【小説】第一話 おっさんえんでんべぇで再生か?
1.始まりはいつも唐突
男はカーテンが閉め切った薄暗い部屋の中で畳の上に古びた布団に敷き、それに包まってくの字になって寝ている。うーんうーんと小さいが唸り何を言っているかは聞き取れないが、何やら寝言もポツリポツリ。
「ちょっ、足の踏み場もないんですけど!!っていうかクサ!!」
「んー...男の一人暮らしの部屋なんて、こんなもんじゃない?」
「はぁ〜?なら、あなたの部屋もそうなんですか?」
「そんな馬鹿な。僕は、きっちりした性格なので、部屋は綺麗ですよ」
男が寝ている部屋に、遠慮なく入ってくるマスクをした二人組。
一人は一五〇センチくらいの小柄で、子綺麗な身なりをした、一見中学生かと思うほど若い少し目が吊り上がった女性。
もう一人は一七〇センチはゆうに越える高身長で、その割にひょろりとした体型で目が垂れた優男。
「ていうか...まだ寝てるし...」
女性は呆れ顔で腕を組み、真下で寝ている男を見下ろす。
「色々あったみたいだし...酒瓶とかビール缶とか...ワインの瓶まで...そこら中に転がってるから、酔いが覚めないのか...だいぶお酒くさいし...疲れて爆睡中なのかも?」
男性も女性の隣に立って、腕を組むと少し顔を近づけて男を見下ろしている。
「酒と疲れは、関係ないでしょう」
「疲れたから、呑むってことはあるでしょ?」
二人は顔を向き合わせるとお互い何を思っているかは分からないままに無言のまま無表情で見つめあい、数秒後にまた男を見下ろす。
「...兎に角、埒が開かないから起こそう。揺すって起こして」
ちらっと男性に視線を向けてから、女性はまた視線を男に移す。
「え?僕が?」
男性は少し驚いた顔をして、聞き返す。
「...だって、すごい臭そうだし」
女性は目を細め、少し嫌そうな顔をする。
「...それは...仕方ないな...」
男性は女性のその顔を見ると、やれやれと言った感じで男の頭上にしゃがむと肩をポンポンと軽く叩く。それでも男はうーん、うーんとうなされたまま起きる気配がない。
男性ははぁと小さくため息を付くと、少し大きめにゆさゆさと肩を揺さぶり始めた。
「もーし、もーし?」
「う...う...そんな...頼む...」
男性が揺すり掛け声を掛けても、男は苦しそう顔をするだけで寝言を呟くが、起きる気配が全くない。
男性が揺するのを一旦やめて、女性に顔を向けると無言で見つめる。女性ははぁっと少し深めにため息を付いて、男性の隣にしゃがみ込むと両手で膝を抱えて躊躇しながらも顔を男の頭上に少し寄せる。
「...ん...うん...おじさん、おじさん」
一瞬迷った後、ボソボソと男の頭に向けて呼び掛ける。
「......う...ん...ま、待ってくれ、俺は、俺はぁぁああ!!!」
男はシーンと一瞬静かになってからうなされ、ボソボソ言っていたのがだんだん声が張ってきて、最後は叫んで上体をガバッと勢いよく起こす。
ガン!!!
勢いよく男が起き上がったものだから男性の顔に運悪くヒットして、男二人して両手で顔を押さえ反対方向の畳の上でうつ伏せて
ると痛みに悶えて小さな呻き声を挙げている。
女性だけは予測していたかのように、ひょいっと上半身を後ろに引いていたので無傷。
膝の上で左肘を立てて頬杖しながら、大の大人がもがいているのを無関係そうに無表情でボーッと見ている。
「...いて...いてててて...何?なんなん?」
男の方が頭のてっぺんを左手で押さえながら先にズルズルとゾンビみたいに起き上がって、はぁーっと大きくため息付きながら胡座をかきドカっと座ると背中を丸くして目を細め、見ずらそうに突然に部屋に上がり込んでいる二人を見つめている。
「...ん?...あ?お前達...ん?」
男は状況が把握できずに眉間に皺をグググと寄せてから、近くの畳を手探りして何かを掴むと引き摺りながらそれを目に前まで持ってきて耳に掛ける。
黒縁の縁が丸みのあるスクエアのダサい眼鏡をした男はやっと視界がクリアになったかのように思ったが、レンズが汚れ部屋が薄暗いために見ずらそうで、足を崩してぐしゃぐしゃになった敷布団に右手をついて上体を前に出すと眼鏡をずらしてジーッと女性を見つめる。
「え!え!香予(かよ)ちゃん!え!ちゅ、中学生になったの?!?!」
「誰が、中学生か!」
バコ
女性は男の頭を遠慮なく、握り拳で殴り付ける。
「いたぁ!!!」
男は殴られた場所を両手で押さえながら、また敷布団に仰向けになって転がる。その顔は殴られて痛いと叫ぶ割には、どこかにやけているような気もしないでもない。
「げ、気持ち悪!どMか!ロリコンか!」
本当に嫌な顔をした女性は、吐き捨るように男を罵倒する。
「お、俺は、どMじゃないし、ろ、ろりこん...あっ!」
ロリコンという言葉を口にする時に少し迷いがあった男は、それを払拭するよう大きな声を挙げ、ガバッと急に立ち上がると電気の紐を少し乱暴に引っ張って部屋の明かりを付ける。
「やっぱり...七香(ななか)じゃないか!ど、どうしてここにいるんだ?」
意識がそこではっきりしたようで、男は実に驚いた顔をしてマジマジと女性を見下ろし見つめている。
「...行けって言われたから、来たの」
七香は男に見られているのが居心地悪いのか、視線を逸らして側で狸寝入りしている男性に視線を向けると軽く睨む。
男性は七香と視線が合うと苦笑して、面倒臭いなとは言わないが一瞬そんな顔をしてから笑顔で立ち上がる。
男性と男が相向かいになると、男性の方が頭一個分大きく少し見下ろす感じになる。
男は卒のない笑顔で男性に見下ろされ少し威圧感を感じて、少々怯んだような戸惑ったような顔をしながら男性を見上げている。
「ど、どちら...様で?」
「あ、僕ですか...覚えてない...ですよね。えーと、この度新設された、地方開発推進部の國密琉偉(くにみつるい)っていいます」
「とうと...と...あ!流偉君!え!おっきくなって、びっくりだよ!やぁ〜、久しぶり...ん?なんで...七香とここに?」
知り合いだということに気づいた男は懐かしそうに顔が綻んで笑顔になったが、丁度目の端に七香が見えて二人をチラチラ見比べながらちょっと間の抜けた顔で二人を見ながら問う。
「はぁ...なんでもいいけど、まずはそのヨレヨレのTシャツと短パンと...その小汚い顔をどうにか...っていうか、部屋汚い!臭い!まず、ちゃんと話をする前に掃除!」
七香はため息を付いて立ち上がるとペラペラ喋りながら窓へと近づいてカーテンを全開に開け、ガラガラっと窓を開けるとくるっと半回転、キッと目を釣り上げて男二人に指を指し命令をした。
男二人は、七香に迫力にノーとは言えず頷き返した。