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編集者という立場

 編集者ってさ、めちゃくちゃ損な役回りじゃない?

 皆様どうも初めましてあるいはお久しぶりですこんばんはこんにちはおはようございます。ああどうもどうも。
 先日、編集者って立場に一区切りつきまして。いやそのうちどこかでまた編集者やってるかもしれませんけれどね。どうせなら、たった二年間のその立場を振り返ってみようと思いましてね。本当はその編集者だった場所でやるべきでしょうけれど、生憎編集後記とか書いてるページ数も時間もなかったのですよ。正午にあげるって言ってた原稿が午後四時過ぎに送られてきたんですよ正気じゃない。

 二年間、と言いつつ、多分正確には、もう少し短い期間だった。二〇一九年の四月から今年二〇二一年三月、真ん中の数ヶ月は趣味の領域だったな、くらいの間の話。

 そもそも何で編集者になったかってところから語ろうか。
 言ってしまえば流れで。単純に、代替わりだ。

 優秀すぎる先輩の後を継ぐことになった。何連覇だかの何かがかかっていて(多分僕が三連覇目だった気がする、聞いたのだろうけれど忘れた)、それを除いたって、その雑誌に載る作品のレベルは高いのだ。それは僕がいっとう知っている。
 年に四回、十人前後の作品を集めて本にする。それが僕に割り振られた仕事だった。
 並び順を考えて、時には章題を考えて、目次をつけて、ノンブルふって、ヘッダーいじって、奥付けをつける。行を変えたときに一段下がっているか、!? のあとはスペースが空いているか、数字の表記は全角にするか横に倒すか漢字はそれで合っているか誤字脱字はないか違和感を抱く文はあるか。
 作品の中身についてとやかく言いはしない。言うなら好きとか上手いとか、あくまで一読者として。表現だってそう。一般的にはこっちを使うけど、どうしたい? 直す? とか。一応確認させてくれ、とか。
 多分ふわっとこっちに書いてあるから、気になるなら参考にしてほしい。

 あと連絡係。というか仕事時間の大半はこれに割かれた。僕の上に一人偉いお人がいて、その人の連絡をオブラートに包むなり余計なものを省くなりして執筆者にお伝えする。その反対もまた然り。
 これに関しては諦めがついているのだ。相手がいい気分になるように言葉を組み換えるゲームだと思っている。最初の頃はこれだけで悲鳴を上げていたのだけれど、そんなことを言っていたら終わらない。楽しむ方向にシフトすることにした。
 いやまあだいぶ神経削った気がするけれど。それはわざと表記変えてるんじゃないかなーとか思う程度なら可愛い方。なんだよ面白い目次って。興味を持ってもらえる目次って。表紙に関しては僕の管轄ではないのですが。正確な日程が分からずすみませんって、僕の原稿はあがってるんですよ、僕以外が連絡取れないんですよ締め切り前でメンタル死んでるか未読スルーしてるのかそんな余裕ないのか知りませんけれど。なんで僕が謝ってるの。とか、いろいろそりゃあ思った。長いなこの段落。

 前の編集者の先輩が、あまりにも優秀だった。
 僕が十年やっても、あの人には追い付けない。そもそも経験が違う。インプットが違う。あの人に勝とうなんて思っていないけれど、並べるとも思っていないけれど、引き受けるならレベルは下げちゃ駄目だ。
 そんなことを考えて、連覇だの何だのを考えて、一年間編集者をしていた。
 無事に何連覇目かを達成できて。結果を知ったあの瞬間、嬉しさよりも安堵が勝った。ああよかったって。先輩が大事にしてきたものを、守れているかは分からないけれど、壊してはいないのかもしれない。責められることはない。怒られることも、悔し泣きすることも、僕だけが歴代編集者のなかで無能だと思うことも、ないって。心底安堵した。
 そのあとに、僕の後を継ぐことになっていた後輩に申し訳なく思った。僕はこの数の連覇で心が折れそうになった。というか泣きながら編集したし、結果発表の前日とか怖くて泣いた。n+1(nは恐らく3以上の自然数とする)連覇である。絶対やだ。nが大きくなればなるほどしんどい。
 もちろん嬉しかった。勝つ、という言い方は、文芸の世界には似合わない気がするからしないけれど。ちゃんといいものを作れたのだと、第三者から言われたことが嬉しかった。

