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このはな綺譚 第44話のネームが出来るまで。
ストーリーの作り方・ネームの直し方が分からないという相談を受けるので、「このはな綺譚」第44話のネームがどういう手順で作られて(直されて)いるのかを、参考までに書き記してみます。
第44話は「このはな綺譚」⑩巻に収録されていますので、ご一読ください。
(※以下、ネタバレを含みます。)
【ノルマを決める】
今回は新章1回目なので、クリアすべきノルマは以下の通り…
①「高天原鉄道」がどういった物かの説明
②新キャラの車掌「猿田」の紹介
③此花亭を出た皐と柚の方針
この3つのノルマだけ守れば、あとは自由です。
【テーマを決める】
線路に分岐があるように、人生にも分かれ道がある。
列車の旅なので、線路と人生をかけてみました。
ちなみに、テーマはネームを描いてる最中に変更する事も多いので、とりあえずの指針ですね。
【キャラを動かしてみる】
「ストーリーは作る物ではなく、キャラが動いた結果がストーリーになる。」という考えなので思いつくまま行動させてみます。
とりあえず柚が「本当に自分は此花亭を出て来て良かったのか?皐の迷惑ではないのか?」と思い悩み、皐の役に立とうとする姿を想像してみます。
柚が悩んでるだけで面白くない
そもそもおまえ、此花亭出る時散々悩んだろう!これで「わたしは付いて来てよかったんだ!」というオチがついても、別にカタルシスもないのでボツ。
あと、モノローグ進行はなるべく避けます。キャラが一人で思い悩むよりも、キャラ同士のコミュニケーションで問題を解決する方が、ドラマになるからです。
しかし皐が全く動かないので、トリックスターとして「旅する謎のお客」を出して、柚と皐に「人生という旅の面白さ」を説いてみます。
主人公 柚&皐の存在感ゼロ。
今回は、新キャラ「猿田」も出さなきゃいけないのに、存在感あるお客まで出すと軸が増え過ぎます。読み切り形式の漫画の場合、軸は1つか2つに絞らないとゴチャゴチャします。
そこで、「柚&皐」「車掌と鉄道」の2軸にすればスッキリするはず…
ここはカウンセリング室か。
会話で済むなら電話相談室でええやん…というわけでこれもボツ。
モノローグ進行と同じく、二人で延々喋る会話劇もなるべく避けます。
特にこの二つは編集者が大変嫌がるので、投稿者は避けると無難です。
勿論、絶対NGというわけではありません。「DEATH NOTE」のような心理戦ならモローグが生きるし、会話劇でも演出やカメラアングルで面白く見せる事は可能ですがテクニックが必要です。
例えば、喫茶店を舞台にしたコントを想像してみてください。
延々二人で会話だけしているなら「その舞台必要?漫才で良くない?」と思えませんか?
折角「漫画」という絵のある世界なので、舞台を活かした動きやドラマがある方が、見た目も楽しいです。
…さて、話を戻します。
ネームに行き詰まりました。こうなると、発想を変えるしかない。「柚たちが初めて列車に乗った感動はどんな物だろう?」と思い、夏休みの激混みな京都鉄道博物館までSLに乗りに行きます。
走行距離500mじゃあ、疾走感も何もない。
ただ、警笛の音が「まるで獣の遠吠えみたいだなぁ」と感じたので、冒頭はそれで決まり。取材の甲斐はあった!
じゃあSLの感想は置いといて、柚たちは外の世界でどう立ちまわるだろう?相手が同じ乗客でも、仲居らしく助けてしまうに違いない。想像するととても可愛いです。
ここから、大荷物を担いだ老婆のキャラが生まれます。
一度ボツにした猿田と皐のカウンセリングの内容も、老婆相手なら印象が変わる。この老婆の旅を通して高天原鉄道がどういう物かの説明も出来る。
皐の存在を立て、鉄道の存在も立てる、いいサブキャラです。
では、この老婆は何者か?
柚たちとの距離を詰めるため、この老婆が此花亭のお客であるという設定が出来ました。…という事は、亡くなる予定の方です。
今日が命日になる人が、わざわざ鉄道に乗って何処へ行くのか?
日本では無い、異国の天国?では何故、異国の天国に行く必要があるのか?夫が日本に帰れず、その地で眠っているからでは…?
「ビルマの竪琴」!
なるほど!旦那さんはビルマで戦死して水島に供養されたんだ!(※水島は実在しません、多分。)
まるで完成したような浮かれっぷりですが、役者と設定が決まっただけで、何も終わっていません。
【物語の流れを決める】
老婆が皐の悩みを聞く
↓
テーマである「線路の分岐と人生」についてのカタルシス
↓
老婆が旦那さんの元へ行く
↓
END
ルートは決まったので、これを唐突じゃ無く、自然に展開させていきます。
・この後の皐と老婆の会話に備えて、柚を眠らせておきます。
・毛布を荷物から出す事で、老婆の大荷物に話をふります。
・先に老婆が身の上話をする事で、皐も自分の事を喋りやすい空気にします。
↑スラスラ展開を思いついてるように見えるでしょうが、どうすれば自然に「皐の悩みを聞く」状況に持って行けるか、トライ&エラーを繰り返しています。
ストーリーを作るのは、ちょうど今回の「線路の分岐」の話に似ています。
人生で「選ばなかった路の先は分からない」けれど、漫画なら分かります。
「こっちじゃない」と思ったら引き返し、また別の分岐に進めばいいのです。ネームではこれを何十回と繰り返します。
【ネームを描く】
先に述べた通り「分岐を何十回と繰り返す」ので、いちいち絵は描きません。とりあえずこんな感じ↓で台詞だけ入れてます。
元々、脳内では絵付きで想像しているので、メモ代わりに台詞を書いておけば、絵は大体浮かびます。(覚え描き程度に絵を入れる事もあります。)
具体的にいい台詞が浮かばない時は「※ココ、老婆のイイ台詞」とメモだけ書いて進めます。文字だけネームでも最後まで書ききれば、あとは細部を詰めるだけです。
枠線と絵を入れ、台詞を吟味して完成です。
今回は着想から完成まで一ヶ月ほど掛かりました。
【物語(ネーム)の作り方に正解は無い】
このはな44話は、以上の手順で作られていますが、毎回この通りに作っているわけではありません。
例えば「あたしは人間に向いてない!」という台詞ひとつから話を膨らませて行ったり、「少年の正体は実は犬」という設定から、じゃあどんな犬で誰と暮らしているのか?ご主人とはどんな経緯で出逢ったのかを考えて話が出来たりもします。
なので、ここに書いた事は「こういう発想もある」という選択肢のひとつだと思ってください。
物語の作り方は自由です。作者はその世界ではなんでも出来る神なので、皆さんも楽しく世界を創造してください。
天乃咲哉