【小説】第十一話 おっさんえんでんべぇで再生か?
11.反省会
川瀬祭も無事に乗り切った七海達であったが、店の宣伝不足で人が午前中は来なかったことや在庫切れなど反省点は多々あって、大夢の家へと招かれたというのもあり、反省会をまずすることとなった。
大夢の家は古民家の近くにあって、家そのものは北欧風の暖炉のある広々とした平家であった。
流石に夏なので暖炉は使っていないようだが、広間には大きな窓がありその向こうは縁側で、その先が庭なのだろうが半分が屋根付テラスでバーベキューができるバーベキューグリルが置いてあり、半分は家庭菜園が囲うような形の庭となっている。そこには少ないがきゅうりやトマトなどの夏野菜が生き生きとなっている。
いくら田舎とはいえ、かなりの大きな敷地である。営業している古民家も大夢のお爺さんの家だったらしく、七海は気になってこそっと聞いてみたところ大夢のうちは代々のここら辺一帯の地主なんだそうだ。所謂、坊々なのである。
七海は大夢の個人的なことはさほど詳しくは聞いていないので内心は詳しいことを聞きたくてしょうがなかったが、今日は仕事できているのを思い出して聞くのをやめたのである。
「やー、こんな山の方まで来てもらってぇ〜、すまんだベェ〜。まーまー、そこのソファーにでも座ってんべ」
自宅では大夢はアフロでなく、ツルツル頭でラフな無地の白Tシャツに黒短パンであった。髭をまた伸ばすのか、口髭が薄ら見える。
大夢が指差したソファーは革張りの大きなものでいかにも高級感あふれる感じで普段そういうものとは無縁の七海は座るのに少し怯んでしまったのだが、琉偉は全く気にすることなく端っこに座ったので、七海と七香は顔を見合わせてその隣、琉偉の隣に七海、その隣に七香という順番で座った。
「あ!えーっと、急だったから...手土産なくてすまんな、大夢。今日は休むのかと思ってさ。俺らも気が緩んでて、バタバタ支度して来たもんだからさ」
今日は流石に頭にタオルともいかないのでしていないが、床屋にまだ行けてない七海のそれなりに整っている髪はもっさりしていた。無精髭があればもう見っともないと七香に怒られそうで、髭だけは綺麗に剃っているのでまだマシな方である。
大夢とは対照的で、七海は寄れた青いTシャツと太めのゆったりした黒いパンツで腹が出てるのが気になって猫背になっている。
しかも現在、営業職であったのに手土産を忘れたというヘマをして心苦しく、営業の時の癖で苦笑いして片手を後頭部に持っていきへこへこと頭軽く下げているので、傍目から見ればいかにもダメなおっさん、だと言われても仕方ないくらい情けない感じが出ている。
もちろん、今日は白ベースの可愛らしいピンクの小さな花柄のワンピースを着たラフな感じの七香に嫌な顔をされてため息をつかれている。
琉偉はといえば、爽やかな感じで馬のロゴが入ったハイブランドポロシャツに、スリムなパンツに好青年風で、いかにもいいとこの坊ちゃんという雰囲気が漂っている。実際に、七海の勤めている会社の社長の息子なのだから、坊々なのは違いないのである。
何を考えているのかは分からないが、琉偉は終始ニコニコ笑顔を崩さず黙って座ってるだけである。
「そんなん、気にすることねーベェ〜!!だってヨォ〜、オレが無理やり誘ったようなもんだべ。こっちこそ、休みの所、すまなかったべよ。でもほら、なんか一人で悶々考えてても埒が明なくて、こうして呼んじまったんだ」
「そうか?すまんな...って、今日は喜陽さんは?」
家について挨拶してどんどん広間へ通され今に至るので、喜陽が居ないことに今更ながら気づく。
「あ?そりゃ〜、昨日あんだけ頑張ってもらったんだべぇ〜、お友達がこっちに遊びに来るいうてたから一緒に一泊温泉旅行だべよぉ〜。群馬の草津に行ってるんだんべぇ〜」
「はぁ〜...元気だなぁ。電車か?」