 仲間に恵まれていた。出される作品はどれもレベルが高くて。誤字脱字常習犯はいたけれど。最初に読めるという特権があったから、最後まで踏ん張れた気がする。多分。実際は責任感だろうけど。

 終わったら「お疲れ様ほんとありがと」と言ってくれる人がいた。それが聞けるならいいかなあ、とか、思うくらいには、その言葉に救われていた。
 その彼と、つい先日、思い出話をしていた。大変だったね、楽しかったね、いい後輩に恵まれているね。そんな話。負担ばっかりかけてしまったと、仕事が早いと、助かっていたと。
 別に、貴方に対して不満なんて、持ってないんだけどなあ。ぼんやりそんなことを思いながら、バラバラになっているページを並べていた。製本作業中の話だ。トントンと紙を揃えてホチキスで右側を留め、彼に渡す。
 貴方の作品を最初に読めるだけで、プラマイ0どころかプラスなんだよ。僕だってやりたくないことは貴方に投げてきたし。やりたいって言ったらいいよって言ってくれるじゃないですか。そんな言葉を並べていた。全て嘘でもお世辞でもなかった。知らないだろ、あの優越感。あれだけで報われてしまうものなんすよ、実はね。製本テープが貼られる冊子を眺めながら、そんなことを思った。

 あとを継いでくれた後輩がいた。彼が継いでくれるなら何も不安に思うこともなく、期待しかしないなあ、なんて思っていた。
 彼が僕のあとを継ぐのは、自明だった。他にやる人いないし、適任だし。彼の仕事が早いことは知っていたし、その優秀さも痛いほど知っていた。だから迷うことなく明け渡した。というか喜んで、という気持ち。だって彼が作るなら、そりゃいいものになるよ。
 別にプレッシャーをかけたかったわけでも、責任感を抱いてほしかったわけでもなくて、ただ、知っていた。僕が愛したあの冊子を、彼も愛してくれていたと。何か情緒的な言い方になったけれど、相応に彼が彼であると知っていただけだ。

 他にも、いろんな人がいた。短い称賛だけで報われた気持ちにさせてくださった先輩方も、締め切り守ろうねと煩かったであろうのに慕ってくれた後輩たちも。しかも皆文章が上手いんだ、最高。

 だから、幸福だったよ。編集者であれたことは一生の誇りで、光栄なことだったよ。
 これからの僕がどう言おうと、この事実は変わらない。


 さて。この記事の第一文を覚えているだろうか。
 そう、「編集者ってさ、めちゃくちゃ損な役回りじゃない?」である。

 僕はこの三月に、三冊本を作った。うち二冊は面倒だから省略するけれど、簡潔に述べるなら「僕が一人でめちゃくちゃ書いて編集した本」である。ほとんど一人でやったから、格段語ることはない。
 問題は最後の一冊である。僕と、絵を描いてくれた友人と、他執筆者二人による冊子。いやもう本当に、本当にこれがしんどかった。だってそもそも、僕は絶賛強制体調不良期間だったのだ。メンタルも同時に死んでいって、そりゃもう許されるなら布団の中で丸まって湯タンポを抱いていたかった。音楽とか聞きながら眠りたかった。

 締め切りって何だっけなあ、と、思った。
 締めて切るから締め切りなのであって、それを過ぎればゾンビだと思う。もしくは魑魅魍魎。妖怪。
 締め切り日が終わる深夜十一時五十分、執筆者の一人から原稿が送られてきた。全部ではなく、提出予定のうちの一部だけ。ちなみに印刷は翌日の朝九時半開始の予定。
 確認をして、気になったところを書き出して送って、返答され、修正し。残りの原稿が提出され、同じことの繰り返し。終わったのは、日付が変わって一時間以上経った頃だった。そこから最終確認をして眠って、数時間後の印刷に備えるわけで。
 当然印刷日は伸びた。そりゃそうだ、原稿集まってないし。この時点で僕は各方面に頭を下げて下げて下げまくっていた。ふざけないでほしい。僕の原稿は三月の一日に書き上がっているんだぞ。そこから時間とページ数に余裕がありそうだからって二作ボツにして書き直したんだぞ。ボツにしたのはTwitterにあげました。これこれです。

