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音声燻製【毎週ショートショートnote】


「何それ、レコーダー? 録音してんの? なんだよ、やめろよー」

少年特有のキンキンした声。
中学で離れることになった彼の記憶の中の姿は、いたずら好きの生意気盛り、でもカッコいいキラキラしたままで止まっている。

思い出の姿は変えられないけど。
私は、彼の声を録音したボイスレコーダーを「音声燻製機」に投入してみる。

「何それ、レコーダー?」

じっくり燻してから再生すると、声変わりを経て成長したかのような低い声が流れ出した。

「録音してるのか。なら、いい声で録ってくれよ」

声が大人びて渋くなっただけでなく、どうやら録音内容も、包容力が増したようだ。
まるでASMRだ。心地よい声が、優しい言葉が、耳に沁みる――

いや。
自分に嘘をつくのは、やめよう。

録音された声だけが成長しても、本物の彼がいなければ、やっぱり、満たされない。

「声なんて録音してどうするのさ、母さん」

私の亡き息子への想いは、どこにも行き場のないまま、 胸の内で燻り続けている。


※本作品はamazon kindleで出版される410字の毎週ショートショート~一周年記念~ へ掲載される事についてたらはかにさんと合意済です。

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