番外編2「巫女さんは黒猫がお嫌い?」第4話(全4話)
今回の文章量:文庫見開き強
勘太さんによると、奥さんは黒猫を飼うことにあまり乗り気ではなかった。それでも、今朝、名前をどうしようか話し合っていると窓から逃げ出してしまった──。
「我が家は近いから、ここに来るかもしれないと思ったのですが」
「来てませんね。わたしに追い出されても戻ってきたのだから、野良猫になってもたくましく生きていきますよ。ここに現れたら連絡しますね」
雫の言葉を受け、勘太さんは肩を落としながら帰っていった。
「さすがに、黒猫に冷たすぎませんか」
眉をひそめる俺に、雫は首を横に振る。
「わたしまで一緒に動揺したら、勘太さんがますます落ち込んでしまうでしょう」
「それはそうですけど、もう少し──」
うん?
「ということは、雫さんは黒猫がいなくなって動揺しているんですか?」
雫は答えず、やって来た参拝者に「ようこそお参りです」と笑顔を向けた。
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その日の午後。境内の掃除をしていると、雫の姿が見えなくなった。さがしていると、社殿の裏手から声が聞こえてきた。
甘く、甲高く、なにより、幸せそうな声だ。
なんだろう、と思いながら裏手に回った俺は見た。
「よーし、よしよしよし。かわいいねえ❤️」
しゃがみ込んだ雫が、左手を動かしている。手の先にいるのは、昨日の黒猫だ。
ひっくり返った黒猫は、黄色い目を細め、雫にお腹を撫でてもらっていた。
なんだよ。やっぱり、かわいかったんじゃないか──。
まさに「猫なで声」を出す雫の表情は、俺の位置からは見えない。絶対にかわいい顔をしている。近づこうとすると、雫が手をとめ、俺の方を振り返った。
顔つきは、いつもと変わらぬ氷の無表情だ……って、あれ?
「なんですか」
問いかける声もまた、冷え冷えとしている。
「猫は、ほかの参拝者の迷惑になるんですよね。なのに、そんな風に……」
「参拝者には、人間だけでなく、猫も含まれることに気づきました」
俺が言葉の意味を理解できないでいるうちに、雫は参拝者向けの愛嬌あふれる笑みを浮かべ、再び黒猫のお腹をなで始める。
「おとなしくしてるんですよ。ほかの参拝者さまに迷惑をかけたら追い出しますからねー、八咫【やた】」
「八咫?」
「この子の名前です」
俺にはきっちり無表情に戻って、雫は言った。
勘太さんを差し置いて名前をつけるなんて。かわいがるにもほどがある。
昨日、八咫烏がどうとか訳がわからないことを言ったのは、本当はかわいがりたいのを我慢していたからだったんじゃないか?
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その後、迎えにきた勘太さんは、雫と八咫の様子を見るなり言った。
「この子は、ここにいた方が幸せそうだ」
かくして八咫は、源神社で半ノラとして暮らすことになったのだった。