「な訳ねーべ。ここから群馬まで電車なんて、遠〜くてしゃーないベェ〜。オレが朝、池袋駅まで喜陽ちゃん乗っけていって、池袋に一泊した友達を乗せて草津の温泉付き旅館まで送って来たんだベェ〜。まぁ〜、だから連絡が遅くなってぇ〜、こんな中途半端なおやつ時に来てもらうことになったんだべよね。すまんべな...あ!そうだぁ〜、そうだぁ〜、喜陽ちゃんのお友達にお土産貰ったんだぁ〜。ちょっと、待っててな〜」
大夢は床のカーペットにそのままどかっと胡座を描いて座っていたが、すくっと立ち上がると足早に冷蔵庫へと向かい何かを取り出すと戻ってきた。手に持っているのは、桃太郎の絵柄が描かれた化粧箱である。
「みっちゃんって言うんだけどさぁ〜、その友達。前に、漫画家やってる人がいる言っただべぇ?その人だべよ。まとまった休みが取れたって、遊び来たんだてよぉ〜。で、そのみっちゃんが、岡山銘菓のきびだん買ってきてくれたんだベェ」
よっこいしょと言いつつ、大夢は同じ場所に座りった。七海達が座っているのはテーブルを挟んだソファーの反対側で、そのテーブルの上に化粧箱を置くと中から小包装になった吉備団子を人数分取り出しそれぞれにそのまま配った。
「ちょうど冷えて美味しいから、そのまま食べてくれだんベェ〜」
七海はちらっと七香の方を見ると七香も七海を見て、琉偉も見ている。お互いに、食べるか食べないか伺っているようである。
大夢はそんなやりとりは気にせずに包装をピリっと破って豪快に食べ始め、全部一気に三つある団子を口の中で頬張りながら片手はどうぞどうぞというように手振りで勧める。
大夢のにこやかな顔というか美味しそうに食べる姿を見ては、食べないのも失礼だとソファーから腰を浮かした七海は、吉備団子を三人分取って自分の分以外は二人に強制的に手渡した。
七海が頂きますと言って食べ始めると、二人も釣られるように揃って頂きますと食べ始めた。
ひんやりとしたきびだんごはちょうど良い温度で、きな粉の程よい甘さと団子のもっちり感がたまらなく、七海達はあっという間に食べ終えた。ただ粉がついているので、喉が渇いたなと七海が思った頃にはすでに大夢が動いていて、昨日出していたフルーツが入った氷のブドウジュースを人数分持って来ていてテーブルの上に置いていた。
「すまんな、大夢」
「なーん。オレも、喉乾いたんだべよぉ〜」
そんなたわいもない会話をして、七海達は大夢が入れたジュースを飲み始めた。
ただ飲んだはいいが、飲み終わるズズズという音が聞こえるまで無言であった。それぞれに何か思う所があり、それぞれに上の空というのもあった。と言っても、琉偉に関してはニコニコポーカーフェイスは崩れておらず三人を観察してる、そん感じである。
「あー...んー...大夢なぁ...実は」
「やっぱ、ダメなんだべよぉ〜」
苦笑しながら言いづらそうにボソリと七海が話出すと、それを大夢がため息混じりの大きめな声で遮る。
「あ、え?ど、どうした?」
七海は自分の言おうとすることを見透かされたかと思い、少々狼狽えながら大夢に問う。
「あ、すまんだベェ〜。いや、なにさぁ〜...このジュースとかさぁ〜...」
七海はまさにそれについて言おうとしていたため、驚きで胸が跳ね上がり狼狽えが更に酷くなって目がキョロキョロし出す。
「ん?七海さん、どうしたんだベェ〜?」
「い、いや...なんでもない。俺のことはいいから、話の続きを続けて」
七海はまだ驚きの興奮が抑えられず、顔の前で大袈裟に片手をブンブン横に振るとヘラっとぎこちない笑いを向けて促す。その態度は普段の落ち着いた感じの七海とは違い、大夢は少し怪訝な顔で見てあまり納得がいっていない様子で頷く。
「ど〜もなぁ〜...これ作るのも一人でやるとしてもだべヨォ〜ォ...かき氷にしてもだべ、もし、もしもだべ、昨日みたいにお客さんがいっぺ〜来たら、対応出来っかなぁ〜ってヨォ〜ぉ」
