番外編8「手水舎にて」第5話(全5話)
番外編最長のお話完結編。ここ数話の壮馬の行動種明かし。(今回の文章量:文庫見開きよりちょっと多め)
「……し、雫さんを一人にするなんて発想、抱いたことすらないです……よ」
たどたどしく言っているうちに、自然と苦笑が浮かんだ。
ここにいても、俺にはどうせなにもできない。
できることは、手水舎の動画を見せることだけ。
もちろん、スマホを取りにいっている間、雫を一人にしなくてはならないことに抵抗はあった。雫に取りに行ってもらおうかとも思った。でも三人組の相手を「わたしの仕事」と言い張る雫が、動くはずがない。
だから、こうするしかなかったのだ──本当に、断腸の思いではあったけれど。
「壮馬さんがもう少し来るのが遅かったら、危なかったです」
「そ……そうですね。あの人たち……いまにも飛びかかってきそうでしたからね」
「はい。そうなったら、返り討ちにしてしまうところでした」
当然のように言う雫に、苦笑が濃くなる。
「し……雫さんは……合気道ができて……強いですからね」
「壮馬さんだって強いでしょう」
俺の身体を見上げながら言う雫に、ぎこちなく首を横に振る。
「お……俺は、ガタイが……いいだけですよ」
「そういえば壮馬さんは、わたしにあっさり腕を捻られたことがありましたよね」
「そうです。だ……だから、もう……いっぱい、いっぱいで……」
ただでさえ大きな雫の目が、さらに大きくなる。
「やけにしゃべり方がたどたどしいと思ったら、もしかしてこわかったのですか」
「……ええ、まあ」
動画を見せている間は大丈夫だったが、危険が去った途端に気が抜けた。
「随分と無理なさっていたんですね。そんな状態で、あの外国人さんたちと対峙するなんて」
「雫さんを放っておくわけにはいきませんから」と口にするより早く、雫はくるりと背を向けた。この話は終わりで、もう仕事に戻るのか。俺がそう思うのと同時に、雫は言った。
「うれしい──」
風に紛れて、語尾がはっきりとは聞き取れなかった。
でも、いま雫は敬語を使わなかったんじゃないか?
雫はいつも俺に、敬語で話すように指導している。自分も必ず敬語を使う。
なのに。
背を向けたのは、恥ずかしくて顔を見られないようにするため? 気のせいか、口調も心なしか熱を帯びていたような──。
心臓が、全速力で走ったのとは違う理由で加速していく。その間に、雫の小さな後ろ姿はどんどん遠ざかっていく。
でも、心理的な距離は縮まったんじゃないか……。
足をとめた雫が振り返る。
「うれしい『です』」
え?
「風に紛れて、語尾が聞こえなかったかもしれないからもう一度言いました。わたしは、うれしい『です』とちゃんと敬語を使いましたからね──そんなに怒った顔をしないでください、壮馬さん」
──いや、怒ってるわけじゃなくてね……。
肩ががっくり落ちそうになるのを必死にこらえる俺だった。