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【創作】タワーで鍵を掛ければよかった

出かけた時はいつも丁寧にお礼のLINEをくれる子だった。
ふとした時に少し口が悪くなる子だった。
上目遣いが可愛い子だった。
彼氏の惚気を嬉しそうに話す子だった。

お互いに恋人がいた。
遠距離恋愛をしているという共通点もあった。
2人で出かけた2回目にお互いの恋人の惚気を言い合った。
まだ幸せに聞けていたし、幸せに話していた。
お互いに線を引いた、でも確かな情を共感し合うそんな先輩・後輩だった。

2回目のお出かけのあと2日間、正確に言えば1日で私はほんの少し道を踏み外し4年と2ヶ月の恋人に別れを告げることになった。
元々少し気持ちは冷めており、「話したいことがあるから電話しない?」というLINEのメッセージを3時間見ないだけで送信取消するそんなところが嫌いだった。

3回目のお出かけは別の職場の先輩を交えたものだった。
2人きりになったタイミングを見計らって別れた話をすると彼女はひどく驚いていた。
わたしはそれ以上は何も言わず、彼女も何も聞いてはこなかった。

そのお出かけから間髪を容れずに社員旅行の時期を迎えた。
そもそも職場内にそこまで親しい人もいない私たちは自然とその話が出て自由行動を一緒に過ごすことになった。

お互いのホテルの同室メンバーからは今日は帰ってこなくていいですよと軽口を言われるくらい疑われてる部分もあったが、私たちはお互いに気付いてないふりをした。

わたしは歩くことが好きだった。
彼女は人に合わせるのが好きと私のほぼノープランな夜の散歩に付き合ってくれた。
ちゃんと話すのは2回目のお出かけ以来だった。
たわいもない話、彼女の惚気話、私の別れた話。

雨が降っても歩き続けた。
土砂降りになってようやく心配し出した私を見て彼女は今日一の笑顔を見せた。
「雨が似合うね」
突然そう言うと、彼氏にも同じこと言われたと嬉しそうに話す彼女を見て初めて心が曇った。
雨に濡れて前髪を掻き上げる姿を見た時に艶っぽいなと思った。
Indigo la EndのMVみたいだねと言うと彼女はまた笑った。

同室の相手が飲みに出ているのは知っていたのでお互いの部屋に誰もいないといいですねと少し笑ってそれぞれの部屋に戻った。

「温かくしてちゃんと休んでください」
「温かくしてちゃんと休んでください」
「真似しないでください笑」

いつもは早くても5分は返事が来ない彼女とのLINEが2時間続いた。
場所が変わっても私たちは変わらないそう思いたかった夜だった。

次の日の夜は2人でタワーに登った。
恋人の聖地と言われ、色々なカップルブースがあることに少しの気まずさを感じながら思い思いに夜景を楽しんだ。
夜景を嬉しそうに写真に納めている彼女の写真をこっそり撮った。

帰り道はお互いに寂しいねで話がまとまり、どちらからともなく手をつないだ。
「この後飲みませんか?」
「いいけど、俺めちゃお酒弱いよ」

「ほんとにお酒弱いんですね」
「半年ぶりに飲んだ、顔赤いでしょ」
「かわいい」
「あなたがね」

「前々からかっこいいと思ってました」
「俺も出会った時からかわいいと思ってたよ」
「今の彼氏と付き合ってなかったら絶対好きになってました」
「俺も元恋人と付き合ってる時揺れてたよ」

「好きだよ」
「私も好きです、なんでこのタイミングで言うんですか」

「タワーで鍵かけとけばよかったな」
「ですね、思い出作っておけばよかったです」

そっと唇に触れた。
彼女は何も言わなかった。
私も何も言わなかった。

その後もなぜか都合良く毎日のように会い続けてくれる子だった。
彼氏と会っている時は、会えなくて寂しいとLINEしてくる子だった。
毎日彼氏と通話するくせに、私と会う時は寝落ちしたと嘘をつく子だった。
自分がクズだと理解している子だった。

心のどこかで分かってはいるがどうしようもなく惹かれ合っているのがわかる。
彼女から来るLINEに一喜一憂する私はまさに中高生のようだった。
恋人のようなやり取りが続いてニヤニヤが止まらない日々が続いた。

あの日もできるだけすぐに返そう、何と送ろうかなと浮き足だってLINEを開いた。
「来世では恋人になれるよう祈っときますね」
わたしは8年ぶりに泣いた。