【小説】第十二話 おっさんえんでんべぇで再生か?

12.雨月という人

 大夢の勢いで雨月の家に行き、現在は雨月の自室兼仕事部屋にいた。現在大人四人が雨月の後で正座させられている。
 重い空気の中、作業机に置かれた林檎のマークがトレードのノートパソコンに向き合ってる雨月が奏でるカタカタカタというキーボードの音がやけに響く。沈黙がますます重たい空気となって、キーボードの音がどこか責めたてられているようで落ち着かない。

 何故そんなことになっているかといえば、大夢のせいである。

 雨月の家は確かに歩いてすぐのところにあって、大夢の家と比べれば小さいこじんまりした平屋だ。年季の入った家はお世辞にも趣のあるとは違い、ふるぼけた田舎にはよくありそうな七海が住んでる家とそうそう変わらない感じのごくごく普通の家である。

 「あーまつーきちゃ〜ん!!」

 この家はインターホンというものがないらしく、横開きのすりガラスがはまった玄関扉の前で大きな声で叫んでいる。

 「おーい!いるんだべよぉ〜!!」

 そんな感じで、何度も何度も呼びかけていると中からガチャと鍵が開く音がして、少し茶髪でショートボブに黒縁メガネをして、青Tシャツに黒短パンにサンダルというラフな格好のまま、仏頂面をした女性が扉を開けて現れた。

 「雨月ちゃん!よーっす!!元気?」

 「...大夢、何度も何度もいうが、先に携帯で連絡しろ」

 「えー...めんどくさいんだべよ。歩いてすぐのところに家あるし、まぁ、昔からの癖いうかさぁ〜。連絡しても、無視することあるだべよ。だから来た方がやっぱ、はえーかなと思ってヨォ〜」

 「...はぁ...で、何?」

 腕組みをして眉間に皺を寄せながら、雨月は深いため息を漏らす。

 「まぁーま。お土産もあるんだべよ!雨月ちゃんが食べたかった、磯部団子買ってきたんだべよ!なんと!!東京のデパ地下で買ってきたんだべよね!今日買ったばっかりだべ、美味しいだべよ!!」

 「...西乃武(せいのぶ)デパート?」

 「そうだべよ!好きだべ、あそこの団子」

 「...まぁ。じゃぁ...まぁ...暑いし、中に入りなよ」

 奥の部屋に通されて、雨月は氷入りの麦茶が入ったコップを人数分用意してくれた。
 大夢がかって知る家というように簡易机を出して組み立てて空きスペースに設置して磯部団子の入った容器とさっき七海達が食べていた吉備団子を数本机の中央に置く。そこまでは連携が取れていて、大夢の作業が終わると雨月はトレイに乗せていたコップを机に置いき、トレイをテーブルの下に置いた。

 「じゃ、遠慮なく」

 そう言って磯部団子を手に取ると作業机にある村長家(むらおか)という有名日本メーカーの一番高級な椅子に座わる。
 美味しそうな顔でもぐもぐご機嫌な顔で食べ終わると、くるッと椅子を半回転させて立ちっぱなしの七海達を見る。

 「で、何用?」

 「そうそう!秩父をメインとした話をちょちょっと書いてほしんだべよ!!」

 「はぁああ??」

 ご満悦だった顔は急に冷めたような顔になり、腕組みしたかと思えば食べ終わって持っていた串を大夢に向けたと思えばピッと床を指す。
 すると流石の大夢もヤバいと思ったらしく、慌てた顔をしながら目を少しキョロキョロさせて正座したのである。

 「あーっと、正座してもらえるだべか」

 そう小声で大夢が七海達を見上げながらいうので、七海達は訳もわからず言われるままに正座した。で、今に至る。

 「あーえーっと、ごめんだべよ。き、気軽にあーえっと、書いてとか言って。小説書くの大変なのは知ってんだべ。でも、秩父の町おこしのために来てくれたんだべよ!協力したいだべよ。そこでご当地アニメの話になったんだべが、建陸監督に頼んだらしんだけどヨォ〜ぉ、忙しいって断られたらしくて。でもさぁ〜、建陸監督は“忙しくなかったら引き受けたかった”っていうてたんだってさぁ〜ぁ...」

 キーボードの音がピタっと止まって、深いため息が漏れる。

 「何?それ、私は、建陸さんとは違って秩父のために書かないやつだって責めてるわけ?」

 「いやいやいや!そんなことないだべよ。雨月ちゃんも、忙しいなりにオレ達青年団に協力してくれてるしぃ。そうそう、川瀬祭で描いたくれたポスター評判よかったよぉ〜。ありがとうだんべ」

