浮ついた春の元カレ巡り
**浮ついた春の元カレ巡り**
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春はなぜか、人を浮つかせる。
花びらが舞うたびに、私の心は昔の恋にふわふわと飛んでいく。結婚して7年、夫との生活は安定しているけど、セックスレスになって2年目。
愛情はある、でも情熱はない。
そんな時、ふと元カレたちの顔が浮かんだ。
「元気かな、みんな…」
思い出したのは大学時代の彼、大手企業で勤めていた彼、そしてバンドマンだった彼。それぞれの恋愛には、それぞれの熱があった。今の私にはない熱。それが欲しくて、つい連絡を取ってしまった。
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**第一の元カレ:田中君(大学時代の先輩)**
「久しぶり、会いたいな」なんてメッセージを送ると、田中君からすぐに返事が来た。春の陽気に誘われて、私たちはフレンチのお店で再会した。田中君は昔から物静かなタイプで、髪も黒々としてたんだけど、今は…うん、全然違う。
「最近、ストレスでさ、少し髪が…」と田中君は気まずそうに頭をかきながら言った。そう、驚くほどに禿げていた。おでこがすっかり広くなって、なんだか可哀そうな気もしたけど、その時私はふと「見た目なんか関係ない」と、自分に言い聞かせた。
でも、油断をすると視線が自然と頭の方へ流れてしまう。見ないようにと我慢して、笑顔で彼の鼻のあたりを睨みつけていた。
「変わらないね、久美ちゃんは。」田中君の言葉に少しだけ胸が温かくなった。昔の優しい目で私を見つめてくれてる…
しかし、どうしてこんなに禿げるまで放置してしまったんだろう、という気持ちが会話の内容を勝る。目鼻立ちがこんなにもキリッと素敵なのに、AGA治療も流石にもう手遅れだ。そんなことばかり考えながら、上の空でフルコースを食べ終わった
今夜ホテルに誘われる可能性を考えて、黒いレースの下着を身につけていた自分がもはや恥ずかしい
名残惜しさもなく帰りの電車に揺られた
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**第二の元カレ:加藤さん(サラリーマン)**
次に会ったのは加藤さん。彼とはもう少し「大人の雰囲気」を期待していたが、待ち合わせ場所に現れた彼の姿は、どう見ても「仕事のストレスを抱えたおじさん」。ネクタイはよれよれ、ビール腹がぽっこりと主張している。あのスリムなスーツ姿はどこに行ったの…。
「最近、仕事が忙しくてね、運動不足なんだよ。」と、加藤さんはビールを一気に飲み干しながら言った。ああ、これが現実なんだな、と私はしみじみ思った。昔はこんなビール腹になる未来なんて想像もしてなかったけど、人生はそんなに甘くない。
「昔の俺たち、よくドライブしたよね?」と加藤さんが懐かしそうに言う。でも、あの頃のドライブデートの甘さは、今のビール腹に押し潰されて、もうどこにも残っていない気がした。
記憶は美化されたままでよかったのかもしれない。再会したことを少し後悔しながらも、これで終わるわけにはいかない。そんな思いがまたふわりと私を浮つかせた。
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**第三の元カレ:亮(バンドマン)**
最後は亮。彼だけは、昔と変わらない情熱を持っているんじゃないかと期待していた。ステージ上でギターをかき鳴らし、私を見つめながら歌っていた彼。再会した時、亮は今でもバンド活動を続けていた。でも、なんだかちょっと痛々しい感じだった。
「音楽は俺の全てだからさ。」と、昔と変わらないそのセリフ。でも、髪の毛にはすっかり白髪が混じり、顔には疲れがにじみ出ている。彼のバンドも今や地元のバーで細々と活動しているだけ。あの頃のカリスマ性はどこに消えたのか。
「会えてよかったよ、久美。」と言って微笑む亮に、私はどうしても昔のトキメキを感じられなかった。彼は変わらないままのに、私の価値観が変わってしまったんだろう。青春は、思い出の中に美しく残っているけれど、現実は…そう、現実はこんなものなのだ。
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春の風が吹き抜ける中、私は一人で帰り道を歩いていた。昔の恋人たちに会ったところで、心の中のモヤモヤは消えなかった。むしろ、私は自分が結婚生活にどれだけ満足していたかを痛感することになった。
「結局、夫が一番マシか…」
元カレたちは、青春の甘い記憶を残してくれたけれど、今の私にはその記憶を美化する必要はない。ただ、夫との生活がどれだけ安定しているかを、ありがたく思うだけだ。
家に帰ると、夫がテレビを見ながら「おかえり」と言った。平凡な一日、平凡な生活。けど、桜が散った今は、これで十分だと思えた。
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完