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木の実このまま税理士【毎週ショートショートnote】

秋の草原にひとり。手のひらには、古ぼけた木の実。
握りしめると思い出すのは、低く、でも暖かい父親の声――

「……今回『記憶税』として納めるのは、この辺りでよろしいでしょうか」

税理士は資産家の男に問う。
金の代わりに記憶を税として納める場合、その記憶は当然失われるから、必ず確認する必要があるのだ。

「……この最後の、木の実の記憶は、納めずにこのまま残しておいてくれないか」
「……では、違う記憶を選んでおきましょう」

……税理士は、それは過去に聴いた童謡の歌詞であってあなたの経験ではない、とは教えなかった。

男は貧しい生まれで、両親から虐待を受けて育った。
だから彼は成り上がる過程で、真っ先に幼少期の記憶を全て納めた。

だが皮肉にも彼は、年老いた今になって、捨てた両親の記憶を取り戻したくなった。何か、美しかったはずのものとして――
継ぎはぎだらけの記憶の中に、その断片を探し求めている。

税理士は小さく呟く。
『坊や 強く生きるんだ』と。


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