番外編の番外編「兄貴はどこかで名探偵」(前編)
番外編の本当に最終話。あまりに作品世界にそぐわないのでボツにした話をせっかくなので公開します。(今回の文章量:文庫見開き強)
祝日ということもあり、今日は朝から参拝者が多くて忙しい。しかも、兄貴が近隣神社の会合で夜まで戻らないので、人手が足りない。
というわけで、ようやくの昼休み。疲れ果てた俺は、倒れ込むように応接間の畳に腰を下ろした。社務所内にあるこの部屋は、お客さんがいないときは、俺たち職員の休憩室になっている。
雫もこの時間帯から昼休みだが、顔を洗ってくるという。俺が、一足先にお茶をいただこうとしたところで。
「ごめんくださいませ」
戸口の方から、声が聞こえてきた。「はい」と応じながら向かった俺だったが、玄関にいた人を見た瞬間に足がとまる。
そこにいたのは、二人組の男女だった。
女性の方は、小柄な体躯に黒いドレスを纏い、黒いレースをすっぽり被っている。顔はよく見えないが、レースの隙間から覗き見える肌の色は不健康に青白い。
男性の方は、女性とは対照的に屈強な体躯。なによりの特徴は、頭から白いゴムマスクを被っていることだった。目と鼻の辺りに小さな穴が空いているだけで、なんの飾りけもないマスクだ。横●正史の小説にでも登場しそうな雰囲気である。
得体の知れない二人に、俺はなんと言っていいのかわからない。女性は右手を口許に当てると、優雅な笑い声を上げた。
「怪しい者ではございません。宮司さまにお礼を申し上げにきただけです」
「申し訳ありませんが、本日、宮司は外出しています」
たじろぎながらも言う俺に、女性は「あら」と、小さく顎を上げた。
「残念。あの方のおかげで、私どもの一族は呪いから解放されましたのに」
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その日の夜。居候先の草壁家の居間で兄貴と二人きりになるなり、俺は強い口調で切り出した。
「昼間、黒いレースを被った女性から聞いたよ。兄貴は、あの人の一族が巻き込まれた殺人事件を解決したんだってな」
レースの女性によると。
深夜、どこからともなく獣の唸り声が聞こえてくる度に、一族の者が変死体で発見される陰惨な事件が起こった。五人もの死者が出たにもかかわらず手がかりは一切なく、警察の捜査は暗礁に乗り上げる。そこに現れたのが、お祓いをするために呼ばれた兄貴だった。警察が煙たがる中、関係者から聞き込みをした兄貴は、たちどころに犯人を指摘。事件を解決に導いたのだという。
さらに、覆面の男性によると。
兄貴が救ったのは、この一族にとどまらない。「フレイム事件」「ステルス事件」と呼ばれる事件のほか、数々の難事件・怪事件を解決し、多くの人を救ってきたそうだ。
「薄々思ってたけど、兄貴は雫さん以上の名探偵だったんだな。自分で解決すればいいのに、どうして雫さんに謎解きさせるんだ?」
ますます強い口調になってしまう俺に、兄貴は微笑んだ。
「世界観と合わないからだよ」