同じことを考えていた七海は更に驚かされて言葉が出ず、鳩が豆鉄砲を食ったように驚きが隠せないという顔で固まっている。
「あぁ〜...七海さんもぉ〜、そう思ってたんだべなぁ〜。あぁ!...やっぱり、喜陽ちゃんの言う通りだったっぺヨォおぉぉ〜!!」
やっとそこでようやくなるほどと理解して七海は納得し、ほっとしたように胸を撫で下ろして苦笑する。
「それはな...俺のアドバイス不足もあった。今...冷静に考えるとそう思う。あー...なんって〜んか...俺も地元の祭っていうのがあったのかと思うし、大夢と話が合って、浮かれてた...と思うんだ。最高な状態で臨めたぁ〜...なんて思ってたけど、実際にお客がどっと来た時は二人でもきつさがあった...正直、今はそう思う」
「だんべなぁ〜。そう、そうんなんだべよぉ〜」
「あ、ちょっといいですか?」
大人のおっさん二人がガクッと肩を下ろして暗い顔をしているところに、七香は全く平然とした顔でむしろその二人の状態に我関与せずという風である。
「ん?七香ちゃん、どうしたんだべ?」
「確かに大夢さんのデザートは凝っていて、更に今回は祭とオープン記念が重なっていて、特別に実際よりも安く提供してますよね。でも、今後は値段は上がるし、手間暇掛けてた分を今までと同様にやらないとお客様も納得しないですよね。ならいっそ、ある程度の工程を省くというか、大夢さんがやってる作業を減らす...例えば、わたあめ、タンフル、お汁粉、ここジュースも氷にフルーツ入れて作るのも大変ですよね、毎度毎度。トッピングも多すぎだし、そういうのを辞めるとか...まぁ...極端ですけど、時間が掛かっているやつほど辞めていって、通常営業の場合は、かき氷も的を絞ってやるとか...口コミサイトを見てみると、キンキンチョコバナナが大人も子供も好評だったみたいなんですよ。だから、それだけにするとか。で、こういう大きなイベントがある時だけ、幻のかき氷復活とか宣伝してお店のスタッフも臨時で雇えば、折角考えたメニューも無駄にならずに済むんじゃないでしょうか?」
七海は七香がこんなに的確にしかもスラスラ喋れたことが驚きを隠せず、ただただ親バカ発動して関心しながら誇らしげな笑みを浮かべている。
「やぁ!!やっぱり、七海さんのお嬢さんだべなぁ〜。言うこと、的が射ってるべさぁ。オレはどーも、凝り性だべね。そこを昨日、喜陽ちゃんにも指摘されててヨォ〜ォ...ずっと悶々してたんだべな。子供には安くて沢山食べてほしいしなぁ〜という思いはあるしよ...子育て真っ最中のおかーさん方もヨォ〜...話を聞くとぉ〜財布も時間も余裕なくてぇ〜てさぁ〜ってさ...テレビで見る都会のマダムや丸の内OLみたいに高いランチを優雅にゆっくり食べてる時間は小さい子がいるとだべ、なかなか作れないって言っててさぁ〜...昨日みたいに安くてパパッと飲んだり食べたりできれば助かるわぁ〜とか聞くとさぁ〜...高くはしたくないなぁ〜って改めて思ったりもしてさぁ〜...んーでもよ、あんまりシンプルというか一般的というかどこにでもあるようなありきたりだとよ...実際問題、町おこしもあって観光強化して他県の人が住みたいなって思える感じにしないとだろうしとか思うとぉ、何よりそれには観光客の人がわざわざそれを目的に来てくれるほどの何かがないとなぁ〜とか思うと、ぐるぐるぐるぐるーって頭ん中なんって、まぁ...だから、助けてほしくって、呼んだんだべ」
大夢は胸に抱えていた不安を一気に吐き出して、いつも余裕な感じのヘラヘラした余裕な態度は消え、情けない顔をして目の前の机に顔をうつ伏せる。
