木配りという気配り
大工さんの加工場へ。
工場検査という名の社会科見学。
設計の意図は大工さんに伝わってるので、それを踏まえてどういった木配りをしたかを聞きました。
「木配り」というのは構造材を化粧として現しで使う場合に、どの木を使ってどの面をどちらにみせるかなどを決めること。
それは節が有るか無いかなどの見た目だけでなく、どちら側に反り易いかなども考えて決めるのです。
柱や梁は元々生えていた状態に近い状態で使うというのがセオリー。
つまり根っこに近い部分は下に、天に近い先の部分は上にする。
それを「元」(もと)と「末」(すえ)と言います。
外皮に近い方が「表」中心に近い方が「裏」で、ツヤ感、目の詰まり方や反り方が違います。
また、山に生えていた時に日がよく当たっていた面を「腹」と日陰側を「背」と言って反りの方向を見極めたりします。
幹の芯が角材の中心にあるかどうかでも反る方向が変わります。
無垢の木材は2つとして同じものが無いし、四面全て均質に綺麗ということも無いので、この目利きが必要です。
これを自分でやる設計者もたまーにいるけれど、腕の良い大工さんならば任せた方が良いと僕は思っています。
餅は餅屋なので、設計側は意図さえちゃんと伝われば後は任せるという考え。
ただし、これは大工さんの腕が良くてかつ絶対の信用がある場合に限ります。
プレカットの功罪
現代の木造建築のほとんどはプレカット工場の巨大な機械で加工されます。
加工図面はプレカット工場の担当者が作成します。その図面チェックに時間をかけますが、一度承認したら加工自体はあっという間にできてしまいます。
材木を端に置いたら後はラインに乗って運ばれて逆側から出てきたらすべての加工が終わっています。その間、数分。
大工さんがのこぎりとノミで加工すれば数時間。
ならばわざわざ手加工でやることは非合理的です。
図面さえ間違っていなければ機械はミスもない。
最小の削りで仕口という木材の凸凹を加工することが可能です。
また、接合部には優れた金物を付ければ耐力が確保されるので、仕口の加工は機械で出来る単純な形にするのが一般的です。
柱や梁を見せない造りの場合、どうせすべて壁の中に隠れてしまうのだからきれいな面がどこを向いているかは関係ないので木配りも行わないことが多いです。
この方法が出来るようになったからこそ、大規模な木造建築や量産が可能になったのですが、
その結果大工さんの腕は落ちました。
職人か作業員か
機械が加工し、その組み立て手順まで書いてある材料が現場に入ってきたところから関わる現代の大工さんはカンナやノミに触れることがありません。
そもそもカンナやノミを持っていない大工さんも多くいます。
指示書通りにやれば出来てしまうので、大工さん自身が考えて施工することも減りました。
便宜上は大工さんと呼んでいますが、考えてくれない大工さんのことを僕は心の中では組立作業員と呼んでいます。
もちろん今でも年配でも若くても、図面をしっかり見て設計の意図を良く理解して考えてくれる大工さんもいますが、年々そういう方が減ってきていると感じています。
使えない仕口継手
「日本の木組」清家清著
フランスに行く際に、大工になった友人が贈ってくれた本があります。清家氏の伝統建築への愛と誠意に満ち溢れた美しい本。
この本を開くたびに憧れに似た感情を覚えます。「綺麗だな。出来たらいいなー。」と。
この本で紹介されている仕口継手の大半はプレカットでは出来ません。
良質な無垢の木を使い、伝統工法を受け継いだ職人がいないと出来ません。
そして、何よりもお客さんがそれに理解をし、時間とお金をかけなければならないので、様々な条件がそろった時でないと成り立ちません。
その憧れの木組みを今回やっとある寺院の増築計画で使えることになりました。
良質な木材を手配できる工務店、信頼できる大工さんにお願いできることが分かったので、職人技の見せ場になるような木材の組み方を設計しました。
そうしたらそこにさらに大工さんの方から継ぎ方をこれでやりたいと言ってきました。
それがこの追掛け大栓継ぎ。複雑極まりないこの継ぎ手は継いでいるのに摩擦力によって強度が上がるという代物。
