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日本に帰国して7ヶ月目に。明治神宮にご挨拶お参りしてきました。

お久しぶりです。今日本に帰国してもう7ヶ月目に突入しました。
あまりにも色々ありすぎて、何も書けなかった…。

先日3回目のコロナワクチン接種をきっかけに、ブログを再開しようと思い立ちました。

昨年早々にワクチン接種したのは、移動しやすいように、ただそれだけです。フランス政府にも世界にも反対する気持ちにもなれず、自由な行動を第一に優先させて、日本に帰る前に12歳と15歳になったばかりの子供達にもしっかりワクチン接種してから日本に帰ってきました。
日本帰国は2021年9月始め。日本では、ワクチンしていてもしていなくても全く関係なく、羽田空港到着後、4時間かけてPCR検査や書類などの提出があり、都内のアパホテルにバスで連れて行かれました。
3日間隔離され、15歳の息子とは別々の部屋でしたが、ビデオ電話出来たので問題なく、息子は初めての1人の生活に大満足していました。
1日3回の美味しいお弁当とテレビ、そしてネット環境がしっかりしていたので、帰国引越しの疲れをしっかり癒してくれました。
フランスから探した都内の2世帯住宅に、隔離後直接入居して、毎日管理局からビデオ電話がかかってきて、コントロールされていました。特に12歳の娘がちゃんと一緒に家にいるか、常に顔を見せなければならず、思春期の本人は嫌がって逃げていました…。

その新居への入居準備は、全てアパホテル中にインターネットでやり繰りして、弟の助けもあり、空港に車をアパホテルから出る前日に置いてくれて、自分で運転して入居。契約や鍵の事は、郵送で済ませました。日本で職がないので、契約者は継弟。全く自分の力はゼロの世界に…。

自宅隔離後、まず子供達の学校が始まりました。日本語は話せるけど、漢字をあまり書けないのと、これからどの方向に進むのか定かでない為、フランス系の学校に入学しました。ここは東京の中のフランス…。でもクラスメイトとは日本語でも話せるそうで、楽しく通学し始めて安心しました。

70km離れている母に週末は会いに行き、10月初めに母の引越し、そして、継父を地方の施設、ケアレジデンスから引き取るための準備をして、12月から寝たきりの継父と一緒に生活始めました。
ケアマネジャーさんが優秀で、ヘルパーさん達、看護師さん、訪問医師…とデイサービスを週2回、完全な介護の段取りでした。問題は、継父は、今寝たきりになって4年目だけど、資産があるので、介護費も医療費も3割負担で、その料金は想定以上高額だった事…。ケアレジデンスの方が安かったのです。援助している継弟に、「これ以上援護できないよ。」と当たり前だけど言われ、ケアマネジャーさんに費用を抑えてもらい、借金しながらここまで来ました。そんな中、家族でクリスマス🎄、年越し🎍、ひな祭り🎎など行事をしっかりこなしながら…。
(先日高額介護サービス費給付のお知らせが来て、少し援助を頂けることになりました。)

両親との生活を、一日一日後悔のないよう、大切に生きようと思っていましたが、やはり人間なのでケンカもするし、特に一番近くにいる介護している家族が悪者になってしまうのは仕方がないと思っていました。
そんなある日、継父の日記に「娘とは話したくない。女房とだけ一緒にいたい!デイサービスなど行きたくない!」など書かれていて、思わず吹き出してしまいました😭
継父は、母の事が好きすぎて、私にヤキモチを焼くので、ある程度2人を放っておく事にしました。そうする事によって、逆に私にも余裕ができました。
母に任せる事で、彼女の痴呆症も継父との二人三脚でどうにか克服しているようで、逆にしっかりしてきたのです。介護や干渉のしすぎは良くないと聞いていましたが、私は干渉しすぎていたのだと反省しました。

先日やっとフランスの自宅が売れたので、これから借金返し、日本で自分も仕事を探し、夏には自立できたら…と猛頑張り中です💪。

日本ではあまり関係ないと思っていたワクチン接種でしたが、 3月1日から世界的に全解禁。フランスからの帰国者は、2月末まで、オミクロン株発症以降、6日間の隔離だったけれども、3回目ワクチン接種者に対しては、隔離なしになると聞いて、すぐに登録して、ワクチンしてきました。
このご時世ですが、いつでもフランスに行けるように接種しました。
今回の副反応は、注射打った左手が痛く上がらないだけで、すぐ処方されたカロナール服用し、熱は出なかったけれども、2日間は安静にして、ついでに内観もしました。
コロナ禍からワクチン政策、そんな中、東京オリンピックと冬季北京オリンピックを経て、今は、ウクライナとロシアの戦争が始まりました…。
全ての飛行機がロシアの上を飛べなくなり、ヨーロッパまでの飛行時間がかなり延びたようです。

私は感情を揺さぶられるので、テレビを始めとするニュースの画像は極力視聴しないようにしています。
でも両親が見ていると思わず見てしまい、今の時代にあんなに市民を巻き込んで、建物を壊す必要性があるのだろうか…話し合いでどうにかならなかったのだろうか…などついつい考えてしまいます…。
ロシア人の同僚も、加害国の人間としてさぞかし大変だろうと思っていましたが、彼女は悟っていました…。元々家族でフランス国籍を取っていたけれど、いずれこういう事が起きるかもしれないと常に覚悟していた…と。息子にロシアでの兵役をさせたくなかったから、彼が生まれた時に、ロシア国籍を手放していたそうです。

フランスでも2015年のパリのテロ事件以来、常に主要な場所は機関銃持った軍隊が待機していて、決して平和な感じではないのですが…。

イスラム過激派のテロ→コロナ→インフレとウクライナとロシアの戦争の流れって、第一次世界大戦(1914年-1918年)→スペイン風邪(1918年-1920年)→世界恐慌 (1929年-1933年)→第二次世界大戦(1939年-1945年)の過去の歴史をなぞっているようで、やはり心配です。
私が日本に戻る決心と勇気を持てたのは、何と言ってもコロナ禍中のあるzoom授業で知り合った、結翔さんのお陰でした。お金が回らないのに、必要なお金は必ず与えられる…。だから、借金しながらも勉強し続け、このような時代に躊躇わずに行動出来たのです。
結翔さん曰く、自分の見ている世の中は、全て自分が信じた世界…。全て自分の責任下にあると言われています。
そうしたら、今の私が出来ることは何か…やはりどのような状況でも家族と共に楽しく幸せに、自分らしく暮らす事…これが今の私の課題と思いながら…。

1日でも早く皆が安心して暮らせる世の中になりますように、3月3日、ひな祭りで魚座の新月の日に、明治神宮でお参りしてきました🙏✨
地球🌏、宇宙の平和を心から祈りながら✨✨✨

メンター結翔さんのブログとKindle本の紹介です。

ミラクルゆいか✨ソウルカウンセラー✨
https://note.com/mirakuruyuika

⬇️感銘を受けた師匠の本。講座「覚り人」を受けるキッカケとなった本です。
義娘や、仏教徒のお手伝いさんが、是非フランス語に訳してくれと頼まれていたこともあり、講座「覚り人」を受け、正に人生が変わっている最中です。


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