ジェラシー・コントロール
甘利実乃(あまりみの)
あまり長く論じるとキリがないので、簡単に書いておこうと思います。
人間、どんな人でもジェラシー(嫉妬)の感情を持ちます。
これはどうしようもないことです。いたって当たり前のことです。
もちろん、中には「私はジェラシーという感情を持ったことがない」という聖人君子のような人もいるかもしれませんが、それはそれで素晴らしいことでしょうが、「人間とは必ずジェラシーという感情を持つものである」ということは、一応理解しておいたほうが良いでしょう。
さて、ここからは、MtF(Male to Female)に限ったお話に移ります。
世の中にはたくさんのMtFがいます。戸籍上の性別変更をした人だけでも、MtF、FtM合わせてすでに1万人を超えています。中には、DSD(性分化疾患、Disorders of Sex Development、最近では、Differences of Sex Development)の人も混じっているでしょう(確定診断が下りていない人も多いのが現状)。私が無性(むせい)・中性状態で暮らしていて、どちらかと言えば戸籍通りの「男性」として外では振舞っていたように、DSDの人はひっそりと暮らしているものですが、2000年の頃にはDSD(これは特定の疾患を指すのではなく、性別の分化がうまくいかなかった状態をまとめて指す用語)の原因疾患は40に満たないほどでしたが、現在では100を超えます。これからも原因疾患が発見されて、その数は増えていくでしょう。
また、DSDでなくとも、もともとの顔の作りや様々な要因によって、無性的・中性的に見えるGID(今現在でもSRS《性別適合手術》を受けた場合の疾患名は【性同一性障害(GID)】と診断書に表記されるのでこう書いておきます)もいます。
やたらとくどくどと書いてしまいましたが、私が言いたいのは、MtFと言ってもいろいろな人がおり、中にはもともと女性に見られるようにするのが易しい人もいれば、そうでない人もいるということです。もちろん、メンタルの強い弱いもあります。また、形成手術により見た目を女性的に合わせている人もいますし、思春期やそれ以前から身体的治療(主にホルモン治療)を受けられたため、とても女性的に見える人もいるでしょう。
MtFで表に出てくる人の中には、やはり、見栄えの良い人が多いように思います。オープンにしてもそれほどまで生理的嫌悪感を抱かれにくいからでしょう。TVに出てくる人もそうですし、「ミスインターナショナルクイーン(Miss International Queen)」のような、国際大会に出てくるMtFの人たちは確かに美しいです。
私は、見栄えの良いMtFの人たちが表に出て、当事者のために道をつけたり、そうでなくても、自分のなんらかの自己実現に向けて頑張ること自体については、全く否定するつもりはありません。
しかしながら、これはTVなどの公共の場に出る場合だけではなく、例えば学校や会社などという狭い社会でも、同じことなのですが、「ジェラシー・コントロール」というものを知っていないと、実は大変なことになります。
冒頭に述べたように、人は必ずと言っても良いほど、ジェラシー(嫉妬)の感情を持ち合わせています。そして、もちろん、MtF当事者自身も同じように持ち合わせています。
そのことを知った上で、特にMtFは上手に生きていくことが、少なくとも現状の日本社会では自己防衛のためにも必要だと私は思います。
確かに、もともと無性・中性的だった人や、全くの男性にしか見えなかった人が、女性的になっていくことは、本人が希望することであれば、実に爽快で快感を伴うものです。
しかし、それをずっと続けてしまうと、実は日本社会の中では「普通」には生きていけません。「普通」であることを拒絶し、かつ、「他のMtF当事者など、『後は野となれ山となれ』」という心持ちで生きているのなら、もうどうしようもないのですが、結局は自分自身に災いが降りかかってきてしまいます。
では、どのようにして生きるのが、最も「最適化された」生き方なのでしょうか。無論、それは、MtF当事者個人個人で異なってくるのですが、
・社会的に見たジェンダー感から大幅に逸脱しないこと
・わざと負けてみせること(損して得取れ)
・女性からのジェラシーを避けること
・MtF当事者からのジェラシーを避けること
・自分自身のジェラシーをコントロールすること
・ジェラシー・コントロール失敗のリスク管理をすること
といったことが、実践的には必要かと思われます。
なぜ、ここまで気を使って生きなければいけないのかと反発心を覚える方もいるかもしれませんが、ジェラシー・コントロールをしなければならないのは、なにもMtFだけではありません。普通の人も上手に生きている人は、きちんとジェラシー・コントロールをおこなっています。日本社会においては、特に女性はそうだと思います。それをけしからぬことと言ってしまうのは簡単ですが、現実に私たちはこの世界を生き抜かなければなりません。しかも、できる限り幸せに生きていきたいのです。そのためには、少しばかりの生きる知恵が必要となります。
