【分割版】ボカロとかいうクソデカい物語の主人公『初音ミク』【その3】
※本noteは、7.4万字も書いたせいでnoteがクラッシュしてスマホで読むことができなかった以下のnoteの分割版その3です。内容は同一ですが、有料部分は元noteにのみ付属しています。
■前回
ささくれP
言うまでもなくVOCALOIDは電子音楽であり、"電子"の語感は簡単にチップチューンのサウンドを連想させる。そしてボカロのチップチューンサウンドといえば、この人の右に出る者はいない。
ささくれPを知らない新参ボカロ厨もアーティスト名である「sasakure.UK」の文字には見覚えがあるのではないだろうか。中でも『トンデモワンダーズ』はプロセカを宗教上の理由からインストールできない私ですら自然とハマり、数年ぶりにボカロ楽曲を聴くことになる(しかし「セイキンダンス」の影響によるものだが...)。
『終末シリーズ』についても語らなければならないだろう。その名の通り「終末」をテーマにしたこれら4曲はシリーズとしてだけではなくそれぞれ単曲としても支持を集め、4曲すべてのミリオン達成という偉業を果たす(終末シリーズの詳細な説明はニコニコ大百科に譲る)。
中でも全編に渡ってレトロゲームライクのドットのMVが採用された『*ハロー、プラネット。』は2023年3月9日現在で542万回再生を記録する大ヒットソングとなった。人生で初めてのチップチューンとの出会いをここで果たしたボカロ厨も少なくないだろう。
しかしこんなnote書いてるくらいだからもうお気づきだとは思うが、やっぱりどうしても、やっぱりね、『39』が好き。
「初音ミク生誕5周年をお祝いするアニバーサリーソング」という位置づけの本曲はsasakure.UK氏とボカロ界の巨匠「DECO*27」によるコラボ楽曲である。
初めてこの曲を聴いたとき、ボカロを愛し続けてきたことに対する「ご褒美」だと感じた。初音ミク、その人に注ぎ続けた愛に対するお返しだと思った。「声に出して 39」とあるように、初音ミクから我々に、そして我々から初音ミクに対して贈られる感謝の言葉はニコニコ動画を通して両者を繋げた。DECO*27のコーラスと「あれ、なんだかアタシの名前みたい(笑)」と笑う初音ミクには涙をさそわれる。
ヤスオPの『えれくとりっく・えんじぇぅ』で芽生えた初音ミクから我々に対する自我の萌芽は、後述する『Tell Your World』によって一つの到達点へと達する。そして初音ミクとボカロ厨との間に交わされた”接続”は『39』へと引き継がれていくのだ。
DECO*27
とくるとDECO*27を語らなければならないだろう。
DECO*27と言えば押しも押されぬ大人気ボカロPで主に中高生から人気を集める。
「DECO*27ってデコニーナって読むんや」と漏らす非ボカロ厨の言葉をどれだけ聞いてきたか知れない。
VOCALOIDオリジナル曲のミリオン数は単独で1位、全ての楽曲で殿堂入りを達成していることからもその人気ぶりがうかがえる。
ボカロ黎明期から活動してきたDECO*27だが特に2015年以降の活躍は目覚ましい。2016年に投稿された『ゴーストルール』は一時期ボカロ楽曲の代名詞的存在だった。
DIVA ARCADEに『ゴーストルール』が実装された時は祭りだった。あれほどの賑わいは2017年にDIVA入りを果たしたハチの『砂の惑星』まで待たなくてはなるまい。それもそのはず、なんと『ゴーストルール』の再生回数は1000万回を記録し、いまだ13曲に留まる「VOCALOID神話入り」を果たしている。
そしてDECO*27のテンミリオン楽曲といえばもう1曲、『モザイクロール』を忘れてはならない。
DECO*27初のテンミリオン達成曲である『モザイクロール』は、またDECO*27初のミリオン達成曲でもあった。また『モザイクロール』がGUMIオリジナル曲初のミリオン達成曲でもある。
続く『愛言葉』、『二息歩行』、『弱虫モンブラン』とともに、これらは初期DECO*27を代表する楽曲となった。
■愛言葉
■二息歩行
■弱虫モンブラン
初期DECO*27は比較的ゆったりとした曲調の中で若者の苦悩を歌い上げるものが多かった。名だたるボカロPと同様にDECO*27においても、居場所のない少年少女たちの心を代弁することで今のキャリアの土台を築いた。
中期DECO*27は上述した『ゴーストルール』に見られるように、アップテンポで激しい感情の高まりを表現するものが多く現れた。この時期には『妄想税』、『ストリーミングハート』などストーリー性をもった楽曲も多数投稿された。特に『ストリーミングハート』からは『ゴーストルール』で開花することになる才覚の萌芽を感じさせる(個人的には『ストリーミングハート』がDECO*27で一番好き)。
■妄想税
■ストリーミングハート
