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セナのCA見聞録 Vol.33 ファンタジーフライト 前編
10月のある日。
会社のボランティア活動の一環として、ファンタジーフライトというイベントが行われました。
日常の生活で、空港や飛行機に触れる機会の少ない子供たちに実際に飛行機に乗ってもらい、一緒に楽しもうというイベントです。
対象には、様々な理由から両親と一緒に住むことができず、児童養護施設で生活している子供たちが選ばれました。
〝ファンタジーフライトに参加してもらえるボランティアCA募集〟"
と社内通知が届いたその日、私は「喜んで!」とすぐに飛びつきました。
このイベントには17名のCAの他に二人のパイロット、更に20名近い地上職員がボランティア参加しました。
当日は素晴らしい秋晴れで、早朝7時の集合にも関わらず、参加者は皆元気よく時間前に集りました。前の晩には一緒に参加する同期の子が三人も私の成田のアパートに前泊していました。何百人もいるCAの中から、こういうボランティアに積極的に参加したのは4分の1が私たちのチームから。似た者同士が集まっているようです。
私たちは朝から遠足を待つ子供のようにわくわくした気持ちに沸き立っていました。空港へ到着してからも参加者みんなから、「今日はとっても楽しいファンタジーフライトにしようね。」といったとてもポジティブな言葉が誰ともなしに口々に交差し、その場には溢れるような明るい活力がビシビシと感じられました。
千葉県内の二つの施設から集まった70名の子供たちとその付き添い職員は、地上係り員に連れられて、7時45分から搭乗してくることになっていました。
ジャンボジェット機、ボーイング747型機が今日の主役です。といっても飛行機は口を開いて何かをしゃべるわけではないのですが、やっぱり今日こうして子供達を乗せることを私たち同様に楽しみにしているのではないかという気が私にはしていました。
機内では、マクドナルドのハッピーセットを箱詰めした朝食セットが外注で準備されており、私たちはオレンジジュースやりんごジュース、ミルクなどの飲み物をギャレーで用意し、子供たちが搭乗してくるのを待ちました。
「おはようございます。」付き添いの職員たちに手を引かれながら子供たちの搭乗が始まりました。
二歳児から中学生まで年齢の様々な子供たちが、ある子は「わあ、本物の飛行機だあ!」と興奮し、ある子は控えめにうつむきがちに次から次へと機内へ入ってきました。
私たちは出来る限りの笑顔と親しみをもって子供達を迎え、座席へと案内し、シートベルトを締めて座る手助けをしました。
全員が着席すると、チーフパーサーが「みなさ~ん、おはようございます。元気ですか? 今日はファンタジーフライトへようこそ。シートベルトはしっかりと締めていますか? これから通路に立っているお兄さん、お姉さん達が出発前の安全に関するご案内を致します。しっかり注目して下さいね。」と弾んだ明るい声でアナウンスを流しました。
私たちは通路に立って離陸前に行う安全設備に関する案内をデモンストレーションしました。シートベルトのつけ方とはずし方、救命胴衣の着用の仕方、酸素マスクのつけ方など一連の流れを終えると、自分の担当通路の子供たち一人一人が正しくシートベルトを着用しているか、座席の背もたれはまっすぐになっているかなどを確認しました。シートベルトがゆるゆるの子どもには「もうちょっときつく締めようね。」とベルトを手に取り、しっかりとしめ直しりしました。
「ただ今より飛行機が搭乗口を離れ、移動を開始し致します。」というアナウンスが流れて、まもなく飛行機がゆっくりと動き出すと、座席の一部から「ああ、動いた!」という歓声が聞こえました。
残念ながら当局から実際に空を飛ぶ離陸の許可までは取得することができなかったので、空港の端の方まで移動して、そこからまた搭乗口まで戻ってくるだけという少しものたりない形でしたが、こればかりは致し方ありませんでした。
飛行機が停止すると、早速私たちは食事のサービスを始めまし「はい、どうぞ。お飲み物は何がいいかな。」と、通路で食事を配るCAの顔には優しい笑顔があふれていました。
食事が一通り終わると、機内を自由に見学してもらいました。私は参加者の中で一番小さい男の子に歩み寄りました。「ぼくいくつ?」と聞くと、彼は何も答えませんでした。隣に座っていた若い付き添いの女性が「二歳です。」と代わりに応えました。私は「だっこしてもいいですか?」と付き添いの方に許可をもらい、そのやわらかい体を持ち上げました。名前はM君だと教りました。「M君、どこに行きたい?」と聞くと、あっちと窓の外を指すので、非常口の窓から外にたくさん見える飛行機を一緒に見ました。
(後篇に続く)