 暫しの沈黙があって、背を向けていたのにくるっと椅子を半回転。腕を組み、足組し、ご機嫌斜めなのは変わらない顔で大夢を見る。

 「まぁ...友達だし」

 「オレがね、言い方が悪かったんだべ。“友達”だから、引き受けてくれるって思って。気がせってたんだべよ。だってよ、もしこれが叶ったら、身近な人がご当地アニメ作ってくれて、そりゃ〜自慢だべよ。雨月ちゃんの作品はおもしれーべ!オレ達も協力するし、きっと、大ヒット間違いなし!建陸監督作品超えだべよ!」

 「...大袈裟な。まだ書いてもないし、引き受けてないんだけど」

 ただ、褒められたのが嬉しかったのか顔が和らいで、こそばゆいというような雰囲気で照れている。

 「なーなー、オレもうワクワクが止まらないだべよ!一緒にいい作品作ろーべよ!」

 大夢はテンションが上がったらしく、居ても立っても居られないという感じで立ち上がると雨月の横に寄って行き、両手の親指を立てて雨月の顔の前へ突き出す。それを煩わしそうに、目の前の大夢の手をゆっくりと払いのける。

 「...はぁ...はいはい...現在連載があるから、急にはできないし、時間はかかるかもしれないけど...このテンションで毎日来られても仕事の邪魔だから...しょうがないから、引き受けるけど...でも、厄介なヤツが一人いるからそいつに相談してからでいい?」

 「全然いいだべよ!」

 雨月はくるっと椅子を半回転させて背を向け机に置いてあったスマホを手に取ると、どこかへ電話した。ボソボソ話しているが、雨月の方の声は部屋が狭いのだ聞こえていた。

 「そう。友人が、企画会社の人と地元アニメが作りたいって...あーまー...え?映画用で...はぁ??...そう...分かった。じゃ、そういうことで、今度打ち合わせね」

 そう言って電話を切るとスマホを元の位置に置いて、またクルっと椅子を半回転。

 「どうだべか?」

 ずずいと大夢が顔を近づけてくるので、雨月は煩わしそうに片手で大夢の顔を押し除ける。

 「あー。私の名物担当が、アニメだと連載中の作品に影響あるかもしれないので、単発のアニメ映画にしようって話になった。まぁ...それは口実で、ずっとアニメ映画作りたいですねって言ってたから、それが目的なんだろうけど。それなら、全面協力しますって...ていう感じだから、まぁ、担当とも話し合ってからだけど、しょーがない、やるわよ。でも、協力はしてもらうからね!」

 「勿論だべよ!」

 七海達は状況についていけず、ポカンと呆然としたままその光景を見守っていた。

 とんとん拍子に話が纏って、その場の雰囲気も和らいで今は和気藹々と磯部団子をみんなで食べている。それはさっきの状態からすると異常ではあるが、雨月という人間はさほど怖いだけの人間ではなく、ちゃんと話せば普通の人で案外垣根は低い。それも、大夢がいるというのは大きいだろう。

 「で?村おこしって今は、何をしてるの?」

 雨月はこの部屋で一番の年長者であり、七海達とは初対面ではあるが大夢の紹介があの後されて敬語は使わず気軽に話していて、雨月もまた敬語を使われるのは面倒らしくお互いラフな感じで話している。

 「ん?それな。ちょうどだんべ、オレの店手伝ってもらってたんだべよ。で、川瀬祭の時も手伝ってもらってて...まぁなっていうか、反省点も多くて、先まで喋ってたんだべ」

 「ふ〜ん。で、解決したの?」

 「ん?あーと...」

 「大夢のことだから、どうせ話脱線して、まだなんも解決してないんでしょ」

 「あはは、ソーなんだべヨォ〜」

 大夢は口を濁した後に言い当てられて、悪びるどころか子供のようにおちゃらけてヘラヘラっといつもよりもだらしなく笑う。雨月と大夢は姉弟のように育ってきたのだろうという雰囲気があって、姉に甘えた感じなのだろうと七海は察した。

 「はぁ...あんたね...まぁいいや。で、何が問題なのよ」

 大夢はそれを聞くと嬉々として、これまでの経験を雨月に話して聞かせた。雨月は真剣な顔になって、弟が一生懸命話しているのを聞いているという感じだ。
 
 「...ふ〜ん。かき氷をどうすかねぇ。まぁそれもあるけど、軽食がホットドック、サンドイッチ、ナポリタン...まぁ、喫茶店でありがちなメニューで鉄板だよね。パンは北斗星で、美味しいのはお墨付きとしても、町おこしをしたいという目的があって、そこら辺の喫茶店と同じようなの出しても、あんまりねぇ。ドリンクも、エスプレッソ苦味が強いから苦手な人はどうすんのかとか、他の飲み物にしてもねぇ...デザートのパフェは限定数商品にすれば秩父ルビーは特産だし、いいかもだけど...ざっくりすぎない?まぁ、大夢はパテシエだからそっちが強みだけど、カフェにしたいならもっと他も具体性がないとね」

