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教わりたかった

 多分、一緒に考えてほしかったんだと思う。

 そんな在り来たりな、思い出話をしよう。

 実は先にこの記事を投稿しようと思っていたのだけれど、結局あとになってしまった。何のあとかと言うと、この小話
 ぼんやり考えていたときに気付いたことで、でもあれは創作だ。だってあんな会話したことないし。あんな従姉妹いないし。あんな友人もいないし。
 noteだけで済ませてしまうのは惜しいな、と思ったから、何か書きたいなと思って書いた。noteでは大々的に宣伝するものは書かないと決めている。まあどの記事も気に入っているのだけれど。普通に「創作! 読んで!」というには、ここでの話には、中身が明け透けだ。

 さて、本題に入ろう。僕が教わりたかった話だ。

 もともと、多分知的好奇心の塊みたいな子供だった。多少落ち着いたというか、体力や気力が追い付かなくなったものの、今もその性質は変わっていない。だから、知りたいことがたくさんあった。
 構ってほしがりでもあった。意識を向けてほしかったし、誉めてほしかった。愛されたがりとでも言おうか。凄いねと称賛されたかった。文字にするとなんて子供だよと自分でも思うが、せいぜい小学校中学年くらいまでの話だ。見逃してほしい。

 だから、結構問うことが多かったのだと思う。あれってなに、どういうこと、こうじゃないの、なんで、ねえねえあのさ。
 うざったかっただろうなあ、と、今になれば思う。当時その質問攻めにあっていたのは両親だった。一言二言返して、あとは自分で調べな、の一点張りだった。
 その返答について、恨んだり嫌だったりは、あまりしていない。お陰で自分で調べる癖もついたし、検索を厭わなくなったし、抵抗もない。とことん調べる癖も、メモを取る癖も、多分ここで身に付けた。本や辞書に触れることも躊躇わないし。
 感謝は、しているのだ。

 ただ、同時に、ちょっと寂しかった。多分、ちょっとだけ。 

 一緒に考えてほしかったのだと思う。一緒に調べたり、実験したり、してほしかった。せめて、答を尋ねてほしかったし、聞いてほしかった。自主性とか、主体性とか、そんなものは確かに育った。そこはもちろん感謝している。ただ、ただ。
 一緒に、何かを、したかった。
 ネグレクトにあってたわけでも、放置されていたわけでもない。多分普通に愛してもらっていた。多分。他の家庭を知らないから、多分としか言えないのだけれど。ただ、知人の話を聞いていると、多分僕が愛されるのが下手くそなんだろうなと思っている。多分。
 僕の周りには愛され慣れている人が比較的多い。愛されていることを知っている人、というのが正しい気もする。その姿が凄く綺麗で、ああはなれないな、といつも思う。何が違うんだろうね、どこで僕は間違えたんだろうね。何も分からないね。愛とかそういうの。
 時間とかお金とか、何かをかけてほしかったんだと思う。向けてほしかった。好かれるように誉められるように何かをする癖なんてつけたくなかった。それすら上手く出来なくて、途中で諦めてしまったけれど。僕は僕を見てほしかった。平べったい言葉で言えば、構ってほしかった。
 だから、たくさん聞いたのだと思う。

 でも、聞いた記憶も、答が返ってきた記憶も、正直あまりない。
 忘れてしまっただけ、なのだろうけれど。
 僕が、ただ、覚えていられないだけ、なのだろうけれど。


 そんな教わりたかっただけの、ガキンチョの話。

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