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短編小説☆スイーツオヤジ「スイーツオヤジは疲れ切っていた」

 スイーツオヤジは疲れ切っていた。
 インスタグラムのハッシュタグにスイーツオヤジと付けたコンビニスイーツの連続投稿にいいねが一六〇〇件付いた。フォロワーも千人を超えた。何もあまり深く考えずに仕事終わりのルーティンで買っていたコンビニスイーツをインスタに載せ始めて約一か月。楽しくなってきたので感想や評価を付けて投稿するようにしていたら似たような境遇のオヤジが集まってきて情報共有するようになった。そんな矢先の急ないいね祭りにびっくりしてインスタグラムを開くのが億劫になってきた。ただ、好きなものを好きなように載せてただけなのだが、どこの誰か、期間限定の人気商品で買うのが困難な人からのコメントやメッセージが沢山つくようになった。俺はそんなに、詳しくないのだが。

 金曜の夜は妻に食べて帰ると言ってある。会社の飲み会やら重役との食事会やらがあるときもあるが、ほとんどはこのバーにいる。
 金曜はコンビニスイーツではなくバーのマスターとお喋り、というより命の電話、駆け込み寺の方が近い、このバーのお陰で俺は命を繋いできたというと大袈裟だが。自分の恵まれた境遇にそろそろ感謝を表さないと神様みたいな人との間に摩擦が起きそうなので俺はこのバーに感謝を沢山置いていこうと決めたのだ。
「最近のコンビニは優秀すね」マスターは俺のインスタグラムを見ながら言う。
「ケーキ屋なんかも困るでしょうこんなに美味いもんそこらじゅうで売られたら。駅前なんかコンビニの一人勝ちでしょ」マスターはここで二十年近く店をやっていて街の移り変わりもみてきている。この街は再開発と共に古い店はどんどん潰され、チェーン店が並ぶ激戦区となり下がった。昔は人情味のある美味くて安い店が沢山並んでいたのに。
「そう、美味しいんだよ、ケーキ屋はクオリティと共に値段も上がっているけどコンビニはクオリティと共にサイズが小さくなるだけで値段は変わらない。そしてどこに行っても同じ味が食べれる安定感ね。」周りの店が潰れゆく中二十年もここでバーをやるのは計り知れない努力があるだろう。俺はこの人を密かに土星人と呼んでいる。ぶれない、安定感。基本に忠実、ちょっとズルい。

 俺がインスタにうんざりしてきたのはもう一つ理由があって、色んな物事に評価やケチをつける癖がついてしまった。このバーしかもう来れないかもしれない、安いワインばかりクルクル回してる俺にマスターこそうんざりしてるかもしれないが。
「俺の毎日の楽しみだったスイーツが使命感に変わった。趣味と実益は別ものだ。今夜も美味しいスイーツを美味しそうに撮って投稿しなければいけないと思うと仕事が手につかなくなるんだ。おかしいだろ?美味しいスイーツは目の前にあって食べたら美味い、それだけだったはずなのに。味わって感想を書き連ねると美味いかどうかは後回し、舌を全部使ってあれもこれも感じてたら気づいたら食べ終わって投稿完了、美味いってのは美味いの一言で終わるから言葉として弱いんだよ。」
「切羽詰まってるようだね。」マスターがこっそりチーズケーキをくれた。
「あ、いただきますぅ。」
 フォークで突き刺すとサクッという音が、耳には届かないけど鳴った気がした。そしてポロっと、俺の心のように崩れた。今救ってやるからな、そう思って一口食べるとまとまりが良い、そうか、君たちは食べられるために作られたんだな。と俺流の解釈。マスターのつくるチーズケーキはワインと合わせる用に少し酸味が強い。俺が飲んでるこの店で一番安いワインでも合う、超合う。酔ってるとマスターをお持ち帰りしたくなるほど美味しい。
 計算し尽くされたコンビニスイーツは今にも俺の身を滅ぼしそうだがマスターの計算高い愛情で生き返るのだ。
 このチーズケーキはもともと裏メニューだが、ここのスイーツや飲み物は絶対にインスタなんかには載せんと決めてある。自分の味わう時間をこれ以上壊されるのは辛い。誰かに教えたい気持ちもあるのだが。 
「君にはインスタグラマーの才能があると思うんだが。」マスターが言う。励まされてるのか本気で言ってるのかわからない。だが一昨日妻からも同じことを言われた。才能とは、欲しいところになくて要らんところで発揮されるものだ。と五十何年平凡に生きてきて気づいた。インスタグラムには写真加工技術やワードセンス、フォロワーや同系統のアカウントとの上手いやり取り、色んなところで試される。難しいと感じた事はないが、俺の大事な趣味が仕事になるのはどうもこうも予測していなかった。

