うどん屋A ~おだし3段活用の2段目|エッセイ(全文無料)
たとえば、うどん屋へ行った。
ある日、街でひとりで飲んでいた。この日は小さな小料理屋。カウンター10席もないくらいの、小さな店だった。ほかの客は皆常連らしく、全員でわいわい喋っていた。そのうち私もまざり始めた。隣のおじさんが食い道楽のようで、あれこれ教えてくれた。そのうちの一つがうどんだった。このあたりのうどんを食べるならまずはその店が王道というか、老舗で間違いないし、把握しやすいと思うよ、と。
さて、私は素直に従った。翌日、昼めしのために、すぐにそのうどん屋へ行ってみた。老舗ということだったが、観光客も多そうな雰囲気。メニューには一押しらしき、きつねうどんと親子丼のセットがあったので、それを注文した。
出てきたら、れんげがついていない。
つゆを飲みたいんだけどなあ。
器を持って飲むことにした。熱くて飲みにくいのをふうふうしながら、やけどをしないように注意深く飲む。うどんをすする。またつゆを飲む。
味が薄い、というよりは、塩気がずいぶんと遠い。とてつもなく遠い…これがこのあたりのうどんなのか。私の軽い二日酔いがいかんのか。
いや、親子丼は味が薄いことはない。おいしい。
あげも、ひと味違った甘いのについていて、おいしい。
うどんのつゆだけが、遠い…あまりに遠い。よっぽど目をこらさないと見えないくらいに、遠く、遠くの方に塩気が見えているようだった。
食べ終わって、不思議な感じがした。
おいしいのはおいしかった。
なんだか、置いていかれたような気持ちがした。
くやしいので、翌日、また同じ店に行って、同じきつねと親子丼のセットを食べた。今度は、あ、れんげを下さい。
この日はもう少し近くに塩気があった。いや、もう、すぐ目の前に来ていた。私の二日酔いの程度も前日と同じくらいだったから、体調のために塩気が近くに現れたということでもなさそうだった。夢を見ているのかずっと。
この時の印象は本当につかみどころがないというか、幻想的とすらいえるようだった。
きつねにつままれたような。
きつねだけに。
以来この店に何度か行ったが、このような不思議なことは起こらず、いつでもおいしいうどんだった。
変なの。
おだしの旅は続く。今日はこれまで。
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