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だから、今はここから動かない。《2000字のドラマ》


 みなみは、綺麗な子だ。人混みの中でもすっと目を引くような美しさ。染めなくても栗色の髪。色白の肌。アーモンド型の、意志の強そうな瞳。背筋をぴっと伸ばして、颯爽と歩く。

 見た目だけが素敵な訳じゃない。頭も要領も良くて、友人が多くて、人望もある。魅力的な子。

 何故わたしが、友達である彼女のことを語る時に、視点を引いてしまうかといえば、彼女があまりにも主人公で、わたしが背景のようなものだからだ。

 出会いは高校の頃。同じクラスになった目立たないわたしのことを、彼女は何故か友達にした。未だにその理由は見つからないが、たくさんの時間を彼女と一緒に過ごし、思い出も多い。

 一緒に旅行に行った。家族や進路について相談に乗ってもらった。ファッションやメイクも彼女に教わった。挙げれば切りがない。

 わたしにとっての青春には、いつも中心にみなみがいる。そしてきっと、周囲の人から俯瞰したときには、彼女の青春の片隅に、わたしがいることになるのだろう。

 大学まで同じところに進学して、学科は違えど、一緒に過ごすことは多い。彼女がわたしを呼ぶ声はいつでも優しくて、わたしはそれを嬉しく思うと共に、どこかで卑屈な気持ちを抱えている。

・・・わたしがあなたよりも下の存在だから、優しくしてくれるんでしょう?

 でも、それでも良いと思ってしまう自分もいる。わたしにとって彼女は唯一だけど、彼女にとってわたしは、大勢の中の一人だ。それでも彼女の目に留まれるのであれば、理由なんて、どうだって。


***


 凛ちゃんという人は秋の午後を思わせる。柔らかくて暖かい日差しと、鮮やかさの中に寂しさを滲ませる紅葉。優しくて居心地の良い、そんな人だと。

 大学の授業で同じグループになったとき、初めは大人しそうな子だな、なんて思ったのに、いざグループ課題に取り組むというときには、手を抜いたり上手く逃げたりしようとするメンバーを上手く言い含め、方針を示し、分担し、まとめ上げた。しかも、誰も敵に回さない形で、さりげなく。

 僕自身もその一人で、ただ、他の人たちよりもよく彼女を見ていた分、彼女の気配りだとか、バランスの良さに気付いた。そしてそれは、彼女への興味に繋がった。

 その後、授業が被ることが多かったのをいいことに、顔見知りから友人の位置を得た。話してみるほど分かることがある。猫が好き。食べるのが好き。本が好き。映画が好き。そして、意外と自分の評価が低い。それについては、もったいないなと思う。

 会話のテンポが合う、というよりも彼女が合わせてくれていたのかもしれないが、一緒にいて心地良い人だった。人として、とても好きだなと思う。異性として、になるかはまだ分からない。そういうのって、どうやって線引きすれば良いんだろう?

 分からなくても、彼女の側は居心地が良くて、彼女はいつも僕を受け入れてくれる。近過ぎない距離が心地良く、時々もどかしい。大きく変えたくないのは、僕が状況に甘えているからか。それでも。


***


 アズマ ユキヒト。わたしは、あいつが大嫌いだ。分かったような顔をして、わたしの大切な人の隣に立っている。何にも知らないくせに!大嫌い、大嫌い!

 わたしがリンを見つけたのは、高校の頃。教室の隅で、一人で本を読んでいた。その姿がなんだかとても素敵で、わたしはすぐに目を引かれたのに、誰も彼女の素敵さに気付かない。だから、みんなが気付かない内に、素敵なモノを独り占めした。

 彼女の時間に食い込んで、彼女の中心に立って。その内に、彼女はわたしに心を開いてくれた。それが嬉しくて、なるべく彼女の目が他に向かないようにした。

 なのにアズマは、いつの間にかリンに近付いた。

 ある日リンから、最近仲がいい人がいるなんて話を聞いて、しかもそれが男だと知ったときには、背筋が凍った。

 男。彼氏だとか結婚だとか、正当な理由を付けてリンの一番側にいられる性別。いつか、わたしからリンを奪っていくかもしれない存在。

 そんなの、狡い。

 リンの話の中のアズマは、面白くて、優しくて、少し子供っぽくて、一緒にいて楽しい存在らしい。その話からは、リンからアズマへの好意だけでなく、アズマからリンへの好意も透けてくる。多分そのアズマとかいう奴は、リンが好きなんじゃないか。その考えは、わたしを酷く苛立たせた。

 別に、リンを相手に恋愛したいなんて思わない。恋愛するなら相手は男の子がいいし、現にわたしには彼氏もいるし。ただ、リンに彼氏ができるのは嫌だ。

 だって、リンはわたしのなのに。わたしが見つけて大切にしてきたトモダチなのに。

 こんな幼稚な独占欲を知られるわけにはいかない。だからわたしは、アズマなんていないように振る舞った。

 遠目にリンとアズマが一緒にいるのを見たことはある。すごく嫌だった。でも、わたしはアズマとは絶対に接触しない。その代わり、リンと一緒にいる時間を増やして、その間はわたしだけを見てもらう。

 いつまで続けられるか分からない。同じ大学に通うことにして引き伸ばした猶予は、いつまで保つんだろう。環境が変われば続くものじゃないって、わたしは気付いている。大学を卒業すればあるいは、それでも。


***


 だから、今はここから動かない。

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