病名として)なので快感を担保する機構が壊れてると思うんですよ 【第二時代のあんなことやそんなこと】とか【流島編の戦闘のあのへん】とかを見る限り、六月は加害によって快感を得るタイプの人なんですね 第二時代は自分より弱いものを、流島では(おそらくは)「男性」を加害して興奮している描写があったので 六月って「そういうこと」で快感を得るタイプなので、日常では多分セロトニンとかドーパミンとか足りてないじゃないですか だからその「一個人に対するあたたかい感情」を「恋」と認識することでフェニルエチルアミンが出てなんとか情動を保っていたんじゃねえかなって思ってます

②六月って多分パーソナリティにも問題が大アリで、だからあの ハイセを「嘘つきの仲間」だと認めた瞬間に、なにかハイセへのタガが外れたんだと思います メチャクチャ憶測なんですけど「うそつき」という、六月にとっては(無自覚であれおそらく気付いているであろう)自己そのものである属性を他人の中に見出してしまったこと、そんなんもう決定打じゃないですか この人は同類で、そして優しい そう気づいてしまった時点で、六月にとってのハイセがほかの人たちから一線を画するにあまりあるんですよ 孤独だった人間にとって「「同族」」って言葉は果てしなく重いと思うので 一線飛び越えて「特別」になってしまった人間への感情について、おそらく六月は「恋」しか知らなかった、かつ六月にとって恋以外の何物でもなかったんだろうなって……

③六月は女性性を嫌悪しながら、女性としてハイセが好きになるんですよね(VSウタのあの展開とか特にそうだけども) 六月の男性装は、六月本人を守る鎧であり加害性を外に出さない為の檻でもあったのだと思います 女(という属性)だからあの過去(父からの虐待)があった、と六月が考えるのはまあ自然なことで だから身を守る為の男性装であり、自分のもつ女性性(という“弱点”)を隠す為の男性装 という見方もできるんですよ
これに加えてもう一つあって、六月は本編中で男装という始まりから、「じっくり自分が女だと分からせられてしまう・周囲に分かられてしまう」という経過を辿るんですね 例のシーンのあとで「恥ずかしいほど女だ」という言葉によって自己の女性性を認めるに至るんですね それは彼女のペルソナである「血が苦手な六月透」と食い違う「少年殺人犯(わたし)」ともう一つ、「かつて汚された女性である自分」を容認することなのかもしれないと思った 思いました
彼女が女性性を嫌悪するのはおそらく(なけなしの)良心(あるいは常人をエミュレートしたもの)や常識(六月が自分の加害性を認知する以前のもの)によるものかもしれない とも思いました 常識の部分では、自己の持ちうるとんでもなさを理解している。理解しているからこそ「抑制しなければいけない」と思い至っており、それが自分の“女性性”に起因すると思った(あるいは思い込んだ)からそれを縛ることで真人間になろうとした、とも取れる気が…気がする!

===============【陳述おわり】

【その先に】
それを踏まえて、結婚式のあとの「佐々木上官を愛しているんだ」(うろおぼえ)のデカさが半端じゃねえなって思ってます 六月がその恋をいちど踏み躙られたうえで佐々木先生(金木くん)が好きだと割り切り、それを(ごく一方的で、一般的なそれからは大幅にずれるかもしれないが)「愛」と呼ぶに至る 「それは恋でしょう」から多くを経て「愛しているんだ」になる 本質的には恋のまま(最初に示した定義に準えるならば)だが、六月の中でそれは間違いなく愛になっちゃったんだねぇ、覚悟を経たことで

【加害性はたぶん天性】
さて、六月は残虐な暴力装置でもあります。好きな人を「どこにもいかないで」と言いながら滅多刺しにするとか、あとトーカちゃんの存在を全力でぶち壊すために親友の存在まで利用しようとするカジュアルなイカれ具合とか。これについては恋(=六月の場合はつまるところの独占欲)による嫉妬で狂ったという見方もできるし、一方で「このやり口が通常営業」という見方もできる。ほしいものを手に入れる為なら手段を一切選ばないのはサイコパス(病理として)の特徴でもあったはずなので……

【そして】
そして最終決戦、ご存知六月はクインクスの面々と戦うことになるんですね そのときに六月ははじめて欠落していた「家族」にふれる エヴァでもアスカが「ガキに必要なのは恋人ではなく母親」と言ってましたが、ほぼアレだと思います 家族は血縁に限らず、一緒にいたい人たちが寄り添うことではじめて「そうなる」もの(※筆者の思想)だと思うと、六月にとっての家族は最初からクインクスの彼らで、生まれた時に側にいなかっただけ、大人になってから出会っただけなんだと思います その「だけ」がどれほど重篤な苦痛を六月に齎したかは言うに及ばずという感じですが
六月はre本編後は地方に渡るんですよね 気まずいのかな せっかく家族になった人たちから離れてしまうのですが でもおそらく彼女に必要だったのは精神的な結束や味方で、それに巡り合ってしまったならあとは大丈夫だよ という表明でもあるのかな…とも思いました きっと青森からりんごを送ってくれることでしょう(ところでりんごといえば島崎藤村の「初恋」で語られますね 「薄紅の秋の実に人恋そめし初めなり」みたいな文言で締められた詩なんですけど さすがに文脈を幻視しすぎかも)

【六月大好き高速回転・おわりに】
やっぱ石田スイ先生って天才なんだと思います (金木くんとトーカちゃんの関係性という)恋愛をサブプロットで扱おうってときに、こんなに痛切なアンチテーゼを持ってくるの、並の所業ではない 

おれは六月透という舞台装置/キャラクター/人間が,とことん好きなんだと思います グロくて美しい(というように消費することすらグロいのかもしれない)欠陥であり病理であり「個性」であり性質であり。六月透は、等身大というには外れ値ですが、たしかに「恋」という命題をぶちぬいた一人の人間なんですね

最後に六月透の気配を見てしまった曲を置いておきます

「乙女解剖」/DECO*27
:「恥をしたい 痛いくらいが良いんだって知った あの夜みたいに」が、とても「「そう」」だなって

「ヴィラン」/てにをは
:同性愛と解釈できる歌詞なのでやや逸れますが、六月透はまちがいなくヴィランであり、そして「逸脱のサガをまたひた隠す」だし、何より性別について一筋縄ではいかないので 「造花も果ては実を結ぶ」がかなり「そう」

「あだぽしゃ」「うらぽしゃ」/いよわ
:セットで聞いてほしい 憎悪が強すぎる

「とても素敵な六月でした」/Eight
:「真昼の無彩色を不穏な色にして 本当に馬鹿なうそつき」「がなる現世の境界で おろかな貴方は泣いていた」 がかなりハイセ(金木くん)への感情だなって……

「夜警」/キタニタツヤ
:都会的な印象と諦念・退廃の歌詞、「夜」にフォーカスした印象がとても似合う

あと間桐桜(Fateシリーズ、特にHF)と近い系譜だから「I beg you」も合うなって思いました あまりにも桜ちゃんの曲だからここに出すのは控えようと思ったのですが、系譜が近いよ系譜が

余談なのですが、「ゲゲゲの謎」に登場する龍賀沙代さんは「I beg youしか歌えない性質」と言及されてるのを見て筆者はめちゃくちゃ納得したんですね たぶん六月もそう 「花の唄」と「春はゆく」は六月は歌えない 花の唄は純粋に思慕のタイプが違いすぎるし、春はゆくは……六月は恋が叶わないので…… でも「その日々は夢のように」は、それはそうだと思います


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