ネットの世界でも同じことが言えます。言動が炎上してしまったり、あるいは、たくさんのファンがつくような状態は、ジェラシー・コントロール上ではあまり成功しているとは言えないでしょう。もちろん、それを売りにしているのならそれはそれである意味、その人の自由ではあるのですが、MtF(あるいは、最近では「トランスジェンダー」)というカテゴリーで生きなければならない、ほかの人たちもいることは事実です。
さて、それではどうしたら、現実社会でなんとかジェラシー・コントロールをしながら生きていけるようになるのでしょうか。それはなかなか難しい課題です。あくまでもその人自身が属している中心世界があるわけですから、その周りの環境に適応していくことが必要になるでしょう。具体的には、観察に努めることです。そして、どこに境界線があるのかを見定めることです。ある程度は、実戦での試行錯誤が必要となってきますから、身につけるためには無傷では済まないでしょう。私も数々の失敗を経てきましたから。それでも完全にはジェラシー・コントロールはできません。他人のジェラシー、自分のジェラシー、両方のコントロールはなかなか難しいものです。それでも常に「カイゼン」をおこなっていくしかないでしょう。
これらのことをなんとか身につければ、かなりのことが達成できます。例えば、当たり前のように神社本庁に所属する神社の常勤女性職員(神社では性別は厳しく区別されます)として働いたり、女性日本語講師として働いたり(見つめ続けられる上、発声が避けられませんので、ハードルは高いのです)、保育士(全ての保育士から「許可」をもらって援軍になってもらう必要がありました)をしてみたり、女子寮の学生チューターとして働いたり(そもそも学籍が最初から希望の性別で一切の制限や「いらぬ配慮」がありません)、ほとんどなんでもできるでしょう。全て実際に私がしてきたことです。日本は性別での区分がまだまだ多いのが現状です。
ある大学の先生が私に20年くらい前に個人的に教えてくれたことですが、「美人には2種類あります。『きどった美人』と『きどらない美人』です。誰からも好かれるのは、圧倒的に『気取らない美人』です」と。ちなみにその先生も美人でした。ときどき、自分で掲げた「テーゼ」に反して、きどってしまうこともありました。そういう場合は、確かに敵が必ず出現して手痛い目にあっていました。「教えてくれた本人ですら、ジェラシー・コントロールはかくも難しいものか」と、傍目には思っていたのですが、少なくともご本人には、言葉通りの自戒の念があります。だから、厳しい世界を泳げているように見えます。
「美人」という言葉は、どんな言葉にも置き換えられます。要は、自分を客観的に観察し、その社会での立ち位置を修正していくということができれば良いわけです。
以上が、今回お話ししておきたかった「ジェラシー・コントロール」についての概略です。結局は皆様の頭の中に大きなクエスチョンマークを残しただけかもしれませんが、自分なりにジェラシー・コントロールというものを理解して実践していただければと思います。もちろん、コントロールしなくても良いのですが、老婆心から申し上げれば、やはりコントロールしながらも、MtFの後進に歩きやすい道を残していくのが良いのではないかと、私は考えます。
未だ「道なき道」は続きます。卑屈になる必要はありませんし、「戦い」を放棄する必要もありません。「プライド」は「鷹の爪」のように大切に持ちながらも、現世での幸福を、地道かつ現実的に追求していきましょう。
◎参考写真1:実際の女子寮階(東京外国語大学・国際交流会館3号館6階・留学生と日本人混在)はこのような感じです。傘の色はオシャレに興味がなくて無意識に選ばれているわけではないのです。もちろん、たまにですが、ピンク色の傘の人もいますけれどね。こんな日本はつまらないですか? レインボーフラッグをベランダに掲げている人もいますよ。これでも、日本社会の中でどう新しい道をつけていくか、皆、模索しているのではないでしょうか。
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◎参考写真2:私が昨日、Facebookにあげた近況写真です。当然ながら、意図があります。面倒臭いですか? せめてカワイイかなにかを追求したほうが良いでしょうか? 私にもそんな時期もありましたけれどね。
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2023年1月8日(日曜日)記