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ねこふりの日 (短編)
ねこが落ちてきた。
ぽとんと。
次は毛が頬に当たった。
ふわふわ。
ふわり。
最初に着地した灰色のねこはコンクリートとほとんど同化している。黒いねこは壁のしみのようにしがみついている。
キジトラの縞模様は目立つようで迷彩になっているから、庭木に落ちるとすぐ見えなくなる。
あとからあとから、次々に落ちてきた。
うわぁ。
人々は口々にしかめっ面で見上げる。
まいったなこりゃ。
ひどいもんだ。
うそでしょ~!
毛が付くから嫌なんだよね。
はくしょん!
空ばかり見上げていた人々が何人か振り向いた。アレルギーの人は取る物も取り敢えず、慌ててかばんをさぐってマスクを探す。
探しながらも間に合わない。
はくしょん!はくしょん!
ふわふわ。
ふわり。
毛の束が目の前を舞う。
わたしはねこが好き!
ねこ降りの日はわくわくする。
丈夫なねこ用の傘をさして、頭部を守りながらゆっくり散歩する。
「ひっかかれないようにね」
友達が言う。ポケットに手を突っ込んだままだ。
「爪に気を付けて」
「わかってる。でもあんたはささないんだね。いつも」
どさっと音がして、衝撃が走る。そのまま重みが上からかかり、傘の上に爪でしがみついているんだなとわかった。
さすがにそんなにされちゃね。
しゃがんでからゆっくりと傘を傾ける。
振り捨てて路面にぶつかって怪我をしないように。
「大丈夫だよ。ねこだから」
友達が不愛想に言う。
ととっ。四つ足を機敏に動かしてねこは音もせずに塀を乗り越えて消えた。しなやかなジャンプだ。
「見てると、やさしい気持ちになるんだよね」
「だって触らせてくれないじゃん」
「文句のわりに、傘ささないんだね」
「重いもん」
空を見上げながら、連れはひとりごとを言う。
「それに害ないし」
「わたしら、アレルギーないもんね」
「犬降らないなあ」
「最近、ないね」
まわりにほかに人がいないのを確かめてから傘を持ち上げ、ばふっと下げてくるりとまわす。溜まった毛が空に放射状に広がってゆっくりと落ちていった。
「またあ」
「これがすき」
この胸の膨らんだ予感と高揚はもうすぐ肋骨を突き破る。もっと長く届くといい。広がるといい。
口をハンカチで覆って、足早に通りすぎる二人組がしかめっつらで話していた。
今日はまた随分と突然だね。頭数も多いし、ニュースになるかも。
困るわあ。見てかぎ裂きが出来ちゃった。これだからねこは…。
ねこふりを誰もがみな、喜ぶわけじゃない。
そんなこと言われなくても知っているよ。関係ないだけ。
他人なんか関係ない。
わたし。
わたしがうれしい。
わたしが喜ぶこの気持ちを、誰も曇らせられない、さわれない。
傘も放り出し、手を空に伸ばして叫ぶから。
すき。
すき。
思うまま遠慮なく口にできる日だ。
きみのことだよ。
今ここに立って、ねこふりの日だけに許される気まぐれ遊びに付き合ってくれる仏頂面、もう少し長く、少しでも長く見ていたい。
ふわふわの毛を身体中にくっつけて、ああもう、って文句言ってる。わたしは笑う。手が伸びてきて、あっと思ったら髪から毛をつまんでぽいと捨てた。
今日はねこふりの日。
ふわふわの毛が君の肩に舞う。
終
記念すべき最初のnote作品。
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