【一分小説】回顧録より、夏

「朝焼けってなんかセンチメンタルにならへん?」
「はあ?何か窓開けたら草っぽいにおいがするだけやわ。」
「ラジオ体操したの思い出すよな。」
「ハンコ係やのにハンコ持ってなかったお前が偉そうに言うなや。」

はあ、とうるさそうにして間をとられた。
飲みかけのぬるい缶チューハイを流し込んで、「まずっ」と呟いてから横に座ってくる。
あの頃からずっと、いつだってこんな感じの奴やねんなお前は。

「いつ死ぬ?」
「いつでもええで。でも昼間には死にたくない。」
「まあ、あっついからな。」

しょうもな。
余命いくばくのコイツに、何言ったってどうしようもないんやけどさ。
でも一緒に死んだることに変わりはない。

窓を開けたら、セミの声がウワンウワンと響いてきた。
暑くてすぐに汗が噴き出るが、生きている実感が湧いた。

「なあ、窓閉めてや。暑いわ。」
「お前は夜型かもしれんけど、俺は昼型やねん。朝日浴びさせろや。」
「夜って楽しいで。てか今日も一晩起きてもうたなーって感じ、これがセンチメンタルなんかな。」
「知らんわ。」

それを聞いて、ほなさいなら、とふてくされて、さっさと寝ようとしてやがる。
無責任な奴やな。いつ死ぬか、コイツは考えてすらないと思う。

でも、何でもええねん。服薬でも飛び降りでも。
コイツが満足して寝ていくなら、それでいい。寝息が聴こえやんでもいい。

嘘や、本当は怖い。でも多分コイツの方がよっぽど怖い。コイツは死ぬの確定しとる。んで段々俺ん中から消えてく。怖いにきまっとる。俺も、忘れていく自分の方がよっぽど怖い。鬼みたいや。

「おやすみ。」
「おやすみ。また後でな。」

大丈夫。鬼にはならへんよ。
すぐに寝息を立てるコイツの横で、俺もブランケットを羽織った。

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