セナのCA見聞録 Vol.20 No.1 キャプテンに脱帽
ロサンゼルスから戻ってきました。
太平洋を半日近くかけて横断してきたジャンボジェット、ボーイング747―400型機は無事成田空港に着陸し、ぐんぐん速度を落としながら滑走路を離れると、じきに搭乗口へ向かってマーシャルの誘導に従い、ゆっくりとタキシング(地上移動)を始めます。
飛行機が搭乗口に横付けされ機体が完全に停止し、シートベルト着用のサインが消されると、諸電源装置などをオフにしてほどなくパイロットの仕事は終わります。
私達CAは最後のお客様が降りられるまで機内に残ってお見送りをし、それから各自の荷物を取り揃え、冬場ならコートなどを着て、かなり乱れた機内を後にします。この頃にはたいてい機内食のカートの運び出しや機内の清掃の職員が、急げ急げといわんばかりに私達と入れ替わりに機内へわさわさと乗り込んできます。
一方でパイロットは、乗客が身の回り品を整え機内を降り始める頃には、自分達の荷物を既に取り揃え、ジャケットを着て帽子をかぶり、順次先に降りる乗客に混じって早々に飛行機を降りていきます。パイロットとはこういうものだと理解していた私は、この日とても驚きました。
この便の機長、キャプテン ウィルソン氏は、白髪交じりの長身で細身に角刈りのちょっと高級軍人ぽい雰囲気のある白人男性でした。物腰がやわらかで思慮深そうな目をしている60代らしきジェントルマンタイプ。彼は自分の手荷物をもって二階のコックピットからファーストクラスまで降りてきたところで一旦その荷物を床に置き、チーフパーサーを始めとするCA達に、「この便はいいフライトだったかい? 特に問題はなかったか?」とにこやかに質問をしたり、引き続き降りていく乗客にドア脇に立って「Good bye」「Take care.」と声をかけて見送りをしたりと、今までにみたことのない礼儀正しさを備えていました。
制服姿のキャプテンが、丁寧に乗客にお別れの挨拶をしている機内は、まぎれもなく、最高級のサービスを提供していました。
ロングフライトを終えようとしている機内は、くたくたに疲れた乗客乗員の醸し出す、一種たるんだ雰囲気に包まれることが多い中、この日は全く違って見えました。
キャプテン ウィルソン氏を取り巻くオーラは、そんな士気の下がった感じを一気に格上げし、搭乗するときと同じく新鮮で、またキャプテン 独特の信頼できそうな安心感と、ひきしまった緊張感が物を言わずともハイクラスな空気を醸し出していました。
エコノミークラスから小さな子供をつれた若いお母さんが、ベビーカーを押しながら、「どうもお世話になりました。」と頭をぺこっと下げ、足早に飛行機を降り、ようやく乗客全員がいなくなっても、まだキャプテン ウィルソンはファーストクラスに残っていました。
ちょっと不思議に思った私は、降りる準備の整ったところで、「キャプテンはまだ降りられないのですか?」と帰り際に質問をすると、「どうぞ、お先に。僕は最後に降りるから。」と言いました。それではと先に出て行くCAたちに、「おつかれ様。ゆっくり休んで楽しいレイオーバー(フライト先での滞在時間、宿泊のこと)を。」と声をかけていました。
私はなんとなくこのキャプテンのことが気にかかったので、ドアを出たところでキャプテンが降りるまで待ちながらなんとなく彼の様子をみていると、CA全員が降りたところで、顔を左右に短く動かし機内をぐるっと見回した後、かばんに手を伸ばしフライトバックを持ち上げると、ドアの上の部分に頭がぶつからないように少し前かがみになって静かに機体を出てきました。
「なんという責任感とプロフェッショナリズムを備えた方だろう。」
私は痛く感動しました。
このキャプテンは、きっと毎回こうして自分が操縦する飛行機が仕事を最後まで無事完結するところを自分の目で確認してから、最後に機内を降りているに違いありません。部下、同僚に優しく節度があり、きちっとした仕事をすることを自らの誇りとしているに違いないのです。
仕事を終えたら家に、ホテルにと一目散に帰ることで頭が一杯になる自分が、別に叱られたわけでもないのにとっても恥ずかしくなりました。
キャプテン ウィルソンはジェットウェイでまだドア口に居残っている私を目に留めると、軽い会釈をして空港内へと歩いていきました。私はその後ろ姿を見ながら自然に頭を下げていました。
その後、彼のように振舞うキャプテンには出会ったことはありませんが、間違いなく彼は私の記憶に深く刻まれた賞賛に値する素晴らしい人となりました。
キャプテン ウィルソン、私はあなたにすっかり脱帽してしまいました。