懐かしい手品のトランプ。
手品に目覚めたのは、小学校4年生の秋だった。きっかけは、教育実習生の送別会だった。
送別会ではお笑いをしたり、手品を見せたり、クイズを出したりすることになっていた。送別会の日が近づくと、僕たちは出し物の練習をした。
出し物は、クラスの全員が何かを披露することになっていたので、僕はみんなと同じクイズにした。
クイズといっても僕が選んだのは「なぞなぞ」で、頭の固くなった教育実習生たちに答えてもらう段取りになっていた。「なぞなぞ」を出すために、僕は本を買って調べた。画用紙にマジックペンで「なぞなぞ」を書き写した。人前で話す練習もした。
送別会当日。準備した通りに、「なぞなぞ」を披露した。僕は心臓の鼓動で自分の発表に集中できないほど、緊張していた。ふだん授業で手を上げて発表しないせいなのか、クラスメイトの前で話した声が自分のものじゃないような気さえした。こうして、僕は何とか発表を終えた。
次の出番は、K君だった。彼は「今から手品を披露します」と言い、ポケットから1組のトランプを取り出した。
「へぇ、K君って手品するんだ」
僕の目の前にいたK君は、いつもクラスメイトを笑わせている彼とは思えないほど、ミステリアスな雰囲気をまとっていた。僕たちと同じ制服を着ているはずなのに、それはマジシャンのスーツに見えた。
K君はケースからトランプを取り出して、「カードを一枚選んでください」と言った。教育実習生の男は、カードを1枚選ぶ。スペードの5だった。それから、そのカードを元の場所にもどした。
K君はおまじないをかけた。教育実習生たちは、「えー、どうなるの?」とか「からのー」と言っている。ざわめきが起こる。主役の彼らは、僕たちよりも盛り上げ役だった。
トランプを裏返すと、すべて真っ白になっていた。その瞬間、教育実習生の男の「えー」という叫び声が聞こてくる。それを追いかけるようにして、僕たちの歓声が教室中に響き渡る。
K君は「驚くのはこれからです」と宣言した。僕たちは黙りこむ。トランプが一枚ずつテーブルに広げられるのをじっと見る。すると、1枚のカードが裏返っていた。
教育実習生の男が「まさかー?」と言い、カードをゆっくりとめくる。スペードの5。それは、男が初めに引いたカードだった。
ふたたび大きな歓声が教室中に鳴り響く。K君がスターになった瞬間だった。僕は羨望の眼差しで彼を見つめていた。
こうして、僕は手品の練習をするようになった。でも、手品を会得しようにも、何から始めたらいいか分からなかった。K君の机の周りには人だかりができているし、聞こうにも聞かなかった。
結局、おばあちゃんにおねだりをして、デパートのおもちゃ売り場へ連れて行ってもらった。売り場の片隅に置かれていたK君と同じ手品グッズを見つけたからだ。僕はそれを買って、自宅で練習した。
手品は簡単な仕組みだった。トランプに仕掛けが施されており、やり方を覚えれば誰でも真似することができた。おもちゃ売り場に置いてある子供用の手品グッズなのだから、今思えば当たり前だ。
僕はすっかり手品にのめり込み、本屋へ赴いて本格的な手品の本も買ってもらった。どんな時でもトランプを持ち歩き、暇があれば練習した。夏休みの家族旅行でのフェリーの中でも、本を片手にトランプをいじっていた程だった。
K君みたいな大きな舞台はなかったけれど、僕は家族や親しい友達にだけに手品を見せる機会はあった。みんなが驚けば驚くほど、僕はより一層手品が好きになった。
それから中学に入り、部活が忙しくなった。それと同時に、手品への気持ちは萎んで消えていき、練習もやめてしまった。
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最近、ロフトで買い物をしていると、ふと見覚えのあるトランプを見つけた。子供の頃に何度も練習したバイスクル(BICYCLE)のトランプだった。
その瞬間、手品に目覚めた小学生の頃の記憶が蘇ってきた。懐かしい気持ちに包まれた。だから、忘れないうちにnoteに記録した。