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僕は世界を書き換える【やくしまるえつこ】
僕の存在証明/やくしまるえつこメトロオーケストラ
2011年に放送開始となったアニメ【輪るピングドラム】
10周年を迎えた昨年、劇場版製作を応援するクラウドファンディングが企画され、開始わずか150秒で目標額の1000万円を達成した、という驚異的な記録を叩き出した作品なのだ。
そしてこれは10年というブランクを感じさせないほど根強いファンがいる、ということが証明された話題でもある。
かくいう私も、10年来の根強いファンの1人だ。
(様々な魅力が詰まっている先鋭的作品【輪るピングドラム】について語り出すと止まらないので作品については割愛する…)
現在上映中の【劇場版 輪るピングドラム RE:cycle of the PENGUINDRUM】では、アニメ版と同じく、やくしまるえつこメトロオーケストラが主題歌を務めることとなった。
主題歌は作品を音で彩るものである。
その作品にまだ触れていない人も手軽に聴くことができるため、
主題歌というのはある意味作品の入り口、大きなゲートのような役割を担っていると思っている。
そして、作品に触れた人は、もう一度そのゲートを通って作品世界から現実へと帰還する。
再生ボタン一つで、いつでもどこでもその作品世界に没入できるのが主題歌の力だ。
アニメ版主題歌の『ノルニル』『少年よ我に帰れ』を聞いた時、
【輪るピングドラム】という作品の主題歌に適任なアーティストは、やくしまるえつこの他にいないのでないか、と思うほど、彼女の歌声、曲の世界観が、アニメの世界観に見事にマッチしていた。
それだけに、映画主題歌がアニメ版に続き"やくしまるえつこメトロオーケストラ"が担当する、と発表があった時は思わずガッツポーズをしたくらいだ。
彼女の歌声が創り上げる世界観ももちろん魅力として挙げられるが、【輪るピングドラム】の主題歌では、”やくしまるえつこメトロオーケストラ”名義となっており、楽器のメロディもその独創的な世界観を構築する大きな要因であり魅力なのだ。
透明で芯のあるやくしまるえつこの歌声に、金管楽器、木管楽器、ストリングスなど色とりどりの音が鳴り響く様は、一つの舞台を見ているような感覚にすら陥る。
劇場版後編主題歌となる『僕の存在証明』でも、やくしまるえつこメトロオーケストラの実力をありありと見せつけられた。
アニメではなく、映画主題歌であるということ。
しかも10年間待っていたファンがいる、待望の劇場版である、ということ。
壮大さと華々しさ、そして幕が一気に開くような曲展開は、
観客の期待に満ちたワクワク感を代弁してくれているかのような印象を受けた。
先に挙げた通り、やくしまるえつこの魅力は何と言っても世界観を創り上げる透明感のある歌声だ。
透明な歌声を持つ不透明な実態である不思議な存在、といってもいい。
芯があるのに地に足をつけていないような浮遊感があり、本当にここに存在しているのか?と思うほどの実態のなさを感じる。
そしてその存在を証明するための光が、色鮮やかなオーケストラの音だ。
この楽曲は、まさに舞台の上で繰り広げられる物語。
実態がわからないけれど確かにいる確実な存在が、そこに在ることを証明するために照らされるステージライト。
明るい光を受けて足元に影が出てきて初めて、その声が実態あるものだと証明される。
メロディがあるからスポットライトを浴びる歌声。
声があるからその場を照らすことのできるメロディ。
互いが互いの存在を証明するかのような、
歌声とメロディの相互作用がとにかく心地良い。
そして、【輪るピングドラム】ファンとしては、場面を呼び起こしてしまう言葉選びにも心惹かれてしまう。
僕はあの列車に乗る
何度業火に灼かれても
灰になろうとも
罪咎を荷のう人の子らに
赦しはあらんや
僕は世界を書き換える
透明、列車、業火、十字架、灰、罪咎、人の子ら、灯火、
世界を書き換える…
作品を知っている人ならば、痛いほどに刺さる言葉の数々である。
映画公開日の0時に『僕の存在証明』が配信リリースとなったのだが、公開日直前にアニメ全24話を見返した私は、この曲を聴いただけで涙が出そうになったほどだ……
10年前に私たちの元に届いた運命の子らの物語。
あれから10年経った今、この音楽とともに10年前の物語の側面を私たちは見届けることになる。
彼らの存在を証明するものは一体何なのか。
この楽曲はあの物語をどう彩ってくれるのか。
そして、後編が公開され物語が結末を迎え、この楽曲を聴いた時、
果たして私は何を思うのか。
スポットライトに照らされる舞台を見つめながら、
目の前の透明な世界に思いを馳せる。
10年の時を越え、私は終点へと続くゲートを何度も行き来する。
物語が終点へとたどり着くその日まで。
きいろ。
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