番外編3「巫女さんの前髪」第3話(全4話)
一応、時系列的には本編の第三帖と第四帖の間の話になると思います……って、作者のくせに他人事感半端ねえ!(今回の文章量:ほぼ文庫見開き)
雫の実家は、札幌にある由緒正しき神社だと聞いている。
「実家の神社では、未熟な巫女はおでこを出してはいけないことになっています。そんな巫女が顔を見せることは、神さまに失礼だからです。そういう環境で育ってきたから、わたしもおでこを出して奉務することには抵抗があります」
「雫さんは未熟じゃない。パーフェクトな巫女じゃないですか」
雫は「どこがですか」と、白々と息をついた。
「どこがって……例えば掃除です。境内も社殿も、隅々まできれいにしています」
「常に清浄であることは、神社の基本。そんなことは当たり前です」
『カリスマ主婦のお掃除大作戦』に類する本を何冊も購入し、付箋だらけにして実践することが「当たり前」とは思えないが。
「なら、参拝者への応対は?」
「愛嬌を振り撒くのは巫女の務め」というモットーが妥当かはさておき、源神社は評判がいい。もともとGoogleのクチコミで「宮司が超イケメン」という投稿が多かったが、雫が奉職してからは「巫女さんがかわいい」「気持ちよく応対してくれる」という投稿が増えている。
しかし雫は、先ほど以上に白々と息をついて歩き出した。
「それだって、できて当たり前です。結局わたしは、巫女として最低限のことしかできていない。神さまにお見せする顔がないから、おでこを出せないんです。どうすればおでこを出せるようになるのか、まだ答えは見つかっていません」
「でも、うちの神社には『未熟な巫女は額を出してはいけない』なんてしきたりありませんよね」
追いかけながら言う俺に、雫は頷いた。
「それでも、おでこを出す気にはなれませんし、そんな未熟者が参拝者さまと写真を撮ることは、やっぱり恥ずかしいんです」
雫は、追いついた俺を見上げると、人差し指を唇に当てた。
「みなさんには内緒にしてくださいね。こんな風に考えていると知られることも、恥ずかしいですから」
「わかりました」と答える俺の胸は、熱くなっていた。
俺は大学を中退して、自分さがしの真っ最中だ。でも四つも年下のこの子は、しっかりと自分の道を見据えて、しかも、こんなにも自分を律している。
自然と、拳に力が入る。
雫には本当にいろいろと教えられると思った──。
このときは。