さらに栓の穴を5厘(1.5ミリ)ぐらいずらしておくと最後に栓を打った時に引き寄せあって全く動かなくなると教えてくれました。
「これが1分(3ミリ)だともう入らなくなるね」「5厘か、いっても7厘(2.1ミリ)かな」と大工さんはつぶやきます。
簡単に話していますが、とんでもない精度の話です。
嬉しいですね。
設計の意図を理解してくれてさらに良くなる提案をしてくれている。
どう考えたってめんどくさいはずなのに、当たり前のこととしてさらっと話している。
ああ、この設計をしておいて良かったなぁと嬉しくなります。
職人の能力とは何か
でもこういう職人気質の本当の大工さんはいなくなりつつあります。
その知性と技術を発揮する物件自体が減っているからです。
伝統工法による家づくりを広めることでもう一度大工さんの職能を認めようという動きもあります。
それも大事なことですが、僕は職人というひとの働き方が変わっていくべきではないかと思います。
ただ手仕事の生産性を問われれば、いわゆる職人というひとは現代のスピードについていけない非合理的な存在になってしまいます。
でもそうではありません。
僕は職人というのは考える人だと思っています。
実は優れた職人ほど合理的です。
どうすれば効率的に美しく強さを持ったものをつくれるかを常に考えているからです。
手仕事の精度が高いかどうかといった技術的なことだけではなく、どのように段取りしてどのようにつくるかを考えて選択できる能力こそが職人の職人たる能力だと思います。
具体的に言えば、冒頭の木配り。
刻み自体の腕よりも木配りを的確に出来るかどうか。
設計の意図を理解しようとするかどうか。
お客さんにとって何が最善かを考えているかどうか。
木配りは気配りと言われる所以でもあります。
機械加工精度が向上しようと、AIがどんなに実用化しようと、それを扱う人間にはこういった気配りが必ず必要だと思います。
実はプレカットにも善し悪しがあります。
機械の加工自体は同じでも、図面を作り機械を操作する人によって差が出ます。
それはやはり気配りが出来るかどうかなのです。
僕は、大工さんの気配りの技を工場の若い人に伝えて欲しいと思っています。勝手な希望ですけどね。
一部ですが、プレカット業者の中には技術指導員としてこういった職人さんを迎えている工場もあります。
だから、こういった本当の職人さんは、手刻みができなくなったからただやめるのではなく、彼らの知識と経験を伝えてほしいなと思います。
(あくまで勝手な希望です。プレカットが台頭したから廃業するのに、そのプレカット工場に教えに行けというわけですから酷な話です。)
建築家のできること
僕たちが出来るのは、大工さんの職能をちゃんと評価し翻訳することだと思います。
例えば、工事監理。
前述の通りプレカットならば事前に加工図面が出てくるので綿密なやり取りが可能です。
こういう図面のやり取りを赤が無くなるまで繰り返します。
対して大工さんの場合、加工図は板図というものを大工さんは書くけれど、加工方法の大半は彼らの頭の中だけにあってこちらから聞かなければ出てきません。
これに関しては変えなきゃいけないことです。
工事においてダブルチェックを行い証跡を残すことが必要な現代においては、どんなに信頼できる大工さんであっても情報を共有しお互いをチェックするべきです。
それが一緒にものをつくるということだからです。
今までそんなやり方をしてこなかった大工さんにとってはやりにくさを感じるかもしれません。
だから、職人の気質をよく知る人(工務店)が翻訳して場合によっては図面化してあげる必要があると思います。
もう一つ僕たちがやるべきなのは、ちゃんと木を知ること。
木造専門ではなくても設計をやる人は木の表裏ぐらいは知っておいてほしい。
そしてしっかりとプレカットと手刻みの使い分けをして、適材適所で職人技を伝えたい。
木造建築は日本の文化です。
職人技で出来たものがいかに素晴らしいかは日本人はみな知っていますよね。
時代に合わせて形は変わってもその心は変わりません。
その一つが木配りという気配りなのです。