甘露と海砂糖#しろくま文芸部
「満月のつぎの朝いちばんに浜辺に行くとね!海砂糖が見つかるんだって」
教室に入るなり、こうたは勢いよく話しかけてきた。
「なんだそりゃ」
「昨日じいちゃんから聞いたんだ!昔食べたことあるって」
「ふーん。ウミザトウってどんなあじ?」
「それは聞いてないけど…嬉しそうだったからおいしいんじゃない?」
「ふうん」
こうたは反応の薄いぼくを置いて、別の子のところへ駆けていった。
「…今日満月じゃん」
7月の朝は早い。夜と朝のあいだの、暗くて少し明るい世界が好きだ。いつもの海岸へ向かう。母さんはまだ寝てるだろうし大丈夫だろう。砂浜へ続く階段をじゃりじゃり降りていく。
流木や干からびた海藻以外、特に目立つものは見あたらない。きらきらするのは空き缶、空き瓶くらいだ。
「なんもないじゃん」
こんなおとぎ話に少しでも期待した自分があほらしい。
もう帰ろう、と潮のかおりを深く吸い込んだとき、白い塊が波打ち際に見えた。女の子がいた。
俯いてしゃがんでいるから顔は見えない。近寄っていくと、泣いてるみたいだった。同い年くらいの白いワンピースを着た子。
「どうかしたの?」
「……ひとりになっちゃったの」
「そう、なんだ」
ぼくはその子の隣にしゃがんで、頭をぽん、とした。そして黙って、夜明け前の波が静かに揺れるのを見ていた。
母さんは、ぼくと二人で住んでいる古い家の台所で時々静かに泣いていた。
そんなとき、ぼくは隣に座って母さんの頭をぽんとする。そして横でもくもくと絵を描くことにしている。
「ありがとね。」
「…べつに」
「ただ隣にいてくれるだけで、十分なのよ。」
どんな理由があるのかもわからないし…。ただ黙って、落ちていた枝で足元の砂をさくさく掘りつづけた。
「ありがとう」
顔を上げると見知らぬその女の子は泣きながら笑っていた。
ぼくが何か言おうとした時、ひゅうっと涼しい風が吹いて、ざあ、と夕立みたいな雨が降ってきた。
「うわっ」
朝陽で輝き始めた雲のない青空から大粒の雨粒は一瞬のうちに降り注ぐと砂浜に音もなく吸い込まれていった。
「あれ?」
その子はもうどこにもいなかった。足跡は波に洗われて見えなくなった。
ふと右手の中をみると、空と海と涙が混ざったみたいな色をした、しかくい飴がころんとふたつ入っていた。
「あ。もしかして」
そおっと一つ口に入れてみると、甘くてしょっぱい不思議な味がした。
…そろそろ帰らないと母さんが心配する。
口の中でからからと味わいながら、右手をぎゅっと握りしめる。
海砂糖の味を、ぼくはずっと覚えていたいと思った。
初めて参加させていただきました。
ありがとうございました🐳✨