【小説】第十三話 おっさんえんでんべぇで再生か?
13.お米騒動
一晩明けてやる気に火が付いた七海はいつも誰よりも遅く起きてきていたのに、今日に限っては一番早く起きていた。
昨日雨月に打ちのめされたが、帰って冷静になれば歳が近いというのもあって逆に対抗心に火が付いて内なる炎がメラメラ燃えていたのである。
大夢とメニューの試作をしてから新しいメニューの切り替えをしようという話になったのだが、それが待ち遠しくて子供が遠足が待ち切れないみたいに年甲斐もなくはしゃいだ気持ちになっていて、最近はだらしなさが身について二度寝三度寝なんて当たり前であったが、朝早く目が覚めたら寝てられなかったのであった。
祭の日に正式オープンしたが、予定より機材の準備が遅れていた。大夢はそれでもオープンした手前あるもので続けようとしたのだが、色々揃っていない状態で始めると失敗すると七海が祭の前日に説得して暫く店を閉めることにしたのだ。
次に店が開けられるまで一週間の猶予があって、ならメニューも新規一点雨月が出した提案を元に新しくしようと決まり今に至る。
いつになくやる気で七海は七香達を叩き起こしせき立て、支度が整うと眠たげなままの二人を車に乗せてふわりへと向かった、それが朝六時三十分。
約束の時間は午前八時。七海の家から秩父駅までが車で二十分くらいなのだ、早すぎるのである。ふわりに着いたのは、七時ちょっと前。
普通なら店が閉まっててどうするかと悩むところではあるが、店は開いていたのである。
七海と同じく、はしゃいでる男がもう一人。そう、大夢である。
既に店に来ていることはスマホのチャットでやり取りしていたので知っていた七海は、遠慮なく店の中へと入って行く。
「じゃまするぞ〜」
すでにキッチンに入っていつもの店のエプロンをしていた青いアフロの大夢だが、七海の返事に反応がない。何やら悩んでいるようで七海達が大夢の目の前、カウンターの所に来ても上の空だ。
「おい、大夢、どうかしたか?」
「...わぁあああああ!!びっくりしたベヨ!!あれ?いつのまに?」
「さっき、じゃまするぞって、言ったぞ?」
「あー...全然聞いてなかったベヨ。あーえーと...いらっしゃい」
「お、おう」
七海達は様子が変な大夢を、各々の顔を伺って小首を傾げながら朝の挨拶を交わす。
「で...どうかしたか?」
「あー...米がね」
「米?」
「ほらぁ〜、軽食におにぎり出す感じになっただべよぉ〜」
「まぁ、確かに。それがどうかしたのか?」
「それが、今、なんか米不足らしくてぇ〜、手に入りずらいんだべヨぉ〜」
「な!」
「とりあえず、新潟と北海道の友達が米送ってくれるっていうから、再オープンまでには間に合いそうなんだけどよぉ〜...試作分の米があんまりなくてどうっすかなぁ〜って。スーパーもドラックストアもホームセンターもないんだぁ。米屋に行けばいいんだけどヨォ〜...高いんだべよ」
「なんで米がないんだ?」
「それはですね、何やら外国人観光客のお米ブームと猛暑による不作続きに、日本の消費量が少なくなったことによって米が以前より売れなくなっていたことで米を作る農家が減ってきたことが重なって、一部で米不足になるかもしれないとテレビのニュースでやっていましたね」
琉偉がいつになく真面目な顔をして、淡々と語る。
「な!マジか!ていうか、昨日言えよな」
「...すみません。祭の疲れがあって、少しボーッとしてたようです」
「あ、いや、昨日は本当は休みだったのに...仕事になって、ゆっくり休む時間なかったよな。すまん」
「いえ。僕の落ち度でもあるので、気にしないでください」
ニコッと微笑む琉偉の笑顔が、やけに不気味で自分に対する不甲斐なさの抗議にも見え、七海は顔が少し引き攣る。
