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セナのCA見聞録 Vol.55 ヨーロッパのびっくりバカンス その4

翌日は、夕方5時まで時間があったので、カミーユがピレネー山脈のハイキングに連れて行ってくれました。

彼女の家から45分くらいのところに、ルルド(Lourdes) というカトリック教徒にとっての聖地がありました。ここにあるルルドの泉から湧き出る水は奇跡の聖水と呼ばれ、不治の病をも治すと世界中から病を患った人が訪れるのだそうです。そばを車で走ってくれましたが、大型観光バスが何台も停まっていました。

そしてピレネー山脈の渓流ポー川からちょっと入った場所に車を停め、リュックにサンドイッチとお水、スイーツを入れてハイキングに出発。

なだらかなハイキングコースは散策にはもってこい。最初からずっと見晴らしがよく、風光明媚なことこの上ありません。

1時間ほど歩いていると、比較的若いフランス人カップルと意気投合し、一緒に歩くことにしました。男性の方が、コメディアンみたいで、フランスの有名人のモノマネを何人も披露してくれて、カミーユは大爆笑。私はもちろんモノマネされている人物は知る由もありませんが、彼のお笑い芸人ぶりは十分伝わって、陽気なカップルと陽気な天気の両方に照らされて、ピレネー山脈の景色を満喫しました。

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さて、夕方になりました。

私は手土産にワインとチョコレートを用意してドキドキしながらカミーユの運転する車でRホテルへ向かいました。

ムシュー・ウベールは時間通りにロビーに現れ、暖かく向かえて下さいました。

3日前に初めて出会った見ず知らずの人との再会に私はかなり固くなっていました。送ってくれたカミーユとは、

「必ず明日の朝ニースから電話します。本当に色々とどうもありがとうございました。」

と言ってとしっかり抱き合って別れました。

ホテルのレストランはガラガラでひとりの客もいませんでした。

ムシュー・ウベールと私は窓際の二人席に座り、広々としたレストランで二人きりで食事を始めました。食べるものを決めたあと、私達は私の今回のヨーロッパ訪問の目的や、お互いの仕事のについていろいろな話をしました。

私が英語で話すと、ムシュー・ウベールはフランス語で返し、彼がフランス語で話すと、私はそれに対して英語で答える。

といったかなり苦戦しながらの会話でしたが、どうにか意思疎通はとることはできました。

フランス入りしてから3日、毎日朝から晩までフランス語づけで、私のわずかなフランス語の基礎知識をフル回転させ通しです。ですが、3日目になると、耳はだいぶ慣れて、だいたい理解しているのが不思議です。

白身魚のフライのメインコースを食べているときに、ムシュー・ウベールは

「セナ。あなたはとても運がいいよ。飛行機のコックピットに乗ってみたいという人は多いからね。私は自分の飛ぶフライトにはたいてい誰かを乗せてあげることが多いんだ。前回のフライトには家内を連れてきたし、次回のフライトにはいとこの友人を載せることになっている。今日はたまたま珍しく誰も知人を乗せる人がいない日っていうフライトなんだよ。僕があげられるのはジャンプシート一席分だけだからね。運がいいっていう意味がわかったかい?」と言いました。

「そうなんですか? それは本当にラッキーとしか言いようがないですよね。私、いまだに今自分に起こっていることが信じられなくて。見ず知らずの方にこれからニースまで運んでいただくなんて。しかも貨物飛行機のコックピットのジャンプシートで。郵便物のカーゴフライトに人間お荷物が載っても大丈夫なんですか?通常の郵便小包と違って私生きてるんですけど。」

と我が身に起こったドラマのような展開に内心かなり緊張しながらも、努めて明るい会話を心がけました。

デザートの後、

「あの〜、今日はこれからお世話になりますので、せめてお食事代だけでも私に払わせて下さい。」とハンドバックを開けながらムシュー・ウベールにお願いすると、

「いいよ、いいよ。」と手を振って遮られました。

それでも、これだけは払わせて頂かないと困ると主張すると、戻ってきた返事に私はすっかり参ってしまいました。彼は何と言ったと思います? 

「avec ton sourire.」

=「では、君の笑顔で。」

さすがフランス人。

会話がしゃれすぎている。

あなたの笑顔で支払って下さいとは……

私は一瞬きょとんとした後、思わずクックとその場で口を押さえて笑ってしまいました。

6時半に副操縦士クロードが彼女を連れてやってきました。二人とも私と同じ30歳前後に見うけられる、長身で痩せた見栄えのいいカップルでした。簡単に名前を紹介しあい、四人揃ったところで車に乗り込み空港へと向かいました。

どうやらパイロットは滞在先ではレンタカーを利用するシステムになっているようで、副操縦士のクロードが自ら運転をしていました。

飛行機に乗るときはターミナルビルでチェックインをし、搭乗券をもらってゲートへ進むものと体が覚えてしまっている私には、今回は完全に見当がつきません。

どうやって、どこから空港の敷地に入るのか。あぜ道のような細い田舎道をガタガタと揺られながら空港に沿って張り巡らされているフェンス脇をしばらく走り、関係者専用の出入り口から直接空港の中へ入り、直に飛行機までレンタカーで乗り付ける、ということは不思議な気がしてなりませんでした。クロードがハンガー脇に車を停めると、私達はまるで車からバスにでも乗りかえるかのように飛行機へと移動しました。

コックピットにはパイロット用に席が二つ、そしてその後ろにジャンプシート(折りたたみ式の補助椅子)が二席ありました。このジャンプシートにはパイロットが持っている特権でジャンプシート利用券のようなチケットに自分のフライトに同乗させる人の名前を書いて、本人の署名をして会社へ提出すれば乗せることができるというもの。

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私はムシュー・ウベールからチケットを渡されると早速自分の名前を書き込みました。この便は航空貨物便なので、当然ながら乗客は一人も乗りません。通常座席になっている部分はフレームがむき出しの伽藍堂になっていて、そこへ次から次へと容器に入れられた郵便物が積み込まれていきました。

ムシュー・ウベールとクロードが飛行前の機体チェックをしていると、何か問題が見つかったとのこと。それを修理してから出発することになったので、離陸は予定より一時間以上遅れてしまいました。

整備士が来るのを待つ間、副操縦士のクロードと彼女はコックピットのすぐ後ろのコーヒーメーカーのある場所でそれはまあ仲良く大胆にじゃれあっていて、私はこういう姿になんというか、フランス人ぽさをプンプン感じました。

修理が始まると、その間、私は副操縦士の彼女と一緒に飛行機の翼に乗って写真をとったり、空港からの夕焼けを見たり、近くで行われている空軍の演習を眺めたりしながら修理が終わるのを待ちました。

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