セナのCA見聞録 Vol.37 試される記憶力
例えばメインの食事サービスの後、ギャレーの中の汚れたミールカートを、機内後方にある朝食の入ったミールカートと交換する仕事をしているとします。
これは毎回必ずするにやらなければいけない仕事。たいていカートの交換作業は、チームワークで行い、キャビン中央にあるギャレーでは機内後方に送る使用済みミールカートを通路に出す準備をし、別のCAが機内の一番後ろにあるギャレーに向かって歩いて行って、きれいなミールカートを持って戻ってくる、という具合です。
ギャレーの中はとても狭いので、この作業はできるだけさっさと片付けて、もとの歩いたり働いたりするスペースをできるだけ早く確保したいもの。
私は重たいミールカートを力を入れて押しながらギャレーのカーテンをめくって機内後方に向かって通路を歩きだします。
ギャレーを出て5列ほど行くと、お客様から「すいません。オレンジジュースをいただけますか?」と頼まれました。私は「はい、申し訳ございませんが少々お待ちいただけますか。後ほどすぐにお持ちいたします。」と言って座席番号を目で確認し、記憶にとどめます。
更に3列ほど進むと、「すみません、お水をもらえますか?」とまた頼まれました。同じように「少々お待ち下さいませ。後ほどすぐにお持ちいたします。」と両手でカートを押しながら再び座席番号を記憶します。
また数列ほど行くと、「すいませ~ん。このビールもう一本持ってきてくれる?」と手を挙げて空の缶ビールを見せながら注文をされるお客様に、「はい、恐れ入りますが少々お待ちいただけますか。後ほどすぐにお持ちいたします。」と答えます。
機内後方のギャレーに到着し、ミールカートの入れ替え作業を終えて、今度は朝食の入ったカートを押しながら元のギャレーへ戻る途中も、
「ちょっとすいません、枕もらえる?」とか、
「ウイスキーの水割り二つとおつまみ頂戴。」
など更に声をかけるお客様が絶えません。
ようやくギャレーにたどり着いたときには、
「えーっと、最初の三つは覚えてるけど、あとの二つは忘れちゃった。何だったけ?」
または、「頼まれた物は覚えいてるけど、座席がどこだったか忘れちゃった。」
というのは誰もが経験すること
もちろん、たまには非常ドア脇のインターフォンを使ってギャレーにいるCAに今承った注文を伝えて、持って行ってもらうようにお願いすることもあるし、ちゃんとボールペンで紙にメモすることもあります。
しかしながら、何か別の仕事をしている時に入ってくる注文で、手元に紙を切らしているときなどというのは、記憶力に挑戦されているようなもの。
この何百人の乗客を相手にするお仕事にたずさわっていながら二つ、三つしか注文が覚えられないようでは情けないではありませんか。
実際、通路を行って帰って15分くらい経った後でも、頼まれた物を全て覚えていて、ちゃんとお持ちすることができたときには、我ながら密かによくできたとちょっと誇りに思ったりするのです。
時には口に出して「今日は頼まれた物全部覚えてた。」とギャレーに戻って同僚に自慢?(というほどでもありませんが)するなんていうこともあります。
覚えたはずなのに、思い出せない頼まれ物というのはすっきりしないもの。
そういう思い出せそうで思い出せない物は到着後、空港内を歩いているときや、その晩、家でくつろいでいるときなどに、ふっと「あ~、32のAの方に頼まれたコーヒー持っていくの忘れちゃった。悪いことをしたな。」と思い出すのですが、時既に遅し。どうしようもありません。
毎回試される記憶力。。。
試されているといえば、仕事ぶり全般にもいえます。
CAの仕事は、よい仕事をしたかどうかの物差しは、お客様の判断にゆだねられるところが非常に大きいものです。
数字などのデータで良し悪しを測ることはなかなか難しいでしょうが、目にはっきりと見える、”お客様からの笑顔や感謝”を頂くことで人様のお役にたてたという満たされる喜びの気持ちを得られるのは、この仕事の良さであると思います。
コールボタンが鳴って用を承りに出向いたあと、真っ直ぐギャレーへ戻っても良し。
他に何かを必要としていそうな人はいないだろうか、とキャビンを見渡しながら、「コーヒーのおかわりお持ちいたしましょうか、それともお下げいたしましょうか。」と空になったコーヒーカップがテーブルに残ったままのお客様に声をかけることはもっとよろしい。
全ては自分の気配り次第。少しくらい心配りが欠けてしまったとしてもそれをその場で咎める人はいません。
自分の仕事の基準をどれくらいに設定するかは毎回自分が決めるもの。
人は誰でもちょっと気にかけてもらえるだけで、ものすごく驚いて喜んだりすることがあります。そんな大げさなと思われるかもしれませんが、私はそうは思いません。人を〝認める〟ということはとても重要だと信じています。
そこで私は何百人もの乗客全員に気を配ることは無理にしても、一回のフライトで三人、四人という可能な範囲で目を合わせて言葉を交わすことを心がけるようにしています。
特に小さな子供や、お年を召された方の一人旅行などには、こちらから声をかけることを心がけています。
「僕、何歳?」とか、「どちらまで行かれるんですか?」など搭乗中の早い段階で一言お声がけしておくだけで、そこに接点が生まれ、その後のフライトに好ましい空気をかもしだすなどというのはよくあることです。
どの職業についてもいえるのでしょうが、自分の生き様はもろに仕事に反映されます。仕事をしていれば様々な状況で頻繁に「どうしよう。」という場面に遭遇するものです。そのときどきにおいて自分の選ぶ選択のひとつひとつが常に己に対する挑戦ともいえるでしょう。「やめておく」と引き下がるのも、「よしっ。」と向かっていくのも、いつも自分で決めていかなくてはならなりません。
何を選択し、どう生きるかは常に試されているのです。