AI小説「絶滅前の乱行」
**第一章:平凡という牢獄**
雨上がりの午後、陽が差し込むリビングのテーブルには、冷めたコーヒーと夫が置いた雑誌が並んでいる。美咲(みさき)は窓際で洗濯物を畳みながら、ちらりと夫の背中を見た。彼はソファに沈み、テレビのニュースをぼんやり眺めている。その後ろ姿に、彼女は何度目かのため息をついた。
「私たち、いつからこんなになったんだろう。」
胸の奥にぽっかりと開いた穴。結婚15年目、子どもはいない。会話といえば天気か、夕飯の献立か、生活費の話くらいだ。夫・智彦(ともひこ)は無害すぎて、逆に美咲の心をかき乱すこともない。
そのとき、テレビの音量が一気に大きくなった。智彦がリモコンを握りしめている。
「速報です。小惑星『アトラス32』が3日後、地球に衝突するとの見解をNASAが発表しました――」
リビングの空気が凍りつく。美咲は畳みかけていたタオルを落とした。智彦の表情が硬直する中、美咲はただ、窓の外を見つめた。遠くに広がる青空は、あまりにも穏やかで非現実的だった。
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**第二章:崩壊の序曲**
「会社行くの?」
翌朝、美咲はスーツ姿の智彦に声をかけた。彼は淡々と頷き、ネクタイを締め直す。
「明日も明後日もあるか分からないのに、仕事なんて意味ないんじゃない?」
「それでも、やることをやらないと落ち着かない。」
智彦の言葉に、美咲は苛立ちを覚えた。彼の「普通」であろうとする姿勢が、この非常事態下でさえ自分を縛ってくるように感じる。
その日の夕方、美咲は家を出た。ふらりと入ったバーには、見知らぬ男女が入り乱れ、誰もが何かに取り憑かれたように声をあげている。
「3日後には死ぬんだから、どうでもいいよな。」
隣に座った男が、ウイスキーのグラスを片手に笑う。荒れた髪、無精髭。どこか野性的な魅力がある。
「本当に、どうでもいいと思うの?」
美咲は思わず聞いた。男は少し驚いた顔をしてから笑い直し、
「さあな。でも、せめて最後くらい本音で生きたくなるだろ。」
その夜、美咲は智彦に「遅くなる」とだけ伝え、見知らぬ男と歩き出した。月明かりが二人の影を重ね合わせる中、美咲の胸に奇妙な高揚感が生まれていた。
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**第三章:命の火花**
2日目の夜、男と共に過ごした美咲は、初めて自分が「生きている」と実感した。彼の名は蒼(そう)。かつて音楽を志していたが、挫折し、現在はその日暮らしをしているという。
「ねえ、美咲はなんで旦那と別れなかったの?」
「――多分、怖かったんだと思う。離婚したら、自分が一人で生きていけるか分からなくてさ。」
蒼は黙って、美咲の手を取った。その温もりに、彼女は涙が溢れそうになる。数日後の世界の終わりよりも、今の自分の存在価値を認められないことの方が怖い――そんな感覚だった。
だが、そんな夜を断ち切るかのように、翌日、智彦が電話をかけてきた。
「帰ってこい。今すぐ。」
その声は普段の淡々とした彼とは違い、切羽詰まった何かを感じさせた。
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**第四章:絶滅前の乱行**
家に戻ると、智彦は青ざめた顔でスマホを見ていた。
「美咲、このニュース……」
小惑星が衝突するという情報は誤報だった。NASAが修正声明を出し、地球に接近するものの、衝突の危険性はないと発表されたのだ。
喜びの感情が湧き上がるどころか、美咲は激しい喪失感を覚えた。蒼との短い時間、智彦からの解放感、それら全てが「非日常」の中でしか許されないものだったのだと知った。
夕食を囲むリビングは、再び元の平穏に戻った。テレビでは再放送のドラマが流れ、智彦は変わらぬ様子で食事を取っている。
美咲は静かに包丁を握りながら、ふと蒼の言葉を思い出した。
「せめて最後くらい、本音で生きたくなるだろ。」
そして、彼女は呟いた。
「もう、この檻には戻らない。」
美咲は包丁をそっと引き出しにしまい、何も持たずに家を出た。その足取りには、これまでにない力強さが宿っていた。