セナのCA見聞録 Vol.54 ヨーロッパのびっくりバカンス その3
私はあまりに唐突な話にびっくりし、しばし言葉を失ってしまいました。
彼は更に、「僕は自分のスケジュールはもう手帳に書き移してあるから、この会社からのスケジュール表は君にあげるよ。これが僕がニースで泊まるレイオーバーホテルの電話番号。もしその気になったら連絡をして下さい。私の名前はニコラス。ニコラス・ウベール。」と、1ヶ月分のフライトスケジュールの詰まっている一枚の紙を私に手渡して名前を名乗りました。
私が少し興奮気味に、「え、ムシューはパイロットなんですか? 私はスチュワーデスなんですよ。」と言うと、彼もまた驚いたようでした。
「そうなの?どこの?」
と互いに航空会社の身分証を見せ合いながら、改めて自己紹介をしました。
不思議なもので、同じ航空業界でクルー同士だと知ると、それだけで親しみが湧くものです。
”ポーからニースまで僕のフリーチケットでパリ経由で連れて行ってあげるよ”という、見ず知らずの人からの、あまりにも信じがたい話。
私は即決ではなく、誰かに相談してから決めたいという思いがあったので、
「ご親切な申し出、ありがとうございます。できれば日が暮れる前にニースに到着したいので、他の行き方もこれから調べてみます。それでもどうしても上手くいかない場合には、ご連絡さしあげてもよろしいですか?」
と伝えました。
「もちろん、どうするかは君が決めることだから。」と快く受け合って下さいました。
飛行機は無事ポー空港に到着。
私は到着ロビーで待っていてくれたソフィーのお母さんカミーユと初めて出会い、そしてムシュー・ウベールとはそこで会釈をして別れました。
「初めまして。カミーユさんですね。セナです。お会いできて光栄です。」
「よく来てくれたわね。ソフィーと毎日電話で話して、あなたが到着するのを二人で楽しみにしてたわよ。」
カミーユはフランス語の先生で、英語はあまり話さないので、私の拙いフランス語と彼女の知ってる英語とで頑張っての会話のやりとり。
にも関わらず、ついさっき私は機内で起こった信じられないオファーについて彼女に話さずにはいられず、車に乗るなり
「カミーユ、このフライト中に何があったと思う?すごいことがあったんだけど。聞いてくれる?」と一部始終を話しました。
彼女は聴き終えると
「すごいわねえ、信じられない。」
と目を大きく見開きながらとても驚いていました。
「そのパイロットって、さっき到着ロビーで会釈していたムシューでしょ。私もちゃんと顔を見たから、誘拐されても犯人は探せるわよ。」
「ちょっと~。ふざけないで下さいよ。誘拐だなんて。」
「ごめん、ごめん、冗談よ。でもエアフランスのスケジュール表まで渡してくれたのなら、信頼はできると思うけどね。」
翌日は朝から旅行代理店、航空会社、駅等をあちこち回ってポーからニースへ行く交通手段を調べました。
が、結果はどれも好ましくありませんでした。
全部電車で行く。🚆🚆🚆
一部電車、一部飛行機で行く 🚆🛫
全部飛行機で行く 🛫🛫🛫
等、考えられる全ての行き方、手段で調べてみましたが、接続時間、待ち時間、駅から空港への移動手段、価格のいずれかがネックとなるのでした。
親切なカミーユは朝からずっと付き合ってくれて、市内の旅行代理店から、駅から、一緒に行って窓口の人に私に代わって質問してくれました。
最後の問い合わせに出向いた国鉄ポー駅。大層立派な白煉瓦の大きな建造物で、瀟洒な外観がパッと見デパートみたいです。中に入って列に並んで順番待ちをしていると、私の二人前のところで、窓口担当者が席を立って、いなくなってしまいました。
「12時になった。お昼休みよ。」
「え、だってまだあと5、6人いるよ。」
「日本人からしたら不思議に映るでしょう。ここはお客様サービスより個人の休息の方が大事だから。。2時間後にまた戻ってきましょう」
「2時間後?」
「お昼休みは2時間だから」
😲
家に帰ってお昼ご飯を食べ、ちょっと軽い昼寝を勧められ、横になりました。
再度出直して、駅の窓口でニースまでの時間表や行き方、到着時間を調べてもらうと、31日中の到着は難しいとのことでした。
溜息をつきながら駐車場へ向かうなか、カミーユは
「あのフライトで、ムシュー・ウベールが隣に座って、セナに助けの手を差し伸べたのは奇跡のような話だけど、きっとあなたを助けるべくして現れた人なのよ。これは最初から申し出を受けることになっていたっ、てことに違いないわ。」ムシューの申し出を受けることを私に勧めました。
私もこの時にはそうしてみようかな、という気がしてきていました。
問題発生と同時に解決策が瞬時にそこに出現するなんて、本当に信じられないようなことですが、なんとなく背後に守られているから安心して大丈夫だよ、というメッセージをどこからともなく感じとっていたのも事実でした。
これはシンクロニシティに違いないと。。。
そう俯瞰している自分もどこかにいました。
カミーユの家に戻ると、私はムシュー・ウベールから渡されたスケジュール表にペンで下線の引かれたホテルに電話をかけることにしました。
今日いろいろ調べてみたんですが結局うんぬん、という込み入った話をフランス語で説明することは私には到底できないので、カミーユに
「お願い。私の変わりにかけて事情を説明してもらえる?」と頼みこむと、
「もちろん、いいわよ。」と潔く引き受けてくれたものの、彼女も私と結構緊張した面持ちで受話器を握っていました。
それはそう。無理もありません。全く面識のない赤の他人に電話するのですから。
ホテルのオペレーターが彼の部屋につなぐと、運良くムシュー・ウベールは部屋にいました。
カミーユは
「私はセナの友人カミーユと申しまして、昨日機内で、ムシューがセナにお話されたニース行きフライトの件でお電話させて頂いているのですが。実は今日云々~、」
と、ほれぼれするほど丁寧なフランス語で、電話をかけるに至った経緯を説明してくれました。
キッチンにある電話の脇で私は固唾を吞んで、会話を見守っていました。
カミーユの話を聞き終えたムシュー ウベールは淡々と
「では、あさっての夕方ホテルRに5時半でどうですか。一緒に夕飯を食べてから行きましょう。飛行機は7時45分に出発ですから、その前にセナさんと食事を。」と提案しました。
私が隣でうなずいて同意すると、カミーユは
「私が責任を持って連れて行きますのでどうぞご安心を。ではその時にお会い致しましょう。」と約束して電話を切りました。
「いや~、どうしよう。どうしよう。OKしちゃった。本当にこんなこと実現しちゃうの?」
と頬を両手で挟みながら興奮する私を見ながら、カミーユは電話を切った後、緊張がほぐれてフーっとため息をついていました。そして
「さ、決まったわよ、セナ。」とわりきりました。