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賢くなるより、やさしくなる

中学生のとき、いじめを受けたことがある。

暴力的なものではなく、女の子によくある陰湿的なものだ。

無視や陰口、身に覚えのない噂、友達が去っていく孤独。なかなか辛い経験だった。「学校に行きたくない」と母に泣いてすがったこともある。

なぜあの時、いじめを受けなければならなかったのか。わたしは人をいじめたことがなかったし、派手な学生でもなかった。悪いことをしていないのに、なぜいじめられなければならないのか。

なんのことはない。いじめやすかったからだ。標的にされた子は、おとなしくてやさしい子が多かった。

今のわたしなら堂々と相手に抗議することができるし、逃げることもできる。しかし制服に押し込められた10代の自我では、涙をためて耐えることしかできなかった。

「なぜ、やさしい人が傷つかねばならないのか?」

この問いを反芻して、いまだに記憶をなぐさめることができないでいた。

だからかもしれない。ライターの仕事では、教育の場へのインタビュー取材に身構えてしまう。

あるとき、インターナショナルスクールの学園長にインタビューする機会があり、印象的なエピソードを伺った。Amazon創始者ジェフ・ペゾス氏のスピーチの一幕だ。

エピソードの内容はこうである。
幼少期の彼は、タバコを吸う祖母に対して自信満々に言った。

「おばあちゃん!たばこを一口吸うごとに2分寿命が縮まるんだ!つまりおばあちゃんの寿命は9年も縮まっていることになるんだよ!」

自分の賢さと計算のスキルを褒めてもらえると思ったそうだ。しかし、祖母はわっと泣き出してしまった。そのあと祖父からこのようにこう諭される。

「ジェフ、いつかわかる日が来ると思うが、賢くなるよりもやさしくなるほうがはるかに難しいことなのだよ」

インタビュー取材のあと、ペゾス氏の祖父の言葉が頭から離れなかった。

相手を言い負かすことで得るものはなんだろうか。優越感、支配欲、自己顕示欲は満たされるだろう。しかし、その行為で大切なものを失ってはいまいか。

いじめる側は大切な何かをなくし、いじめられる側は大切な何かを手に入れる。

そんなことを思った。

いじめを受けたわたしは「人をいじめない」と心に決めていた。その考えが人にやさしさを届けるきっかけになったようにも思う。

「なぜ、やさしい人が傷つかねばならないのか?」

その答えを見つけたわけではないけれど、いじめを受けた経験で、人間味が増したのでは……と、今は思う。

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池田 アユリ@インタビューライター
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