網膜疾患分野の研究者、眼科臨床医の高橋政代さんへのインタビュー
高橋政代さんは網膜の再生医療分野で国内外から認められた著名な科学者です。世界で初めてヒトES細胞から神経網膜を分化誘導することに成功した研究チームの一員であり、2014年にはiPS細胞から作った網膜の細胞を患者に移植する世界初の臨床研究の手術を実施しました。
高橋さんは、とりわけ日仏科学セミナーを通して、長年にわたってパリの視覚研究所と強いつながりを維持しながら、この分野における日仏科学協力の発展に貢献しています。こうした積極的な取り組みが認められ、今年6月に国家功労勲章シュヴァリエに叙されました。
高橋さんの学歴と職歴を特徴づけるものを教えていただけますか?
私は自分の経歴を異なる「バージョン」で語るのが好きです。「高橋1.0」は京都大学出身の眼科学専門の医師であり、網膜疾患分野の研究者です。「高橋2.0」は、夫に同行してアメリカに渡り、1995年にサンディエゴのソーク研究所で博士研究員としてのキャリアをスタートしたときに生まれました。そこで私は神経幹細胞の存在を知り、世界で最初に幹細胞の網膜移植研究を行ったのです。網膜が再生するとは多くの人が信じていませんでしたが、それでも私は自分の研究の方向を、網膜再生を目的とした幹細胞の利用に定めました。
日本に帰国後、しばらくの間「高橋3.0」は京都大学で臨床医として勤務しつつ、小さな研究室を持ちましたが、5年後に理化学研究所(理研) 多細胞システム形成研究センターに入所することを決め、iPS細胞技術を用いた加齢黄斑変性症の治療の実用化の研究を続けました。理研が日本有数の基礎研究の拠点として知られているにもかかわらず、誰もが私の選択に驚いていました。大学で恵まれた地位を持つ眼科医が基礎研究の道に進むのは珍しいことです。でも私には自分の患者さんのニーズに応えられるよう、網膜疾患の治療に関する研究を進める必要があったのです。一方で、眼科医としての仕事も並行して続けたのは、患者さんのニーズが私の研究活動を支えているからです。そのとき私は「高橋4.0」になりました。
そしてついに神戸アイセンターを創設しました。とりわけこのセンターには目の不自由な方やそのご家族が利用できる無料のコミュニティ施設「Vision Park(ビジョンパーク)」が入っており、目の不自由な方の社会への適応支援をめざしています。この空間は、日常生活におけるあらゆる諸問題に関して個別のニーズに応じた支援を提供するとともに、それぞれに合ったスポーツ、文化、教育活動を行えるよう医療と福祉の橋渡しを行っています。2019年には神戸アイセンターに併設した治療を開発する会社の社長となり、最終バージョン「高橋5.0」へと移行しています。
端的に言えば、私は頭の中に、自分の患者さんへの治療法の開発に有利な環境を生かしたいという一つの目的を持って、常にキャリアの選択をしてきました。
「私の活力は、研究と臨床活動の融合からきています」
高橋さんの学術活動において、とりわけフランスとの国際協力が担う役割とは何でしょうか?
私の研究分野において国際協力は非常に重要です。私はアメリカに渡ったことで、幹細胞のまったく新しい技術を日本に持ち込み、加齢黄斑変性症の治療法を開発することができました。この分野の研究者は誰もが知り合いで、絶えず情報交換をすることで研究が進んでいくのです。
私はこのようにして、患者のニーズに応える研究という神戸アイセンターと共通のビジョンを持つパリの視覚研究所と長年にわたって協力しています。合同科学セミナーや情報交換を通して、私たちは互いに多くを学んでいます。視覚研究所、そして私が定期的に連絡を取り合っているサエル教授の研究は、特に神戸アイセンターの創設へと私を導いてくれました。
視覚研究所と神戸アイセンターの協力: パリの視覚研究所と神戸アイセンターは、長年にわたって網膜再生医療における協力をしています。在日フランス大使館は2014年から、このハイレベルな両機関の研究者同士のつながりの強化を目的とする日仏科学セミナーを支援しています。高橋政代さんはこの協力の発展に著しく貢献するとともに、フランス国立キャンズ・ヴァン眼科病院のフランス人研究チームによる活動、とりわけジョゼ=アラン・サエル教授の研究に特別な関心を寄せています。
網膜疾患分野における課題と展望について教えていただけますか?
IPS細胞を使った治療法が開発されたのはまだごく最近のことです。非常に安定し長年にわたって普及している低分子を成分とした薬物療法とは異なり、細胞を使った治療法は移植後の効果を予測するのがはるかに難しいのです。こうした医療的な困難はまだ各方面で理解を得ておらず、網膜疾患の治療は、薬物療法でも細胞療法でも、製造の諸問題に対処するだけと考えられている傾向があります。
そのため、細胞療法に関する国内におけるガイドラインやルールを作成していくことの重要性を関連組織に伝えることは極めて重要であり、私たちは日本再生医療学会でその問題に取り組んでいます。改善の方向に向けて、長年にわたり協力している厚生労働省が、私たちの意見を聞いてくれるのは幸運なことです。
「不可能だとは思わないでください。[…]研究とは素晴らしい分野であり、驚きに満ちているからです」
研究の道に進みたいと思う若い人たちに対してどんなメッセージを伝えたいですか?
私が一番伝えたいのは海外へ渡ることです。最近は日本の若手研究者の海外渡航に対する関心の低さを感じ、非常に残念に思います。私が若い頃は誰もが他国を知りたい、研究滞在をしたいと思ったものです。
最後に伝えたいのは、自身の目標を達成不可能だとは思わないでほしいということです。信じることで目標の大部分は達成できます。私は研究を始めたとき、8割の人に、幹細胞を用いた網膜疾患の治療法開発などできないと言われましたが、研究とは素晴らしい分野であり、驚きに満ちているのです。