 もう一人の執筆者には、印刷予定日の一日後に尋ねた。いつまで待てばいい、何日何時を教えてくれないかと。明日の正午にあげたいと返答された。ああ、じゃあ明日の夕方だろうなあ、とぼんやり思って、了承の返事をした。
 彼が提示してきた明日になって、まあ僕は眠っていて。睡眠が浅くて短かったため、レッツお昼寝チャレンジの真っ最中に、彼が提示した正午になっていた。湯タンポ抱き締めて寝たらぐっすり四時間睡眠で、午前十時から午後二時までぐっすりだ。起きて連絡がないことを確認してから、彼に連絡するために起き上がった。この時点で予想通りだなさすが僕、とは思ってた。
 今日の夜までは待てないよ。あとちょっとで一本あがる、他は無理かも。
 こんなやりとりも想定内だった。あとちょっとっていつだろうなあ、なんて冷えきった思考をしていたことは言うまでもないだろう。
 これをここまで読んでくださっているそこの貴方は、遅れる場合はしっかり時間を提示するんですよ。そのときにギリギリではなく、余裕を持たせて伝えるといいですよ。あ、早く出せたんだ頑張ったね、とか思えるかもしれませんからね。
 そのあと原稿が来たのが午後四時二十分頃。もう一本どうしても彼に出してもらわなければならない原稿を書いていてと伝え、痛む腹に湯タンポをあてながらメールを開いた。体調管理を怠った故の痛みではなく、嫌でも周期的に実感しなければいけない痛みである。許してほしいし僕だって好きで痛めているわけではない。
 彼にしては誤字が多いな、話の展開は文句ないし綺麗だけど。そんなことを思いながら、気になったところを送った。訂正箇所を聞きながら直して、彼のもう一本の原稿を待ちながら、全体の編集に移った。
 彼の原稿以外を先に埋めおけばいいだろうと思うだろうが、そんなことして頭混乱して最初からやり直しです、なんて有り得そうな未来は御免だったのだ。貼り付ける直前まではやっていたけれど、貼り付けなければ始まらない話もあって。

 ちらと述べたけれど、僕実はめちゃくちゃ体調が悪くて。というか九月頃にやらかしたメンタルが治っていなくて、その上フラッシュバックする条件が揃いに揃っているもんだから、強制体調不良期間にえぐえぐうずくまることで精一杯なのだ。

 んで、最後の原稿が届いたのが、午後五時二十分頃。そこから貼り付けるだけ貼り付けて、お偉い人にメールを送ろうとして、我が家の回線がニートになった。Twitterは開けるのにな。午後六時を過ぎるとめちゃくちゃ機嫌が悪くなるのだ、我が家の回線。宣言通りに原稿が出ていたらこうはならなかったのになあ。
 ちなみにこの送った原稿、めちゃくちゃ間違いがあって。細かいミスなんだけど僕が気になる程度のやつ。送った後に気が付いてめちゃくちゃ直した。本来編集なんて一日、というか一時間でやることじゃないからな。数回に分けて確認をいれるもんなんです。ちゃんと直しました。

 無事に印刷までこぎつけたわけなんですが。無事かどうかは分からないけれど無事だと言わせてほしい。
 一番原稿遅れた彼が印刷に来たんですよ。呼んだし。呼んだ理由は、印刷の戦力としてではない。迷惑かけた後輩とお偉い人に自分で謝らなきゃ、面倒な罪悪感を抱き続ける可能性があったから。印刷の手伝いをしなきゃ、罪悪感を抱きかねないから。出来れば僕だって会いたくなかった。だって当たってしまうのが分かっていたから。
 当たっていいんだと言われそうだ。そりゃそう。締め切りを守らない方が悪い。
 ただね、彼を創作の世界に引き摺りこんだの、僕なんだよ。
 元からものを書くことはしていたらしいけれど、それを人の目に触れるところに出そうと誘ったのは僕なんだよ。巻き込まなきゃ良かったって心底思ってる。だってそしたら、彼がこんな責められることなんてなかった。
 今回も僕が巻き込んだ。だから僕の中で、彼は被害者なのだ。