「でも、パックでチンのお米はあるみたいですよ?それにお米が足りないなら、雑穀米や麦や粟や餅米なんかを一緒に入れて、傘増ししてる人もいるみたいなので、昨日の案にとらわれずにあるもので試してみてもいいんじゃないですか?」
七香はずっと黙っていると思えば、自分のスマホで色々調べていたらしかった。ただそう話している七香は、終始、七海と大夢が崇めふためいてるのを情けないなというように目を細めて少し冷ややな視線を送っていた。
「あ、うん。だべな。ちょっと意気込んでただけに出鼻くじかれて、昨日の夜から米がないってパニックになって、いつになら相談できる喜陽ちゃんいるけどいないしで、あんまり寝れてねーもんだから、冷静さに欠けてただべ」
大夢のアフロヘアーは特段と何も変わらないのだが、大夢の心情に合わせたように青ざめたように青々しく萎んで見えた。
「や!だが、逆に今はヘルシー思考なところもあるんだ!そう考えれば、雑穀米とか、赤飯を握り飯で出すのも悪くないないだろ!逆にウケるかもしれねーな!大夢は...疲れてるみたいだからさ、少し横になって休んでろ、な。俺達で、近くのスーパーで買い出し行ってくるからさ」
「だけども...」
「いいんだよ。一蓮托生だろう?まずは、大夢の店を盛り立てるのが、俺達の初仕事さ。な!」
「すまねぇべ...じゃ...お言葉に甘えるべ」
疲れた顔をした大夢を二階へ追いやって寝かせると、七海達は公園橋のベルベルへと車で向かった。少しはすぎてベルベルはまだやっていなかった。
その時七香の小さなお腹の音が車内に響いたものだから、メックに寄って小腹を満たそうということになって軽く食べておこうとナゲットを一パックとドリンク三つを頼んだ。
そこで全員コーラを頼んだことで親近感が湧いて、どこか張り詰めた空気が和らいでお互いに和やかな笑みが漏れた。メックの店内は朝というのもあって人も少なく音楽は流れているが静かな感じで、まだ眠そうな二人が黙々と飲んで食べてうとうとしていると七海まで眠気が移ったようで小腹が満たされるとうっつらうっつら船を漕ぎ出す。いい具合に船を漕いでいたが、急にビクッと身体が痙攣して七海はバランスを崩して危うくテーブルに頭を打つそうになって目が覚める。そしたら丁度良い時間となっていて、ベルベルへと向かった。
店内へ入ってみれば、確かに米がなく、その代わりにパックご飯、雑穀米、カップや袋麺が山積みされていた。
「ほんとだな。でも、パックの飯でも充分うまいからな、試作なら問題ないだろう。食べるの俺達だし」
「ですね。あとは、雑穀米や餅米...お赤飯にするなら小豆も必要ですね。それらも購入していきましょう」
「だな」
「...あー...」
「ん?七香、どうかしたか?」
「いや、もう少ししたらお盆だなって」
「あー...今年はちゃんと休みを取れるから、家族で墓参りに行くぞ?」
「...そうなんだ...じゃなくて、お盆と言えば、おはぎだなって思ったの!」
「おはぎ...あぁ...七香は餅米おはぎ、好きだもんな」
「...うるさいわね。で、夏に、スーパーでもお盆関係なくおはぎは結構置いてあるのを思い出して、おにぎりだけに限定しないで、甘味としておはぎもあってもいんじゃないかなって」
「...あぁ、なるほどな」
「僕は、きな粉も乗ってるのが好きですね」
「そうか...じゃ、それも買っていくか」
そうこう意見を出しあって、当初買う予定のものより少し多めに買ってしまい、七海は自腹というのもあって酒代を減らさないとなとレジの前で少し悲しく財布を見つめた。
七海が両手いっぱいのスーパーの袋を持って店に帰ってきたのを、丁度目覚めて二階から降りてきた大夢は面食らったように目を見開いて固まっている。
「おー大夢!ちょーどよかった!買い物してきたぞ!」