「...なぁ...大夢。思うんだが...お前は間違ってないよ。お前の作るスイーツは、都内のスイーツにも劣らない、どれも絶品だよ。都内で修行しただけがある。それにさ、メニューが多ければ客が呼べるってもんでもないぞ?実際、メニューが一つしかなくても、それで勝負してる所は繁盛してたりするからな。まぁスイーツはあんまりみたことないが...あ、そうだ!大夢はスイーツ屋をやるんじゃなくて、カフェなんだよな?スイーツ以外の軽食はどうするんだ?それに、カフェといえばコーヒーだが、コーヒーはどうするんだ?」
七海は席を立って凹んでいる大夢の隣に座り込むと大夢の背中を優しくポンポンと叩いてそう言えば、大夢は立ち直りが早いのもあって顔を上げると七海の方を向き、目を感動したようにうるうるとさせ見つめてからガバッと両手で七海の両手を包み込んだ。
「ありがとう!ありがとう!そうだべよねぇ...でもよ...なんか数が少ないと味気ない感じもしてさぁ〜ぁ...あっ!そう、それも問題だべよね。オレはさぁ〜、ホットドックとサンドイッチとナポリタンにしようかーって思っててさ、それはもう頼んであんだべよ。それとコーヒーは、エスプレッソマシーンが発注済みだべな。ちょっと海外製ってのもあって、来週くらいに届くんだべさ」
「ん?ちょっ、ちょっと待て。まずはだ、軽食はどこかに頼むのか?」
「う〜ん...ここの近所に北斗星っていう、パン屋さんがあるんだべ。東京でサラリーマンしてたらしんだけどぉ〜、昔からパンが好きで色んなお店巡ってたらしいんだべ。ある時馴染みのお店でパン作り体験やってたらしくって、折角だからって夫婦で行ったらしくてさぁ〜。そっからパン作りに、目覚めたらしいんだべ。それから暫くして勤めてた会社で早期退社を促す動きがあったらしくて、営業課長としてセカセカした生活送るより細々と田舎でパンを作って売るのもいいかと思ってたこともあって、これは丁度いいっていうんで脱サラして、お嫁さんのおばあちゃんの家がここにあって、おばあちゃんが亡くなって空き家だったからそこを改装してお店始めたんだべよ。なもんで、うちではそこのパンをずっと買って食べてて仲良しさんなんだべ。だから〜、そこのパンを使う段取りはできてるんだべ」
「...ん?パンは?」
「ん?パンは」
「...なら、具材はどうすんだ?大夢が作るのか?」
「あー...いやいやいや。オレは、デザートはできても普通の料理は作れなくはないけど、そんな店に出せるほどじゃないんだべ」
「ん?なら、どうすんだ?」
「喜陽ちゃんが、作ってくれるんだべ。喜陽ちゃん、栄養士の資格も持ってて、料理上手なんだべヨォ〜」
「そうか...ん??喜陽さんが?いやだって、こっちの古民家はどうするつもりなんだ?」
「あぁ、こっちの古民家は、スタッフがいるんだべよ。店舗の名義はオレなんだがよ、青年団で協力してやってて、家族ぐるみでやってんだべ
。オレら世代だけじゃなくて、その親も手が空いてる人は手伝いに来てくれるんだべ。この間は祭があったから、人がたまたまいなかっただけなんだべヨォ。最近は県外からの利用者も多くてなぁーぁ。なんかヨォ、口コミで広まったらしくて、流石に喜陽ちゃん一人は無理だべよ。それに、小さい子がいてさぁ〜、普通の仕事いけない人もいるし、なんか理由あって外じゃ働けない人とかも少なくなくてなぁ〜あ、でもここなら気心してた仲間でも運営してるからさ、融通も効くし働きやすいってんで、まぁ身近だけだけどよぉ〜、働き口にもなってんだべよ」
「えっ!そうなのか...」
「まぁ〜、この間はその話はしなかったべな。これも匠さんのお陰だけどなぁ〜」
それを聞いた七海は急に一瞬黙り込み、歯を食いしばる。今までの自分が情けないやら、幼馴染というのもあって悔しさが少し込み上げたからだ。傲っていたんだなと、改めてしみじみ感じていた。
「ん?どうしたべ?...なっもんで、あっちのカフェのお昼時は、喜陽ちゃんが料理してくれるんだべよ」
