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人工生命・人工知能の研究者、ラナ・シナパヤ博士へのインタビュー

フランス国立応用科学院(INSA)リヨン校を卒業したラナ・シナパヤ博士は、ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)の研究員です。シナパヤ博士はとりわけニューラルネットワーク(脳の神経回路網)を用いた錯視を研究し、生命が存在可能な惑星を予測するアルゴリズムの構築を行っています。

学歴と職歴をおおまかに教えていただけますか?
 私はエンジニアになるために2007年、INSAリヨン校に進学しましたが、すぐに自分の研究への関心と日本への情熱に気づきました。2009年には日本で1カ月間のインターンシップを行う幸運に恵まれました。とても有意義な滞在となり、その後2012年まで毎年、日本に戻ってくることになりました。2012年には東京近郊で1年間働き、そして東北地方で修士課程に進みました。

 日本の東北大学に留学するために、当時の先生方の協力を得て、自分に適した人工知能(AI)の研究室を探しました。その研究室が私を受け入れてくれることになり、2015年に情報科学のエンジニア学位(INSA)と人工知能学の修士号(東北大学)の日仏ダブルディグリープログラム協定が結ばれることになりました。

 従来の人工知能研究とは異なるものを知りたいと思い、東京大学の人工生命(Alife)の研究室に入り、博士号を取得しました。現在は、私も創設メンバーの1人であるSony CSLの京都研究室で研究員として働いています。

 仕事面でのフランスとのつながりは多くありませんが、INSAリヨン校とのコンタクトは取り続けており、同校はマルティニーク島に新キャンパスを開校します。私はマルティニーク出身の卒業生としてこの開校にかかわっており、INSAと現地当局とのやり取りを補佐しています。新キャンパスが開校されたら、交換留学生を受け入れ、自分の研究テーマに関する講義をしたいと思っています。

人工生命とは ? : 学術分野としての人工生命が正式に誕生したのは、アメリカ人研究者のクリストファー・ラングトンが1987年にこのテーマに関する最初の会議を開催したときです。ラングトンは「人工生命」という用語を生み出し、「自然の生命系に特有の振る舞いを示す人工的なシステムについての研究」と定義しました。とはいえ、この思想は1980年代より以前から存在します。生命とは、例えばソフトウェアのように人工的な環境で再現できるプロセスであるという考えは、少なくともユダヤの伝承に登場する命を吹き込まれた泥人形のゴーレムと同じくらい古いものです。人工的な環境内で生体機能を再現しようと試みた人々の資料に基づいた例がいくつかあります。例えばフランス人エンジニアのジャック・ド・ヴォーカンソンが1739年に製作した「消化するアヒル」です。これは食物を消化し、あらかじめ内部に格納した糞を排泄できるアヒル型の機械です。このテーマに関するシナパヤ博士の記事(英語)はこちら 
この科学分野の潜在的な応用例は数多くあります。生物の特定の特徴を技術機器に組み込むこともその例の一つで、例えば傷口が治癒するように、自然に修復される携帯電話の画面を発明することも可能です。この分野の一部の研究者は、生命の起源やその形の多様性の理由にも強い関心を寄せています。コンピュータ上やロボットを使って生命のシミュレーションを試みる研究者もいます。将来が期待される分野でありながら、その研究はまだ始まったばかりです。現時点で、スーパーコンピュータの性能をもってしても、単一細胞をシミュレートすることはまだ不可能なのです。人工生命は特に日本において発展している分野であり、とりわけ2021年に行われた第1回人工生命研究会の実行委員長を務めた池上高志先生のおかげです。

主要な研究テーマについて教えていただけますか?
 私の研究は人工知能と人工生命が中心です。認知度の低い研究領域ですが、合成技術(情報科学だけでなく、化学、物理、数学、生物学など)を用いて生物の基本的な特徴を定義しようとする学問です。

 私の最近の研究プロジェクトは予測、知覚、生命の関係を明らかにすることを目的としています。頭に思い浮かんだのは最近の2つのプロジェクトです。一つめは錯視を生成するアルゴリズムの開発です。錯視は関心の高いテーマです。というのも、私たちが実際に世界をどのように知覚しているか、つまりいかにバイアスをかけて不完全な情報に基づき知覚しているかを知ることができるからです。最近まで、人工のニューラルネットワークは錯視を検出することができないと考えられていましたが、日常生活の自然な動画の予測モデルを学習させた人工知能が、思いがけず錯視を知覚するようになることを2018年に私の研究仲間が発見しました。それを意図して学習させたわけではありませんでした。私はこの人工知能を利用し、人間も知覚できる新たな錯視の再現も可能であることを立証しました。これは錯視によってだまされるという人間の特質を十分に証明するもので、錯視は私たちを取り巻く視覚世界を予測する人間の高度な能力が引き起こしています。