「...あ、えーと、どうしたんだべ?なんだか...やけに袋が大きいような」
「あー...すまんすまん。なんか、三人であれやこれやって色々試作した方が、折角一週間もあるんだし、試したいよなという感じになってな。あ、でもこの材料は、俺の自腹だからさ、気にすんなよ」
「ダメダメ!それはダメだべよ!オレの店のことだんべ、それはこっちの経費で落すベヨ」
大夢は急にハッと覚醒したと思えば、真剣な顔つきで顔の前で片手をブンブン振って拒否する。
「だが、こんなに余計なもん買ってきて...」
「いや、色々試したい言うんは、オレも思うんで、試作だべよ。いいんじゃないかと、思うし、逆に美味しいのができるべよ!」
「...そうか?」
「うんだ、うんだ」
七海と大夢は同じポーズで腕を組んで真剣な顔付きでどちらも譲れない目をして見つめ合った後、無性にそれが可笑しく思え笑いを堪えるように唇が震えた後に破顔して笑い合う。
「じゃ、美味しいものを作らないとな!」
「だべな!」
七海と大夢は片手を握り拳にし、拳と拳を合わせた。
材料を確認しながら用途を確認して、まずはパックご飯と炊飯ジャーで炊いたお米の違いと、餅米を炊いてみることにしてみた矢先である。
「...餅米だけ炊いてもあれだから、キビと粟と小豆のどれかでおこわにするんべか?」
「まぁ、今日は喜陽さんいないし、炊くだけでいいならオーソドックスに赤飯か?」
「おーぉ、いいだべな。美味しいべよね」
「お前らもそれでいいか?」
「僕は、好き嫌いないので問題ないですよ」
「...喜陽さんいないなら...私もそれで」
「...まぁ、喜陽さん帰ってきたら、おはぎ作ってもらおうな」
「ちょ、誰もそんなこと言ってないでしょ!」
「はいはい。で、赤飯ってどう炊くんだ?」
「ん?炊飯ジャーで小豆と一緒に入れて、炊けばいいんじゃないんだべか?」
大夢の言葉に、他の一同はえっ?と驚いた顔をする。言葉にはしないものの、七海達はお互いに視線を交わして少し困った顔をする。
「え?違うだべか?」
「...俺もよくは知らないが...昔、家で親が作ってた時は、そんな感じじゃなかったがな」
「...そうなんだべか。いつも近所のばっちゃに赤飯もらってたから、家で作ったことはなかったべよね。喜陽ちゃんも、ばっちゃからもらえるから家では作らなかったしなぁ」
「どうします?喜陽さんが帰ってきてからにするか、ネットで調べれば炊き方は分かると思いますが」
「でも、お母さんが赤飯作ってる時に、水加減や蒸し加減が上手くいかないと、べちゃべちゃになってイマイチなのよねって言ってたような」
「あー...そう言えば、そんなことママ言ってた気がするなぁ〜」
七海が懐かしそうな顔で呑気にそんなことを言うものだから、七香は呑気すぎる七海が癇に障って冷ややかな視線を向けてくる。
「困ったべな...買ってきてもらったのに、今日は中止っていうのもなぁ...あ!そうだべ、ちょっと待っててくれだべ」
そう言って大夢は説明することなくキッチンの奥にある荷物置き場の棚へ行き、自分のリュックからスマートフォンを取り出すと何処かへ掛け始めた。三十分くらい経っただろうか、大夢は電話を切ってスマホはエプロンのポケットへ入れるとニコニコしながら片手の親指と人差し指をくっ付けて丸の形にしながら七海達の所へ戻ってきた。
状況が分からない七海達は、大夢とは対照的に少し困惑した顔である。
「ばっちゃが、教えてくれるって言うんだべよ!!やーぁ、思いつきだが電話してよかったべな。じゃ、ばっちゃの所に行くべよ」
展開がいまいち飲み込めてない七海達は、意気揚々と材料の袋を持った大夢に言われるがまま急かされて大夢の四輪駆動車のGP(ジーピー)というアメリカの有名な会社の黒のジープに、押し寿司みたいに後部座席に押し込まれたのだった。