番外編の番外編「兄貴はどこかで名探偵」(後編)
前編はこちら
番外編本当の本当に最終話。超絶書きたい放題に書いた話です。(今回の文章量:文庫見開き強)
「世界観?」
意味がわからず復唱する俺には答えず、兄貴は問う。
「あの一族を襲った惨劇以外で、僕が解決した事件の内容は聞いた?」
フレイム事件は、女性の死体を燃やす連続殺人鬼の奇妙すぎる動機を解き明かした事件。ステルス事件は、透明人間になれるスーツをつくっている研究所に乗り込み、殺人を繰り返す犯人を捕まえた事件──という聞いたとおりの内容を話すと、兄貴は頷いた。
「どちらの事件も、雫ちゃんと壮馬がやっている『神社お仕事ラブコメミステリー』の世界観と合わないだろう」
「さっきからなにを言ってるんだ?」
訝しく思う俺には無頓着に、兄貴は続ける。
「雫ちゃんのようなかわいい巫女さんが解決する事件は、日常の延長線上にあって、人間の悲喜こもごもを炙り出すものの方が向いている。だからこの先も、劇中で猟奇的な事件が描かれることは決してない。依頼があっても、壮馬が気づかないうちに、僕が密かに解決しておくよ」
「だから! なにを言ってるんだよ?」
「物語の定石について語っているだけさ」
混乱する。世界観だの、神社お仕事ラブコメミステリーだの、物語の定石だの、まるでフィクションの登場人物がメタ的な発言をしているようじゃないか。どうしちゃったんだ、兄貴? 兄貴の存在がフィクションなら、いまこうして話している俺も……。ぐにゃり、と視界が歪む。やばい、眩暈が……。
□□□□
「壮馬さん、壮馬さん!」
雫に肩を揺さぶられ、俺は自分が座卓に突っ伏していることに気づいた。こちらを覗き込む雫の顔は、いつもどおり冷え冷えとはしているが、どこか心配そうだ。
「うなされてましたよ。どうしたんですか?」
思わずいまの話をすると、雫は完全に心配そうな顔になった。
「今日は誰も来てませんし、壮馬さんが眠っていたのは5分ほど。まだ昼休みですよ」
掛け時計を見上げる。針が指しているのは、雫の言ったとおりの時間帯だった。
「夢か──」
安堵の息をつくと、座卓の向こうで兄貴が「そうともかぎらないよ」と笑った。
「夢にしては鮮明すぎる。ひょっとしたら、どこかに僕が名探偵をしているパラレルワールドがあるのかもしれないね。壮馬は、なにかの弾みでそっちに行っていたのかもしれない」
「そんなSFみたいな話があるわけないでしょう」
雫の前なので敬語で兄貴の言葉を否定した俺は、ふと気づいた。
「いつの間に帰ってきたんですか? 今日は会合で、夜まで戻らないんじゃ?」
兄貴と雫が、そろって怪訝そうな顔をする。
「今日は会合なんてないよ」
「宮司さまは、朝からずっといらっしゃるじゃないですか」
ふっ、と、背筋が冷たくなった。
「兄貴が会合で出かけた」という時点で、俺は夢を見ていた──そうに決まってる。
でも、万が一そうじゃないとしたら……。俺がいまいる、この世界は……。
あとがき
実は番外編中、最もノリノリで書いたのですが、「番外編であることを差し引いても世界観が違いすぎる!」と気づいてボツに。でもお蔵入りにするのも惜しくて、「番外編の番外編」ということでアップしました。『境内ではお静かに』番外編はこれで最後。ご愛読ありがとうございましたm(_ _)m