 お客様相談室に配属になった二十二歳の頃から俺の人生は才能で溢れていた。まさに天職。周りの奴らの中に初めから配属先の第一志望をお客様相談室にしている奴はいなかったと思う。俺は謝る天才だった。昔から謝ることを怠らなかったし、失敗しても謝ることができれば成功。つまり成功するために謝ってきた。俺の中で怒られる事は挨拶されることと同じだった。嫌な気分にならないし大変だけど謝って許してもらえたらそれは俺の中で成功になるのだから、成功体験が増えるばかりで気分が良くなる。夕方になると事務所はどんよりな雰囲気が漂うが、俺は勇者の剣を手にした謝り王。周りから密かに「ごめんなサイコパス」と呼ばれていることには目をつむってやる。おそらく会社一優しい部長だろうに。
 そんな才能に溢れた俺が五十代半ばになって壁にぶち当たるとは。仕事中も期間限定スイーツが売り切れてしまわないか心配になって、外回りの最中もコンビニを見ると目が血走る。正直疲れたのだ。
「マスター代わりに俺のインスタ動かしてよ」ワインは三杯目。マスターはコルクの淵をカリカリして暇そうにしている。
「できないよ、僕は君みたいにカメラセンスは無いしコンビニスイーツの味の違いが微妙にわからないんだよ、ワードセンスだって持ち合わせてないし。」ポケットからトランプを取り出してコソコソし始めた。
「なんだよーチーズケーキは上手く焼くくせに」
「これだって自信がなくてお酒飲んでる人にしか出せないんだ」マスターは小さい声で言い、ジョーカーのカードを見せながらシーっと人差し指を口に当てた。なにしてんだか。

 大男は第四金曜日にやってくる。残念ながら十三日の金曜日ではない。今日か?と思ったらカランとドアの開く音、「よう」強面大男はご挨拶、俺も手を上げてやぁと挨拶。昔はよくここで喧嘩をふっかけられたが俺も謝り方が上手くなったお陰で今では仲良し。コンビニスイーツの話で盛り上がることもある。彼は見た目通り元プロレスラー。現役のような見た目をしているが喧嘩っ早いところがあって暴力沙汰を起こして引退させられた。悪い奴じゃない。ただ謝れないのだ。マスターも初めはこいつが来店すると俺に助けを求めるような面持ちになっていたが、自分より悪い奴じゃないことに気づいたらしい。マスター一押しの甘い緑色のカクテル、名前はなんだったか忘れたがハルクみたいな色のそれが好きみたいだ。マスターもそのドリンクを作れるのが嬉しいのか彼が来るとニヤッと奥歯が光る。
「ヘブンビヘイブの新作、抹茶素肌、インスタにのせてたろ?あれ美味かったよーあんなのがコンビニで買える時代なんだなぁ幸せ感じたよ、俺も安い男になったわ」大男が言った。
 ヘブンビヘイブは全国チェーンの大手コンビニで俺が特にスイーツ巡りに利用している店のひとつだ。ここは甘さが安っぽくない上品なスイーツを次々出してくる。見た目も写真映えするものばかりで会社帰りはまずここに寄る。ブランド力も抜群で間違いない味の定評がある。そして後から大男は俺のインスタを見てくれているという喜びがきた。
「いつからスマホ使いこなすようになったんだよ、インスタやってるのなんて俺か、塩麹町駅の釣堀で一日中インスタライブやってるスラム爺くらいだよ。」
「はは、君の奥さんがこの前店に来てね、教えてくれたんだよ、お前さんのインスタグラムを見てやってくれって。」
 大男は今この街でパン屋をやっている。プロレスを引退してパンをこねることにハマったあまり、地方のパン工房に修行に行ったのち、この街でパン屋をはじめた。チェーン店が囲みゆく中でひときわ美味しいと噂のパン屋だ。
 たしかにあの体つきをみると美味いパンが焼ける気がする。あの見た目で甘いものが大好きなのは小説ではあるあるだろうがパン屋までやってるだなんて百点満点だ。この大男も何かを成し遂げるために生まれてきたんだと気付かされる。
 インスタグラムごときで俯いている俺は何者なんだろうと考える。が、歳のせいか考える脳が疲れているようだ、俺もちゃんと妻子を養ってしっかりやってきた。悩み事なんぞ今更無いのだ。インスタに面白さを見出せないのは贅沢な悩みであり、スイーツオヤジとして若者にはわからないオヤジ文化を広める使命が託されている。オヤジセンス舐めるなよー!と、ワインおかわり。今日はこれ飲んだら帰ろう。妻へのお土産は駅ビルの地下の美味しいマリトッツォ。俺の適当な一日が終わる。マスターマジ神〜

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