 「あー...だんべねえ...で、なんかさぁ〜...アドバイスとかあったら...欲しいなぁ〜って思ったりすんだべよ」

 大夢は甘えなのか両手を顔の前で組んで、二へっと口を開けて笑う。前歯のない腑抜けた笑顔がやけに笑いを誘い、どうにも憎めない。

 「...はぁ...全く。本当は、こういうコンサル的なことは、有料なんだけどね」

 「だんべねー、だんべね。うんでもさぁ〜、友達だべヨォ〜」

 「はいはい。諭したところで、聞きはしないのが、大夢だものね。まぁ友達としてアドバイスすれば」

 そう言って、雨月は素人とは思えない案を出してきた。

 雨月の提案はこうだ。

 まずデザートは大夢の得意分野であり、店として力を入れていくべきとのことだった。
 ただ観光地であっても、浅草や横浜に比べれば毎日人がごった返すほどではない。桜や紅葉のシーズンには賑わうが、その季節柄の賑わいが過ぎればさほどではないというのが雨月の意見だった。となれば観光客もそうだが、地元民も行きたいと思う感じにしないといけないわけだ。
 ただ秩父は過疎化が進んでいるため、高齢化にもなっている。それに子供がいるうちは、秩父の企業のギャオン電子は秩父としては大手だが、そもそも中小企業のそれも田舎である、さほど給料が多くなく余裕もないというのがやはり現状のようである。
 そうなってくると、家族で食べても安く感じるものが家族が多ければ思うだろうし、学生もそうであろう。お年寄りをターゲットにするとしても和テイストがやはり必須であり、かき氷は観光客も視野に入れるなら外せないとの意見だった。

 それを踏まえて、かき氷は祭の時のようなインパクトが必要だが二人で回すのは難しく、コストを抑えて行きたいなら尚更だと言われた。
 ただ見栄えだけ良ければいいというものでもてんこ盛りにすればいいというものでもないので、要はできないならできないなりの、工夫次第というのだ。
 
 アイスでも、石村屋の小豆バーは硬いがうまいと評判で、今や海外でも売れている。元々菓子製造会社であり、羊羹作りから始まった会社である。和菓子は得意でありその膨大な知識からアイスを作り上げているのだろう、うまくないはずがない。つまり、和菓子は和菓子屋に任せた方が無難で美味しいくできるというのだ。
 今回祭で出したお汁粉かき氷の餡は、青年団の家族のお婆ちゃん達が古民家のおやつとして小豆と砂糖でコトコト煮込んだものだった。それはつまり、石村屋のように専門的な職人ではないものの昔からの生活習慣で作ってきた人々が作っているのだ、ある意味職人であり企業にはない家庭的で懐かしさがある餡ができるというわけである。
 それを大鍋で作り、凍らせれば所謂アイスの出来上がり。ただ、アイスが作りたい訳ではないので、その凍った餡の塊をかき氷の氷として削ればいいのではないかということなのだ。そうすれば餡は作り置きできるし、凍らせておけばある程度保存できる。ただそれだけでは味気ないし、見た目もパッとしない。
 そこでだ、餡蜜の缶の登場である。スーパーでも手に入るあんみつをそれに掛ける。缶で保存もきき、夏にはぴったりであり、ついでに缶詰のみかんやさくらんぼを入れれば見た目も彩りがよくなるというものだ。白玉も好評だったこともあり、餡同様お婆ちゃん達に作ってもらって冷蔵庫に入れておけば作る手間も省ける。
 白玉が人気であるならあえて、別料金でトッピングにすれば儲けが加算される。
 まずはこの一品だ。

 次にさつまいものチップスやわたあめも好評だったことを考えれば残しておくべきで、これもわざわざ作らなくていいのではというのである。
 さつまいもデザート専門店おいもら、に頼めばチップを作ってもらえるだろうし、揚げてあるものなので保存剤と一緒に入れて保管しておけば揚げたてでなくてもいいわけである。それにさつまいもスティックも売っているのだ、チップスにこだわらなくてもそっちを使用するのでもいいのではというのである。

 フルーツわたあめはそれを作る専用機が販売しているしそれ専用の飴も一緒に買えるため、それを購入してカットフルーツとパフェで作るフルーツソース掛けた後、専用の飴をそれらが乗ったかき氷と一緒に渡してお客にわたあめを自分で作って貰えば手間も省けていいだろうというのだ。最近では、食べ放題のデザートゾーンに綿飴が置いてあって、子供達に人気である。それに綿飴を作る機械も市販で売っており、SNSでも話題にちょこちょこ上がるので自分で作る楽しさもありいいのではないかというのである。そうすれば、わたあめをそのまま食べてもいいし、かき氷に乗せて食べてもいいわけである。