後期DECO*27楽曲は前期DECO*27と中期DECO*27の特徴を併せ持つものが多く作られた。中でも『ヒバナ』および『乙女解剖』は700万回再生を記録する大ヒットソングとなる。
■ヒバナ
■乙女解剖
美麗なイラストにキャッチーな曲調はニコニコ動画を主戦場にする歌い手や踊り手に留まらず、YouTuberや配信者の目にも留まった。心の内を語った歌詞はより技巧に秀でたものとなり、現代人の耳に馴染むサウンドが奏でられた。
この頃には初期DECO*27楽曲と地続きとなる曲も誕生した。わかりやすいものだと、全ての女性生主が歌っていた『愛言葉』は、2013年に『愛言葉Ⅱ』が、2018年に『愛言葉Ⅲ』と続いた。人気曲『二息歩行』には『アンドロイドガール』が対を成した。
DECO*27の勢いはまだ止まらない。2021年に投稿された『ヴァンパイア』はぴえん系や地雷系に代表される現代のインターネットの趣向と合致した。ボカロ厨、Youtuberはもちろんのこと、全てのVtuberがオマージュサムネを作成し、この曲をカバーした。
旧態依然を良しとせず、常に流行を取り入れ、積み上げてきたエッセンスの下で作られるDECO*27楽曲は、だからこそ時代や文化の壁を越えて多くの人々に愛されるのである。
ナユタン星人
ナユタン星人はボカロ老人感でなくとも新しい時代のボカロPである。初投稿の『アンドロメダアンドロメダ』は2015年7月に投稿されており、筆者がボカロ厨引退までもう秒読みの時期に入っている。
それではなぜナユタン星人について語る言葉を持っているのか、それはナユタン星人があまりにも、あまりにもキャッチーなボカロPだからだ。
ナユタン星人楽曲どれか1曲でも聞けばわかる中毒性の高いデジタルサウンドに新たな時代を予感せずにはいられなかった。特にナユタン星人初のミリオン達成曲となる『エイリアンエイリアン』と3曲目のミリオン達成曲『ダンスロボットダンス』の中毒性は凄まじく、どちらも投稿から半年を待たずにミリオンを達成した。
■エイリアンエイリアン
■ダンスロボットダンス
『ダンスロボットダンス』の再生回数は800万回に上りナユタン星人を代表する曲となった。その要因はいくつか考えられるが、ニコニコ動画のMAD文化と抜群の相性の良さを誇ったことが一因としてあげられる。
音MAD向きなサウンドは音ゲー向きなサウンドであることも意味する。ナユタン星人楽曲は様々な音ゲーに収録され、その中毒性から数多の音ゲーマーをボカロ沼へと招き入れた。
■ダンス首絞めダンス
■ダンスここすきダンス
■シャチョーカイバシャチョー
ピノキオP
ボカロ黎明期から現代まで活躍する長寿のボカロPは数多くいるが、その中でもピノキオP(現、『ピノキオピー』)ほど個性的なボカロPを他に知らない。
「ピノキオ節」で知られるピノキオP独特のこぶしはボカロ厨に新しい音楽体験を齎した。聴く人全てを心地よくさせる独特なサウンドと、毒の効いた歌詞は他のボカロPとはまた違った世界観を見せることになる。
『腐れ外道とチョコレゐト』を一聴きすればその特異性を垣間見ることができる。グロテスクなサムネとピー音だらけの歌詞。高いBPMとガチャガチャしたデジタルサウンドはピノキオピー特有の音楽性を感じるのに十分だろう。
オタクはこぞってカラオケに集まり、「腐れ外道」を選曲するもピー音が流れずに「おいちょっとこれピー音が流れるのがいいのになんなんだよおいちょっとー!w」っと要らないこだわりを披露した。今はどうなってるか知らない。キー高くて歌えなくて入れないから。
『マッシュルームマザー』からはこれでもかとピノキオ節を感じ取ることができる。
線画のイラストと単調動作を繰り返すピノキオPオリジナルキャラクターである「アイマイナ」ちゃん、なぞにぬるぬる動く黒い人から発せられる「電波」に洗脳されてしまったボカロ厨も数多い。
今では信じられないことだが、当時は2chを病巣に嫌韓の空気がインターネットを包み込んでおり、『マッシュルームマザー』の歌詞考察キッズによって「キノコ=韓流」の等式が打ち立てられていた。まさかこんなに韓流が流行るとはなぁ。
『すろぉもぉしょん』の時代に入るとピノキオPの絵だなぁと感じる。作詞作曲調教はもちろんのこと、イラスト、動画まで本人が務めているというので驚きである。『腐れ外道とチョコレゐト』や『マッシュルームマザー』は極めて風刺的な歌詞であったが、『すろぉもぉしょん』では個人の激情がコミカルに歌われており、後に続く『すきなことだけでいいです』の萌芽を感じる。