 というか彼、そもそも体調悪かったらしいし。季節の変わり目であることと、不健康な生活のせいだろう。そんな人に原稿の催促するの、怖い。だって体調悪いときの返答、冷たいんだよ。本人に自覚があるのか知らないけれど。
 最初に彼に原稿を催促したのは去年の二月。進捗どーですか、なんて夜七時くらいに連絡をした。朝から血を吐いたこと、今から朝食をとること、進捗は良くないことを聞かされた。血吐いたってなんだろうなって今でも思ってる。当時メンタル不調だったことは後から聞いたけれど、流石に心配はした。
 聞きたくなかったんだ、原稿やってたせいで体調崩しました、なんて。もう一回、あれを聞きたくなかった。だから、催促するのがさらに怖かった。

 お偉い人に「確実に今回で寿命が削れました」と、「何日までに出来ますか」と、「忙しいのです」と、チクチクチクチク刺されていた。いやもう本当にそれに関しては僕が悪いですすみません。でも僕の原稿だけなら、終わってるんだよ。他の執筆者に、連絡取れないんだよ。でも悪いのは僕だから、謝った。


 終わった感想、「やっと終わった」だったんだ。
 楽しかったとか達成感とか喜びとか高揚とか嬉しいとか微塵も思わなくて、やっと終わった、だった。
 執筆者二人との関係とか、余計なことでもわりと、心を削った。でもそれは、編集者として、ではないから、語るつもりはない。
 いつも通りなら、やった、楽しかった、嬉しいな、くらいは思うのだ。その感覚が好きだから、今まで編集者やってきたわけだし。本が出来たって喜ぶ顔とか、見るの楽しかったし。
 今回はどれも、思わなかった。強いて一つ感情を上げるのだとしたら、解放感、だろうか。やっと苦しまないで済む、やっと泣かないで済む、やっと、やっと。やっと終わった。家に帰ってなんでか泣いた。ぼろぼろ泣いて、そこでようやく、僕がぼろぼろだったことに気が付いた。


 多分、しばらくは、誰かとものを作ることは怖くて出来ない。まあそのうち、誰かとやるんだろうけれど。
 僕はこれでも人間なのだ。普通に傷付くし何なら普通の人より弱っちい。ちゃんと寝たいしちゃんと呼吸がしたい。しんどいときは休みたいし、やりたくないことはやりたくない。好きなことをしていたいし、思い出は綺麗なまま保存しておきたい。

 締め切りを守ろうね、なんて話を、していた。こんな風に編集者の首は絞まっていくからね。二つ下の後輩に対して。締め切り大事だよ。そんな言葉を発したとき、彼の声がした。締め切りに遅れまくった彼の声。
「ほんとにな」
 いや、お前が言うなよ。お前が言っていいことじゃないだろ。お前だけは言ってはいけない。ぐちゃぐちゃになって泣き出したいような、彼のへらへら笑っている顔面を殴りたいような、大声を出して責め立てたいような、そんな感情になった。
 彼のいつも通りの返答であることは、頭では分かっていた。傷付くなという方が無理な話だ。僕を苦しめたことはもういいんだよ、巻き込んだ後輩の前で言うなよ。そんなことが、多々あった。全部上げるには苦しすぎるから、黙っておく。

 編集者なんて、裏方もいいとこだ。命削って編集するのに、誉められることなんてない。終わらなかったら責められるだけの立場。損だよ。最初に作品読めるからって、言ってもさ。締め切り過ぎてたら、楽しむ余裕なんてないんだよ。誤字脱字が目立つ、修正しなければならない部分にしか目が向かない。
 二人が締め切り通りに原稿を出すと考えて予定を組んだ僕が悪かったんだよなあ。そんなことは分かっている。分かっているけれど、でも。
 でも、二人とも、間に合うって言った。遊んでることは、知っていた。


 もし、ここまでお付き合いいただいた貴方が、締め切りを破ってしまう人なのであれば、どうか知っていてほしい。その先で、ぼろぼろになっている人間がいることを。結構しんどいんすよ、少なからず僕はしんどかった。

 そんなしんどいだけの、僕の修羅場の話。

 

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