【1000文字小説】序章「わたしたちの家」
青空の広がる5月、家がショベルカーによって壊された。
その様は、進撃の巨人が街を荒らす光景と似ていた。壁も、窓も、勢いよく吹き飛んで、砂ぼこりがむわっと広がる。
わたし。美由紀。ユリカ。そして、リナ。わたしたち4人姉妹は、家が破壊されていく姿をぼんやりと見つめた。
家の取り壊しが決まったのは、去年の夏だった。愛知県の隅っこの町、長久手市で大規模な区画整理が行われ、家はドンピシャで当たってしまった。大きい道路を作るために、この家は邪魔なんだそうだ。
「まだ10年も住んでないのに……」
母のため息はもう聞き飽きるほど聞いた。父と母は立ち退きについて抵抗したが、区画事業者からは「国で決められたことですから」と取り付く島はなかったらしい。
家族の中で、家に一番愛情を注いでいたのは母だった。庭のお手入れもかかさなかったし、今は亡き愛犬と過ごした庭がなくなることに胸を痛めていた。
だからかもしれない。母は「壊されていく家を見たくない」と言って、気づいたら父とどこかへ行ってしまった。
その結果、残された4人の娘たちは、家が廃墟となる姿を見届けることになる。
沈黙をやぶったのは、三女のユリカだ。
「なんか、おもちゃみたいじゃない?」
次女の美由紀がこれにつづく。
「言えてる。家って簡単に壊れるんだね」
四女のリナがわたしの肩を掴んで言う。
「ねぇ!あゆネェが好きだったお風呂場、壊されてくよ!」
大げさな声をあげたリナは、23歳。服飾専門学校を卒業して、4月から新・社会人、アパレル会社の専属デザイナーだ。小柄なわたしたちの中で唯一の高身長。とはいえど158センチなのだが。頭が良く、何かと要領がいいもんだから、親戚のおじさんおばさんの人気ナンバーワンだ。素直でかわいい末っ子だが、ちょっと変わったところがある。
たとえば、彼女が作る服は少々、というか、かなりキテレツだった。チェック柄のスカーフを何枚もつぎはぎしてスカートに変えた。「え、ほんとにそれ着るの?」と聞くと、「着たらめちゃかっこいいんだから」とニヤリと笑った。「ほら」とスカートを履いてくるりと回るリナ。「ほんとだね」と返した。わたしはたぶん着れないけど。
ふと気になっていたことを思い出し、私は美由紀を見つめた。
「ねぇ、美由紀ちゃんはこれからどこに住むの?」
4人の中で唯一実家暮らしだった次女、美由紀は28歳。不動産会社の営業をしている。
「あれ、言ってなかったっけ。会社の近くでやっすいマンション借りて、もう同棲中よん」
「美由ネェ、同棲って、ネコでしょ?」とユリカ。
「そう。マイ・ダーリン、ネコの風太くんと!」と、美由紀は誇らしげに言う。
(……その溺愛っぷりが、婚期逃してるんだよねぇ……。)
3人は同じことを考えたが、口には出さない。美由紀を怒らせるとやっかいだから。触らぬ神に祟りなしだ。
原型がわからないほど破壊された家を見守る。ぽかんと広がった青空を見上げながら、「もう、帰る場所はないのだな」と感じる。
4人は、同じ空を見ていた。
(記:池田あゆ里)
こちらは「1000文字エッセイ集」に掲載中です。