『すきなことだけでいいです』ではそのタイトルが示すように好きなことだけをして生きたいという欲望がこれでもかと歌詞に反映されている。しかし、それと同時に「全人類が幸せになったら宇宙が迷惑するから」と、好きなことだけで生きていきたいという欲望が極めて利己的で、非現実的な願いだと自覚している理性をも併せ持つ。この、欲望と理性との間で板挟みになり、現実的な打開策も見いだせないままになぁなぁで生きてしまう感覚は現代人は強く共感を覚えるのではないだろうか。かく言う私も2016年に投稿されたこの曲を知ってる理由もあまりにも曲調と歌詞がぶっささりすぎて全ボカロ曲の中でこの曲が一番好きと言っても過言に...まぁそれはさすがに過言ですがすくなくとも『すきなことだけでいいです』が全ボカロ曲の中で最も良い曲なんじゃないかと思う瞬間があることを否定できないくらいには好きだからです。西野カナ聞いて「これ...わたしだ...」って呟いてる女子高校生と全く同じバイブスで聴いて涙を流しています。
2015年に投稿された『はじめまして地球人さん』はピノキオP楽曲の中でもとりわけ特異な曲である。極めてポップな曲調とキャラクターとは対照的に確かに混入している死を薫らせる不穏な要素がまるでゲームのバグのように楽曲中に這いまわっている。この、楽しげな空気と風刺の効いた毒の二面性、ギャップはピノキオP独特の魅力であるが、『はじめまして地球人さん』においてその才能は一つの"極地"に達したように思う。ボーカロイド楽曲における、明るさの中の不穏表現でこの曲以上の作品を私はいまだ知らない。
さて、現在も精力的に活動しているピノキオPであるが、2021年に至って爆発的ヒット曲を生み出すことになる。それが『神っぽいな』だ。
サムネを見た瞬間にわかる、「この曲は伸びる」感。なんか最近神なんたらとかいうボカロ曲が流行ってるらしいと知り、なんとなくサムネを見て戦慄した。この期に及んでピノキオPが現代の若者にバカ受けする"この作風"でサムネを描き、曲を作れることに対して。驚異的なアンテナの感度、衰えない創作のエッセンス、「DECO*27」で散々褒めたたえた旧態依然を良しとしない態度が、『神っぽいな』から隠しきれないほどにじみ出ていた。
当然全てのvtuberがサムネを差し替え歌ってみたを投稿する。多感故に"神"や"死"といった強いワードを使いたがる中高生の琴線にぶっ刺さる。近い将来訪れるであろう空前の「神っぽいなブーム」を予見した時には既に、私の知らないだけで若者のコミュニティの中では「ピノキオピーといえば『神っぽいな』」の共通認識が出来上がっていた。
102作もボカロ楽曲を作っているとここまでなのか、ここまで至ることができるのかと、インターネット老人はただただ「神っぽさ」を歌うホンモノの神の前にひれ伏したのだ。
みきとP
みきとPといえばどの曲を思い浮かべるだろうか、私は真っ先に『小夜子』を挙げる。
なぜなら当時の女性ニコ生主全員これ歌ってたからだ。『ドレミファロンド』や『愛言葉』の時にも言ったけど、『小夜子』の女性生主人気は一線を画していた。
男オタクと女オタクは決定的に違っていた。男オタクはどこまでも無いものを願った。存在しない"初音ミク"という彼女、ぶつける相手のいない欲望、部屋に引きこもって存在しないあなたを想う。女オタクはどこかで現実と繋がっていた。彼女たちは全く無益な願いを抱かない。願いはいつも現実をよりよくするために捧げられた。ニコニコ生放送というプラットフォームで、コミュニティを作り、リアクションを得ていること自体、承認欲求の現れという側面を持っていた。
『小夜子』の歌詞はあまりにも現実的な女の感情を歌っている。今でいうところの「メンヘラ」な「かまってちゃん」を、ディティールの細かさを武器に歌った『小夜子』はどこまでも歌詞と現実がリンクしており、女性ニコ生主の心の隙間に見事に合致した。
そして現実には存在しない花澤香菜に似た声を持つ女性からの癒しを求めて、私のようなオタクは日夜ニコニコ生放送を徘徊するのだった...
実際のところみきとPといえば『いーあるふぁんくらぶ』だろう。いや『ロキ』だろって?若者の曲はよくわからんので...
ピノキオPの項目で若干触れたが、当時はインターネット中に嫌韓の空気が流れており、それに伴い中国に対する嫌悪感も無視できないほど膨れ上がっていた。中国、および香港や台湾に触れる『いーあるふぁんくらぶ』においても投稿当初はアンチ中国の波に揉まれコメント欄はそれなりに荒れていた。しかし、あっという間にミリオンを達成し、中国文化に嫌悪感のない若者の間で爆発的に人気となった本楽曲は、アンダーグラウンドに巣くうアンチ中国の波を押し返し、2023年3月9日現在で再生回数は765万回再生を記録した。
続く、ミリオン達成楽曲である『サリシノハラ』も一波乱を起こした。
『サリシノハラ』という楽曲名はAKB48元メンバーの「指原莉乃」氏のアナグラムとなっている。実際にアナグラムを意識して作成されたのか真偽は不明だが、ボカロ厨とAKBオタクの相性は抜群に悪く、AKBアンチによるバッシング、荒らしが日常的に行われていた。
何度もバッシングの波に揉まれ、そのたびに押し返してきたみきとP楽曲には、好きを貫く作者の意志の強さを感じずにはいられない。
■次回