バレンタインとチョコレート。
2月14日。その日は、多くの男の子たちにとっての一大イベントである。チョコレートを貰えるのか、貰えないのかが決まるのだ。お返しは3倍にして返すのがマナーだという話も聞くが、たくさん貰った人の方が羨ましいのはみんな同じだ。
バレンタインが近づくと決まって、僕の頭の中から色々な年の2月14日の記憶がこぼれ落ちてくる。僕はそのカケラを拾い上げ、思い出に浸る。その中でも特に印象的なのは、僕が小学校4年生の年の2月14日だろう。
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教室に着くと、その日はいつもと違っていた。教室の空気のハリが違うと言えばいいのか、とにかく、どこかぎこちない感じがした。
小学校の教室には、窓際に暖房機が設置されていたが、普段そこにいるはずの友達は、用もないのに、忙しそうにしていた。机の整頓を始めたり、筆箱の中身を出したり、一時間目で使う教科書を出してみたりしている。
大きな鞄を持ってきた友達もいた。体操服が必要な日でも、給食当番でも、教科書をもらう季節でもないのに、手提げ袋を持ってきている友達もいた。バレンタインの日の彼らは、用意周到だった。
しかし、僕も例外ではなかった。空っぽの鞄を持っていると、怪しまれるのではないかと疑った僕は、意味もなく中身の荷物を増やした。鞄にはその日使わない数冊の教科書が、奥で影を潜めていた。
異変に気づいたのは、荷物を自分の机のフックに引っ掛ける時だった。なんと、僕の机の上にはたくさんの紙袋が置かれてあったのだ。
やっと春がやってきたのかもしれない。心の中で桜が咲いた。僕は、純粋に喜べばいいのだろうか、貰えなかった人に配慮して平静を装うべきなのだろうか。そんな嬉しい悩みを抱えて、はにかむような表情を浮かべる。
僕は、横目で様子を確かめ、誰にも見られていないことを確認すると、ゆっくりと手を伸ばした。すると、隣に座っていた女子が僕に気づく。
「あ、ごめん」
彼女はとつぜん紙袋を取り上げて、自分の机に置いた。僕は何が起こったのか分からず、彼女をじっと見つめる。
「ごめん。ちょっと置かせてもらった」
どうやら僕の机は、チョコレートの待機場所に使われていたらしい。間違ってやってきた春は、巻き戻しボタンを押したかのように「キュルル」と音を立てて、冬に戻った。
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家に帰ると、母や祖母からチョコレートを貰った。僕は、パクパクと勢いよく口に運び、それは一瞬のうちに溶けてなくなった。