 そうして改良版の、

 お汁粉あんみつかき氷、
 抹茶又はバニラのアイスとお芋スティックに黒蜜を添えて地元産の牛乳を使った台湾かき氷か宇治金時かき氷、
 フルーツとフルーツソースが掛かってフルーツわたあめもついてくるフルーツてんこ盛りかき氷

 の案が出来上がったのである。

 宇治金時はかき氷のシロップがあるらしくそれを掛けるだけで、抹茶やバニラアイスも市販のものを前同様使えば簡単である。フルーツカットはあるものの、そもそもパフェを作るのに果物は必要で仕込みの段階で全部済ませて置いて、夏であれば冷凍して置いてもいいだろうというのだ。

 飲みものにしてもデザートや軽食が重たいのである、清涼感があった方がいいというのだ。
 コーヒーはエスプレッソ、カプチーノのホットとコールド。アイスをかき氷で買ってるので、コーヒーのアイス乗せであるフロートも用意。
 フリードリンクとしてコストの低い、レモン水と麦茶をセルフにして、有料ではさっぱりしている定番の烏龍茶を置き、紅茶に乾燥させたフルーツを混ぜてホットとコールドを設ける。紅茶専門店ではないので、スーパーでも茶番は色々売っている時代だ、ティーポットさえあれば熱いのも冷たいのも両方できるというわけである。
 子供用に果汁100%のジュースをそのまま提供すれば、それだけで美味しいジュースなのである、そのまま提供すればいいというのだ。子供でなくても、甘い飲みものが欲しいという人はおり選択肢の幅ができる。

 最後は軽食。

 ここで更なる提案が出た。
 米がない、ということだ。
 定食屋にしても喫茶店にしても、オムライスというものは大概置いてある。それに日本人のお年寄りは米が好きであり、パンやパスタだけでは味気ないと思うのではというのだ。それに、腹持ちがいいのは米だろうと。
 そこでだ、おにぎりを出すというのだ。
 お昼限定にして作り置きしておけば、その場で握る必要もなく完売したら今日はそれまでとすればいいのであるというのだ。

 コーヒーも紅茶も基本ストレートで出して、備え付けの砂糖又はシロップを自分で入れて調節して貰えばいいというのもに変更し、そうすることでおにぎりと一緒に食べやすくなるというのだ。
 おにぎりの種類はコスト面を考えて、塩おにぎり、醤油の焼きおにぎり、味噌の焼きおにぎり、とろろ昆布の味塩おにぎりでそれ以外は具材なしで海苔を巻いて食べやすくし、漬物をトッピングで付けるとした。

 ナポリタンはジビエをやってる店が知り合いであるということで、具材をジビエのソーセージに変更。地元で作ってるフレッシュチーズをトッピングするというのだ。

 サンドイッチは燻製屋をやってる店が秩父にありこれまた知り合いだというので、鳥か豚で選べるベーコンをカリっと焼き上げたものと、スライスチーズにレタスとトマトを入れて地元で売ってるマスタードソースを掛けたBCLTサンド、マヨネーズと牛乳とチーズを入れたふわふわトロトロ卵焼きサンドと、秩父で有名な味噌豚を豚カツにして揚げて刻みキャベツを挟んだ味噌カツサンドとなった。
 味噌カツは数量限定のテイクアウト限定として、作り置きにすれば弁当代わりになって良いというのだ。味噌豚自体に味が染み込んでいてソースもいらないし、揚げ物のしつこさをキャベツでさっぱりさせれば、カツサンドが流行ってるのだ、こっちも流行る可能性は高いというのだ。

 ホットドックのソーセージは、これも同じ店の豚か鳥か牛の燻製ソーセージを使って、シンプルにケチャップとマスタードのみ。シンプルな方が肉とパンの旨みが味わえ、これは仕込みだけして置いて、今はカリッともっちり焼けるトースターがあるのだ、注文されたら焼いて提供すればいい。

 これが、今日少しの間大夢に話を聞いて、雨月が出してきた提案だった。

 よくよく聞けば、小説家になる前はコンサルタントの仕事をしていたらしい。
 七海は人気作家の回転の速さの恐ろしさと、自分とさほど経験は変わらないはずのコンサルタントとしての提案という点で差がありすぎて、自分ではそこそこ仕事がこの分野ではできる方だと根底では思っていた節があって、仕事の話を聞くまでは少しばかり挫折を感じショックだった。
 ただ、これから町おこしをするのは自分であり、歳が近い人間に負けっぱなしではいられないという気持ちになって、心の火がメラメラと付いていつになくやる気になったのも?、この時であった。

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雨月そら
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