男=女が本物の平等か。
こんにちは、アメノチハレです。
最近近所でちょっとしたボヤ騒ぎがあったんですけど、つくづく日本の防災、防犯システムは凄いなぁって感心しました。
さて、最近問題の女性蔑視。
森会長の
女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる
という発言が発火元となり、国際的に燃え上がりましたね。
それに対する委員会の対応は、引責辞任という消火方法でした。
しかし、鎮火できる訳もなくまだまだ問題は引きずられています。
この問題で私が言いたいことは、
女性差別という逆差別が発生していないか
ということです。
委員会の男女比を1:1にすることが果たしてベストな選択肢なのか、ということです。
確かに、様々な価値観の下で会議を行うべきです。
しかしながら、例えの話になりますが、
20人の委員会を作る時、10人の男性と10人の女性で構成するのか、能力値の高い20人を選抜して委員会を構成するのかでは、著しく委員会全体の能力に差が出ます。
ここから先は、私が、女性の方が能力的に劣っている、と考えていない事を踏まえた上でお読みください。
話を続けます。(20人の委員会を構成する例え話)
能力順に上から並べた時、上位18人の男性をその後の2人の女性を採用した時、それは男女差別となるのか、
はたまた、男女で分けて上位10人を採用するのか、
この2つの採用方法だと委員会全体の能力は、前者の方が圧倒的に「委員会として優れている」ということが言えます。
前者の採用方法で委員会を構成すべきです。
ところがどうでしょう。
来年に迫った東京オリンピックの委員会は、後者の採用方法で委員会を構成しています。
この考えにたどり着いた時、私はこう思いました。
あぁ、森さんが言いたかったのは、
(本当は採用に値する男性よりも能力の劣る)
女性がたくさん入っている理事会は時間がかかる。
ということかもしれないと。
委員会の採用基準を能力ではなく、性別で選んでいる事を問題視しているのではないかと。
今の世の中は、能力不足の女性とその女性より僅かに優れている男性の差を女性が“差別”という言い訳で埋めているのではないかと思います。
差別が真実ならば問題化されて当たり前だと思いますが、言葉のあやを“差別”だと決めつけるのは違うのではないかと思います。
確かに、少し前の日本では、“男尊女卑”の世界でした。しかし、第二次世界大戦後、女性の活躍が認められ徐々に女性が活躍する場面が増えてきました。
これは素晴らしいことだと思います。
けれども、能力の優れている女性が活躍しているだけであって、男尊女卑の考えが無くなったから活躍したのではないと思います。
つまり、私が言いたいのは、
女性を優遇するのは違う。
能力の高い人を優遇するべきである。
ということです。
無知な青二才の意見ですが、最近の世論に少し持論があったので、思うがままを書いてみました。
自分自身は、男尊女卑の考えなど微塵も持ってなく、むしろもっともっと色々な価値観の下で様々なことが行われるべきだと思いますが、最近はだんだんと、女尊男卑になってしまっているのでは、と思います。
拙い日本語を最後まで読んでいただきありがとうございます。
普段は身の丈にあった事を書いていますので、是非チェックしてみてください。
では。あなたの明日がハレますように。