番外編9「最終章」第4話(全4話)
とりあえず最終回なので、それらしいラストにしてみました。(今回の文章量:文庫見開き強)
ワンレンさんと茶髪さんがいなくなって俺と二人きりになるなり、雫は表情を一変させる。
「どうしてしまったんでしょう。壮馬さんはなにも言ってないから、わたしがお気に障ることを……」
「気にすることないと思いますよ」
俺が慰めても、雫は釈然としないままだ。
「壮馬さんに、心当たりはありませんか」
「あるわけないです。なにか用事を思い出しただけなんじゃないですか」
苦笑を見せることで、俺はごまかした──噓をついたことを。
本当は、答えを知っている。
ワンレンさんと茶髪さんが逃げ出した理由。それは間違いなく、雫の表情変化だ。
「お待ちなさい!」と言って以降の雫は、俺に対し、参拝者向けの愛嬌あふれる笑顔を見せていた。でも参拝者に対しては、素顔である氷の無表情だった。
つまり、『いつもと見せる表情が逆転していた』のだ。
だから、俺は戸惑った。目の前で起こっている事態を理解できず、歯切れの悪い話し方しかできなくなってしまった。
ワンレンさんたちが怯えたのも当然だ。いつもの雫は、愛くるしい笑顔を絶やさない、感じのいい巫女さんなのだから。
なのに、彼女たちからすれば初めて見る氷の無表情で、冷え冷えとした声で「お好きなだけどうぞ」と言われても、脅されているようにしか思えなかっただろう。
雫本人は、表情逆転にまったく気づいていないようだ。いまも俺と二人きりなのに参拝者向けの笑顔のまま、不思議そうに首を傾げている。どうしてこんなことになってしまったんだろう?
まさかとは思うけど──嫉妬?
ワンレンさんたちが「壮馬くん推し」になったから?
おそろしく尊大な己惚れかもしれない。でも雫の表情変化が逆転したのは、あの直後からだ。ほかに原因らしいものは考えられないし……。
心臓が、身体を突き破りそうなほど激しく脈打つ。
本人に確かめてみるのが一番早い。答えによっては、俺たちの関係も劇的に変わるかもしれない。
でも。
「なんですか?」
まじまじと見つめてしまう俺に、雫は訊ねてくる。その表情は、参拝者向けの笑顔のままだ。声も、いつも俺と話すときと違って、あたたかく、やわらかい。
──か、かわいすぎる……っ!
……本人が気づくまで、放っておこう。
「なんでもありませんよ。さあ、仕事に戻りましょう」