「あぁ...いや何でもない。そうか、確かに喜陽さんの料理は美味しいよな」
「だべよぉ〜」
「ちょっと、いいでしょうか」
大夢の惚気た感じをバッサリ一刀両断するように、ずっと黙っていた琉偉が会話に割り込む。もちろん、いつも通りの隙のないニコニコ顔のポーカーフェイスでだ。
「あっ、どうかしたか?琉偉」
「どう、というほどのことではないのですが、かき氷は夏場は絶対外さない方がいいと思うんですよ。前のプランでは、果物を使用したパフェと果物のゼリーでしたよね?祭の時も思いましたが、例年に比べ暑いと思うんですよ。だから、体を冷やす食べ物、飲み物は必要不可欠と思うんです。夏場だと、キンキンに冷えたビールが飛ぶように売れるのと一緒で、お酒が飲めない人にも食べるとヒヤッとしてクールダウンするものは必須と思いますし、アイスだと氷の量が少ないので食べてる時はヒヤッと冷たい気分にはなりますが、クールダウンするほどではないような感じがするんですよね。アイスも、アイスクリームと呼ばれるものは乳固形分15パーセント以上でそのうちの8パーセント以上が乳脂肪分。アイスミルクは、10パーセント以上のうち、3パーセント。ラクトアイスは、乳固形分3パーセント。氷菓は、それが入ってないか、ラクトアイスよりも数値が低いもの。つまり、乳成分が多いほど、アイスクリームということになるんですが、その場合、感覚として濃厚さを感じると思うのですが、味が濃いものを食べるとどうなりますかね?」
琉偉はいつも通り流暢に話をしていたと思ったら、急に七海の方へ顔を向けていやに圧のある笑顔を向けてくる。
「...まぁなんだ...えーと...喉渇くよな?」
「そうです。確かにアイスを食べると、ひんやりと冷たさを感じる。でも、真夏の炎天下でコーヒーのような濃厚なものを避けるように、できるだけ水の方が欲しくなりますよね。できるなら、氷の方が水よりも冷たいと感じるでしょうから、意識的に氷を多く摂取できるものをと考えるわけです。クーラーの効いた涼しい部屋であれば、アイスのバリエーションはよりどりみどりして、自分好みだったり、話題性があったりちょっと冒険して色々試したいと思うんですが、真夏の炎天下で暑さに辟易した状態だと、食欲自体が激減してして、できるだけさっぱりしたものがいいと思うと思うんです。だから、そうめんやうどんやそばなど、つるっとした喉越しの冷たくひんやりして尚且つ、しつこくないものが日本の夏場は食事に出る頻度が多いと思うんです」
「なるほどなぁ〜。そうだんべよ。冷やし中華なんてヨォ〜、飲食店でも冬はやってねーべ。それに夏だからこそ、食べたい思うだんべ?」
「確かにな。あー...だから、氷の量が多い、”かき氷“がいいというわけか」
「そうです。それに今や、かき氷は一年中通して食べるかき氷マニアが増えています。それに、映え要素が高いので、女性には特に人気が高く、それだけの目的で出かける人も少なくありません。そういう人が、SNSで宣伝すると店の人気が上がる傾向なのは、七海さんなら分かってますよね」
「あ...あぁ、まぁ、そうだな...」
七海の返答があまり芳しくないのは、あまりSNS戦略を得意としないからだ。知識はあるものの、昔ながらの口コミと人が実際に会ってコミュニケーショできるイベントの方を好むからだ。データ分析やマーケティングはできるものの、実際SNSやホームページの宣伝は若葉へ依頼しているため、自分では殆どやってないのが実情だったからだ。ある種、考え方が古臭い所があって、インフルエンサーという人種が本当に利益に繋がってるのか疑問に思っているところがあって、インフルエンサーばかりに注目が集まって、実際の商品や作り手にあまり注目が集まらないことが好ましくないと思っているからである。
「そうそう...昨日来てくれたという、お客様一号の方ですが、結構な有名編集者の人でしたよ」
