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超短編小説|時間貯金
今日のショートショート(短編小説)は、『時間貯金』をお届けします。すぐに読めるので、ぜひ最後までご覧下さい。
誰しも人には言えない秘密がある。それは、男のばあい通帳だった。その通帳は机の引き出しの奥にそっとしまってある。
いつぐらいだっただろうか。物心ついたころにはその通帳を持っていた。その頃から、手帳に貯金をしていた。正確に言うと貯金ではない。男が貯めていた物は時間だった。
その通帳を使えば、自分が苦痛に感じる時間をスキップすることができた。だから、嫌なことがあれば、頭の中で念じる。すると、いつのまにかその状況を脱することができた。そして、その空白の時間は男の通帳に記帳される。
高校生の時、男は数学の先生にこっぴどく叱られたことがあった。その先生は、言って聞かない者には殴っても構わないと考える人で、その日も殴られそうになった。
先生が殴ろうとする瞬間、男は時間をスキップさせた。この日は、だいたい30分くらいだ。すると、気づいたら、授業は終わっており、男は休み時間に友達と談笑していた。
「どうしたんだよ。キョトンとして」
「お、おぅ。なんでもないよ」
「殴られてから変だぞ、お前」
通帳があれば、スキップした分の時間を預けることができた。その通帳の裏には、次のような文言があった。
この通帳を持っている人は、”時間”を貯金することができます。この通帳には貯めた時間が記帳されます。また、貯まった”時間”はいつでも引き出すことができます。引き出したい場合は、下のQRコードから読み取りください。
つまり、時間を有効活用できるのだ。貯めた時間を後で使えるとなれば、自分の寿命を延ばすことを意味している。嫌な時は時間をスキップして、好きな時間はいくらでも延ばせるのだから。
男は、このとき30を過ぎていた。通帳があったためか、今まで嫌なことから避けてきた。そのため、上司から怒られることも多い。よく男は「何度同じミスをするんだ。前も注意しただろ」と叱られる。
しかし、男の頭にはそんな記憶などない。嫌なことはすぐにスキップをする。楽しいことだけする。それが男のありふれた日常だった。
ある日のこと。貯まった通帳を見ていると、男はあることに気づいた。
「引き出したら、本当に時間は貯まっているのだろうか?」
それは、これまで当たり前のように考えてきたことだが、男は一度も時間を引き出したことがなかった。時間は無限にあるし、老後になったら使えば良いと思っていたからだ。
男は思いつくと、すぐさま通帳に書かれたQRコードをスマホで読み取った。すると、スマホには合計時間は表示された。そこには、1020時間と書かれている。
男は興奮してきた。自分には、自由に使える時間がこんなにもあるのだ。少しぐらい引き出しても構わないだろう。
男は、興味本位で「引き出し」のボタンを入力する。
すると、状況はすぐに一変した。
「イタッ」
男は、すぐに頭に違和感を感じた。前を見ると、高校時代の数学教師がそこにはいた。これは、男がこれまで貯めていたはずの空白の時間だった。
「過去の時間しか引き出せないのか」
「お前は何を言ってるんだ」
男は今まで溜めていたツケがまわってきたのだった。
おしまい。
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