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シナパヤ博士のアルゴリズムで生成した錯視の例
 二つめは、アメリカ航空宇宙局(NASA)とカリフォルニア工科大学(Caltech) との共同研究プロジェクトで、ほかの惑星における生命体の兆候を検出することを目的としています。ある惑星の時系列データの予測可能性が、生命体のない惑星と、潜在的に生命が存在可能な惑星を識別できるようになるかを知ろうとしています。

 研究結果は期待できるもので、例えば生命体のない木星は地球よりも予測可能性が高いことが分かりました。さらに、地球のデータの予測が難しいのは、エコシステム(生態系)がより豊かだからだと考えられます。こうしたデータを得るために、地球からの遠距離を想定して単独ピクセルまで解像度を下げ、まずは地球のデータ(人工衛星による撮影映像)を分析しました。次にこのデータを利用して、推定可能な地球の異なるモデルを立てました。砂漠だけの地球、完全に水で覆われた地球などです。同じ方法を木星に応用したところ、木星が地球よりも単純であることが分かり、この研究のアプローチの有効性が確認されました。

 この種の研究によって、宇宙における生命体の存在、それを検出する私たちの能力、そして人類と同時期に潜在的に存在しえる生命体について疑問を抱くようになりました。もちろん、ほかの惑星に生命体を見つけたいという思いはありますが、私たちが想像するような生命体ではないと思います。だからこそ私が行っているような理論的アプローチが現在盛んなのです。それ以外の唯一の方法は、惑星へDNAを採取しに行くことですが、必ずしもほかの惑星の生命体が生きるためにDNAを必要としているわけではありません。

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ソニーCSLでの研究活動とは別に、このテーマの研究を行う研究者を結集する国際人工生命学会(ISAL)の会員でもあります。私は共同体全体にも影響を及ぼす決定を行う事務局、倫理・公平・多様性委員会の委員も務めています。委員会の目的はイニシアティブや規制を通して、学会が実社会におけるアイデンティティの多様性を反映させること、いかなるアイデンティティであっても、共同体の現会員が温かく迎えられていると感じ、自らの声を伝えられるようにすることです。多様性に関するテーマは特に人工生命の共同体において意欲的に扱われていると思います。私たちは数学、生物学、情報科学、哲学など多岐にわたる多くの研究テーマを集約しており、私が知る限りで最も多様な科学界の一つです。一方で、社会あるいはアルゴリズムにおける多様性そのものに関する研究も多くあります。この研究分野の目的のひとつは、豊富で複合的なシミュレーションを獲得することにあるので、まさに多様性のメリットに気づかされます。

なぜこうした研究テーマに専念されているのでしょうか? 何によって導かれましたか?
 私は人工生命の研究における本質的で哲学的な側面が気に入っています。この研究テーマにおける問いは、一見単純明快に感じられます。小石と鳥は何が違うのか?コンピュータ上で細菌のシミュレーションができるのか?どうやって試験官の中で生命の起源を再現するか?一方で、非常に奥深いテーマでもあるのです。地球上や宇宙における生命の進化に限界はあるのか?生物の特性を物に与えることができるのか?

 私は精神の自由と学際が必要とされる、極めて幅広い研究分野に携わる幸運に恵まれているのです。

 私が最も影響を受けたのは、博士課程で所属した研究室の池上高志教授、チンパンジーとボノボの研究を行う動物行動学者のフランス・ドゥ・ヴァール教授、そして全5巻の料理科学に関する事典の著者、ネイサン・マイアーボールド氏です。

 私は従来の人工知能研究から距離を置きたいと思い、インターンシップのための研究室を探し始めたときに池上教授と出会いました。初めての接触から、私が働きかけたほかの研究者とはまったく異なっていました。最初に驚かされたことは、所属する学生の専門分野の多様性でした。哲学者、人類学者、生物学者、数学者、情報科学者が難なく意思疎通を図り、極めて独創的な見解に達していました。あとになって、従来の研究室と比べ、自分たちに与えられていた自由にも気づきました。私たちの研究室では、研究指導教授に強制されることなく、各学生は自身の直感に従い、研究プロジェクトを選ぶことができていました。混沌とした雰囲気に感じられるかもしれませんが、私にとっては非常に着想を得られる雰囲気だったのです。

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同様の道に進みたいと思う若い人たちに対して、どんなメッセージを伝えたいですか?
 目標を到達する方法は一つではありません。仕事において満足感を与えてくれる目標も一つではありません。私の経歴は特殊で意外性に富んでいますが、この意外性こそが私の経歴を唯一無二のものにし、幅広い知識の習得に導いてくれたのです。そのおかげで私は型にはまらない物の見方で研究に取り組んでいます。

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