「え?は?有名編集者?あの学生さんみたいな人がか?」
「そうです。なんでも、大手総合出版社の角っ子書店の編集者だそうで、今、秩父出身で注目されてる建陸(たおか)監督と人気を二分してるとも言える、雨月先生の担当編集者だそうです」
「へぇ〜...そうなのか」
「ちょっと、ちょっと〜、七海さん!なんだべよ、その薄い反応!雨月ちゃんはね、めっちゃ偏屈者だけどね、秩父を救う一手を投じたんだべよ!建陸監督もね、確かにすごいんだべよ。ここ地元の舞台にした、あの日僕達が丘の上からみた花の名前をまだ知る余地もない、はね、富士山テレビの深夜枠なのに人気爆破でよ、秩父に日本中のオタクを集めたんだべよ。ただそのあとは年々イベントも少なくなって、あの爆発的な人気も停滞してた時にだべ!雨月ちゃんは、ファンタジーが強みの小説家なんだべがぁ〜よ!そこによ、秩父を絡めた小説を書いてヒットさせたんだべよ」
「そう...なのか?」
七海以外は知っていたようで、全員から冷ややかな目を向けられる。
「す、すまん」
「...まぁ...七海さんはここにくる前は、色々ありましたから。ラーメンのことではこの中ではマニア並に詳しいかもしれませんが、今の流行りには追いつけてないところはあるので、仕方ないといえば仕方ないですよね」
琉偉にズバリ本当のことを言われて七海は絶句したように目を大きく開いて、二、三度目をキョロキョロと挙動不審に動かした後に天井を見上げて数秒、過去のことを思い出して小さくため息をついてから苦笑いで琉偉を見た。
「確かにそうだ。俺は全然、勉強不足だな」
「まぁそれは今はどうでも良いのですが、ちょうどいいのでお伝えしておきますと、建陸監督は今秋公開のアニメ映画に携わっているようで、スケジュールパンパンなんだそうです。伝手を使って、秩父のアニメをもう一度というお話をお願いしたそうですが、断られたそうです。ご本人は、折角のお誘いなので忙しくなければお受けしたかった、とのことを、社長が言ってました」
琉偉は特段七海のことを気に留めた様子もなく、坦々と話を続ける。
「そうか...ダメか...ん?社長?」
「はい。父です。社長には進捗を毎日報告するように義務付けられていまして...その報告の時に、やけに乗り気になりまして。その流れで、自らすぐ動いて頂けたようですが、今日の午前中にそう連絡が来ました」
七海は少し渋い顔し、人差し指で顎をぽりぽり掻く。社長とは匠と一緒で同い年で大学時代からの友人で仲が良いのだが、それはそれで上司であることは変わりなく、煩わせたなという気持ちがあって自分の不甲斐なさを再確認したのである。
「...そうか...困ったな...」
今の所、起爆剤となるいい案だと思っていた矢先に企画倒れしたことで、七海は眉間に皺が寄って更にに渋い顔になる。二重苦で気が重く、大夢がいると自分の家みたいな雰囲気になり、気が抜けすぎてため息を漏らしてしまう。
「七海さん!そんな気を落とさんでも、オレにいい考えがあるべよ!」
落ち込む七海を元気づけるためか、努めて明るく元気な声を大夢は挙げて片手をグッと握って胸をドーンと一度叩く。
「ん?」
「建陸監督がダメなら、雨月ちゃんがいるべ!」
「え?...ええぇ?」
「雨月ちゃんの小説はアニメ化もされてて、今や売れっ子なんだべよ。それにオレや喜陽ちゃんがお願いしたら、引き受けてくれると思うんだべよね」
「ほ、本当か!」
「そりゃ、幼馴染だべよ。きっと大丈夫だべよ!あ、なんなら、今から行くべぇか?大概実家にいるしぃ、さほど遠くないんべよ」
「え?そんな...急にいいのか?」
「構わねーべよ。昔から、雨月ちゃんの家に遊びに行くんは、日常的な感じなんだべよ。それに、前は急げいうだんべ!」
そうして大夢にせき立てられて、七海は戸惑いながらも雨月の家へと向かったのであった。